ネプォンのナンパ
緊張で喉を鳴らして、シャーリーの質問に耳を傾けようとしたその時だ。
シャーリーが突然舌打ちする。
「ち! なによ、もう、いいとこなのに! 停めて。ネプォンがいるわ」
一難去ってまた一難。
俺は手綱を引いて、馬車を停める。
「抜け駆けはなしだぜ? シャーリー」
ネプォンは、大魔導士イルハートと一緒に馬車に乗り込んできた。
「何しにきたの? あんたたち。なぜ、ここがわかったのよ」
シャーリーは、ギロッと二人を睨みつける。
大魔導士イルハートは、クスリと含み笑いをした。
「ネプォンの直感が、ここだと教えたらしいの。ゾンビダラボッチのところへ、行くのでしょう? 私たちも行くわぁ」
話を聞いたシャーリーは、ギリっと歯軋りをして、彼女の肩を掴む。
「今更……今更なんなのよ! あんたたち、さっきは見捨てたくせに!!」
「あーん、ネプォン、助けてぇ」
わざとらしく、大魔導士イルハートが、ネプォンに助けを求めた。
当のネプォンは、俺のすぐ隣に陣取ってくる。
「自分でなんとかしろ、イルハート。俺は忙しい」
と、言いながら、フィオに化けた俺の姿をしげしげと眺めていた。
気持ち悪い……。
俺は吐き気を我慢して、フィオのフリを続ける。
「馬車を出しなさい、グライア神官」
「はい、シャーリー様」
シャーリーにそう言われて、俺は再び手綱を振って馬を走らせた。
バレるわけにはいかないからな。
ネプォンの勘は要注意だ。
落ち着け……俺は今、フィオに変身してるんだ。忘れるな……。
「君、とっても可愛いね。俺のために、天から舞い降りた天使なの?」
警戒する俺に、奴はそんな言葉をかけてくる。
『はぁ? なんだそれ』とは言わず、少し照れたような仕草でチラッと彼を見た。
「い、いえ、まさか」
ネプォンは満足そうに、俺に爽やかな笑顔を見せた。初対面に見せる人のいい笑顔。
みんな騙される笑顔だ。
シャーリーが、ネプォンに釘を刺す。
「ちょっと! 手を出さないでよ! その娘は、ゾンビダラボッチの生贄なんだから!」
話を聞いていたネプォンが、横目でシャーリーを睨んだ。
「なんてひどい。こんな愛らしい女性を、ゾンビダラボッチにくれてやるのか!?」
「高い霊力を持つものの血肉が、奴の体内に入らないと、本体を叩けないのよ!」
「へぇ、じゃ、お前が奴に食われる前にゾンビ化したのは、彼女より霊力が低いからか?」
「な、なんですって!?」
「そうでなければ、彼女を差し出しても、ゾンビ化されて終わりだ。奴のゾンビ化の毒素に耐えられるのは、大聖女クラスだけ」
「……!」
「所詮お前は、二流の神官だったな。シャーリー」
「言わせておけば!」
「事実だろ。そして、彼女こそ本物の大聖女候補者なんだ。お前はわかってるからこそ、彼女を生贄にして、この世から消すつもりだ」
「く!」
「もったいない。こんなに可愛いのに」
ネプォンは、俺の肩を抱いてくる。
鳥肌が立って、ふりほどきたくてたまらない。
我慢だ。今、ぶち壊すわけにはいかない。
「なぁ、シャーリー。彼女と先に楽しみたいんだが、いいだろ?」
ネプォンがシャーリーを振り向いて、声をかけた。
シャーリーは、ドン! と足を踏み鳴らして首を横に振る。
「馬鹿! 手を出すなと言ったはずよ! 生贄としての価値を落とさないで!」
「かたいこと言うなよ。この世の最後の思い出を、いいものにしてやりたい」
「全然よくないわ! 悪夢でしかない」
「ちっ、お前だって、俺がどんなにいいか知ってるじゃないか」
ネプォンに言われたシャーリーは、顔を赤くしてそっぽを向く。
ヴォルディバだけじゃなかったのか。
「ヴォルディバが、かわいそぉ」
大魔導士イルハートが、片手を口に当ててクスクス笑った。
俺の知らないところで、色々やってたんだな、こいつら。
俺は、雑用に追われて全然気づかなかったけれど。
ふと、あの日々を思い出していた、その時だ。
「ねえ……ここ、感じる?」
いきなりネプォンが、俺の太腿に手を這わせてきた。
ゾワゾウ! と悪寒がして、恐怖の後に不快さと怒りが湧いてくる。
手綱を握っているから、抵抗しにくい。
それでも!
「やめてください! 嫌です!!」
手綱を片手に持ち替えて、空いた手で払う。
もちろん意味は、触るんじゃねぇ! だ。
「可愛いなあ、そのウブさがたまらない」
ネプォンの奴は気にせず、また手を這わせる。
それを払う。
この繰り返し。
てめぇ……! 嫌がってんのにやめないだと!? これが本当にフィオだったら、こんなことをされてたんだ。
今更ながら、入れ替わっていてよかった。こんなにはっきり拒絶しても、通じない奴に弄ばれるんじゃたまらない。
ましてや俺は男だし、『こういう奴』とわかっているからまだいい。
でもこれがフィオだったら……そう考えると頭にくる。
スパで怖がっていたフィオの姿を思い出して、俺は全身に力が入るのがわかった。
「そんなに緊張しなくていいよ」
ネプォンは、相変わらず見当違いなことを言う。あんたな……どういう神経してんだよ。
俺が睨むと、ネプォンはにっこり微笑んだ。
「その顔も可愛いな」
好色な目で言われて、さらに幻滅する。
もっとはっきり言うか。
「あなたが、嫌いです。こんなこと、されたくありません」
ここまではっきり言えば、わかるだろう。
「生意気だな」
奴の声が低くなる。怒ったみたいだな。
別にいいさ。嫌われるくらいでちょうどいい。
これで、無事に……あれ?
ネプォンの顔が、どんどん緩んでいく。
「痺れる女だぜ。逆らう顔も可愛いものだな。調教しがいがある」
「!!」
変なスイッチが入りやがったか。
手綱を握る俺の手に、奴は自分の手を重ねてきた。
俺はその手を、乱暴に振り払う。
「嫌なものは嫌です」
「優しくしてあげるからさ」
「お断りします」
「なに? 力づくで躾けられる方がいいの? 激しいのが好みなんだな」
なんでそうなるんだ? この野郎。
『本当は俺が好きなんだろ?』と、思い込んでないか?
「あなた、人の話聞いてないでしょ?」
と、とびきり冷たい声で言ったのに。
「耳に心地いい言葉しか聞かないよ。もちろん、君からは『やめないで』とか、『気持ちいい』とか、聞きたいね」
なんて、返してきやがった。
ビキビキ! と、俺のこめかみに怒りの筋がはいる。
つまり、それ以外の言葉は『雑音』にしか聞こえないというわけか。
便利な耳だが、後悔するからな。
俺は、激しい怒りに突き上げられながら、こいつを殴り飛ばす機会を窺っていた。
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