恐慌
ネプォンが逃げた?
月の神殿を軍に包囲させていたから、みんなそこにネプォンがいることを知っていたな。
それなのに、堂々と逃げたのか? あいつ。
通りでは、ネプォンを捕まえろと、人々が騒いでいる。
「あいつ、自軍を率いていたのに、兵士たちを見捨てて逃げたんじゃないだろうな!?」
ケルヴィン殿下が、心配そうに外の様子に耳を傾けていた。
段々と騒がしくなる中、怒声があがる。
「ガルズンアース国の兵士をやっつけろ!!」
「ネプォン王を匿ってるんだろ!?」
「月の神殿に、みんなで行こう!!」
そんな声がしてきた。
市民が、恐怖からおかしくなりだしたのか!?
市民と兵士がまともにぶつかり合えば、死傷者が出てしまう。
ケルヴィン殿下が、俺たちを見回して言った。
「ガルズンアースの兵士は、我が国の民だ。見捨てることはできない。それに……彼らに罪はない」
……そうだよな。あいつらは、ネプォンに命令されて来ただけだから。
「出るのは構いませんが、我々を捕縛しようとしたら、どうしますか?」
聖騎士ギルバートが、ケルヴィン殿下に確認を取る。
「魔王の存在がはっきりした今、俺を捕まえる理由はなくなった。彼らは、私の命令に従うと思う」
「……はい」
俺たちは、意を決して表に出た。
太陽神殿の馬車に乗って、月の神殿へと急ぐ。
現場は既に、一触即発の状態だった。
「ネプォン王を出せー!!」
「魔王復活の兆しが出たのに、逃げ出しやがった!!」
「連れ戻せよ! お前らの王だろ!?」
市民に囲まれて、ガルズンアース国の兵士が、盾を翳して身を守っていた。
下手に市民と乱闘になれば、この国の兵士が出て来ることになる。
そうなれば、戦に発展してしまうかもしれない。
「鎮まれ!!」
ケルヴィン殿下が、馬車から降りるなり叫ぶ。
テレクサンドラも彼の隣に立ち、月の神殿から出て来たテデュッセアも、その横に立った。
「ケルヴィン殿下!?」
ガルズンアース国の兵士が、思わず大声で呼ぶ。
「皆様、お鎮まりください!!」
「話を聞いて!!」
テレクサンドラや、テデュッセアも叫ぶので、みんなシーンとなった。
「俺はガルズンアース国王弟、ケルヴィン・ガイラ・ホーンロックだ!!」
「ケルヴィン殿下、て、ネプォン王が探していた逃亡中の……?」
「な、なぜここに?」
「ああ、俺は理由があって国を出ていた。みんな、魔王復活の兆しが出たので不安なのだろう!?」
ざわざわと、人々はケルヴィン殿下を見て顔を見合わせる。
「そ、そうですよ、魔王が倒れて半年だ。次の魔王が生まれるまで、数百年は間隔が開くはずなのに、なぜこんなことに!?」
「ネプォン王が、仕留め損ねたのか!?」
「我々はどうなるんです?」
みんな、泣きそうな顔だ。他の国々も同じだろう。
「仕留め損ねたのではない。魔王が仕組んだ罠に、かかったのだ」
ケルヴィン殿下が、こんこんと説明していった。
みんな、納得したような、できないような不安そうな表情になる。
「必ず魔王は倒す。そのために、俺たちはここに来た。だから、どうか我が国の兵士に、手は出さないでくれ!」
「俺たち……?」
市民が怪しむので、俺たちはケルヴィン殿下のそばに立った。みんなが、目を皿のようにして見ている。
「新しい……勇者たち?」
「天に選ばれた……?」
みんなの目に、光が灯りだす。ケルヴィン殿下は、俺たちの肩に手を置いた。
「天に選ばれてはいない。だが、魔王と魔族の侵攻を阻めるのは、俺たちだけだ」
「えぇ!? 天の選定がない勇者?」
「そんな、ただの冒険者たちじゃないか」
「やられるに、決まってる! ただの冒険者が勝てるなら、勇者はいらないんだぞ!!」
「神剣は!? 神々の神器は? 伝説の武器は?」
騒ぐ人々は、石を投げてきそうだ。
ネプォンには、神剣があった。
俺たちには、目立つ象徴のような神器はない。
『一目でわかる、はっきりしたもの』がないのだ。
ネプォンたちだって、神剣をひけらかしながら旅をしていたわけじゃない。
魔王を倒した実績が、名声につながっただけなのに。
それでも今、この場を鎮めるのは、『ハッキリした何か』だろうか。
群衆の一人が、俺を見つめてきた。
「待て! おい、見ろよ、弓使いを連れてる……」
「弓使いがなんだ?」
「聞いたことがあるわ……隠しチートキャラと言われた弓使いがいる、と」
「あ、吟遊詩人が歌っていたな。確かガルズンアース国から来た誠の英雄だと」
ざわざわと、噂話が広がり始めた。
吟遊詩人の歌は、そんなに影響力があるのか?
「な、なぁ、弓使いのあんた! あんたは、魔王を倒せるのか?」
「あんたは英雄なのか?」
英雄かと、問われれば違う。
天は、俺を選んだわけじゃない。
天が、かつて選んだのはネプォン。
俺は大帝神龍王と、魂が融合しただけ。
それをそのまま言って、この人たちは納得するだろうか。
「英雄なわけないだろうが!!」
その時、群衆の中からネプォンの声がした。
え……!?
逃げずに変装して紛れていたのか?
「こいつは、俺の下で使われただけの、馬鹿弓使い。雑用係の雑魚だった奴だぞ!!」
ネプォンは、ローブを纏ったまま、人々をかき分けて近づいて来る。
顔が見えにくいから、周りは気づいてないようだ。
「お前、なぜこここにいる!? 誠の英雄とは、どういうことだよ!?」
ネプォンは、俺の襟を掴んできた。
英雄と俺が呼ばれるのが、我慢ならなかったのか。
「あんたこそ、なぜここに? 逃げ出したんじゃ、なかったのか?」
「質問に答えろ! 馬鹿弓使い! お前は、大帝神龍王と一緒に封印されたはずだ! なぜここにいて、英雄なんて呼ばれてる!?」
「……話せば長い」
「説明しろよ! それに───!」
ネプォンの目が、俺の隣に立つフィオを捉える。あ、そういえば俺、フィオの姿で奴の鼻に肘鉄を食らわせてしまってたな。
「お前までいるのか? あん時は、この鼻に一撃入れてくれたよな? 王に対する暴行は、死罪に値するんだぜ?」
「……」
「神官だろうと関係ない。今夜から俺と過ごせ。お前が俺を楽しませられれば、その分死罪になる時間が延長されるぞ? わかったら、こっちに……」
「!!」
俺はネプォンの手を払って、フィオを背中に庇った。
「触るな」
「あー? なんだよ、馬鹿弓使い。いつから俺に指図できるようになった?」
「もう、あんたの雑用係の弓使いじゃない」
「生意気言うんじゃねーよ。お前は俺のパシリなんだよ」
「違う」
俺たちのやりとりを見ていた周りが、ローブを羽織ったネプォンの肩に手を置いた。
「なぁ、あんた、何してんだ? この弓使いを雑用係にしてた、てことは、名の知れた冒険者だったのか?」
「ふ……」
何を思ったのか、ネプォンは自らローブのフードを剥いだ。
「ああ!」
「あんた、確か……!!」
「ふ、愚民ども! 俺こそが、魔王を倒した真の勇者、ネプォンだぁぁぁぁ!!」
……。
……。
何、してるんだ? この人。
せっかく正体を隠してたのに。
決めポーズで、己に酔っているネプォンに、周囲は目を丸くしている。
その視線を、自分に対する羨望の眼差しだとでも、思ってるんじゃないよな?
こいつ、本当に勘が鈍ってるみたいだ。
「ネプォンだ……」
「ネプォン」
周りが口々にその名を呼ぶ。
ネプォンが、ハッとした顔をして俺を見た。
やっと気づいたのか?
「捕まえろ!!」
周りが、一斉にネプォンに掴みかかる。
「わぁぁー! よせぇー!!」
ネプォンは、掴まれたローブを脱ぎ捨てて、命からがら逃げて行った。
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