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恋に堕ちた二人

「わぁぁぁ!」


俺は恥ずかしくて、思わず地面に突っ伏した。胸がドキドキして、顔が上げられない。


火を吹きそうなほど、全身が熱い。ひ、ひ、冷やしたい!!


俺はテントを飛び出して、人混みをかき分けると、冷水ゾーンを見つけて頭から水をかぶる。


「ガー! ツメタイ! ツメターイ!」


オウムのフェイルノがたまらずに俺から離れて、水風呂の縁にとまった。


何やってるんだ? 俺……なにやってんだよ!?

恥ずかしさが限外突破をして、自分でも手を止められない。


それでも足りなくて、ザブンと水風呂に入った。


誰もいないし、深いけど、今の俺にはちょうどいい。


水風呂の底に沈むように浸かって、いいようのない衝動を吐き出す。


頭を掻きむしって、身を捩ってもまだ足りない。


恥ずかしくて、ただ、ただ、恥ずかしくて。

頭を抱える俺は、息が続く限り水風呂の底にいたいと思った。


どんな顔をして、ここを出ればいいんだよ?

フィオも───驚いただろうな。


何より、自分が一番驚いてる。

こんなに強く、彼女を想っていたなんて。


以前、告白されたから?

水着姿を見たから?


いや、違う。

彼女に必要とされて、ヘイムニルブに呼ばれた時、とても嬉しかった。


とにかく行きたい、とにかく会いたい、と。


その気持ちの正体は、これだったんだな。


けれど……でも……なんであんな形で告白なんだ!?


くそ! ティトに乗せられたせいだ。こんなつもりじゃ、なかったのに。


いきなり人前で、おまけに本人を前にして。


ああー、どうしたらいいんだよ!?


ザブン!!


そう思っていると、誰かが水風呂に入ってきた。


水中に目を凝らすと、フィオだということがわかる。


な、な、なぜ、来た?


彼女は俺のそばに潜ってくると、上を指さしてきた。


浮上しようと言っているな。


流石に苦しくなってきて、彼女と一緒に水面へ上がる。


「ゲホ! ゲホゲホ!」


水風呂の縁に両手をついて咳き込む俺の目の前に、フィオが浮かび上がってくる。


ちょうど、俺と水風呂の壁の間に入るように現れた彼女は、至近距離で俺を見つめていた。

彼女を、腕の中に閉じ込めたような姿勢だ。


ち、近い……!


水に濡れた彼女の瞳は、とてもキラキラしている。


心臓の音がうるさく感じるほど、ドキドキしてきた。


全身が熱くなり、ここは水風呂の中のはずなのに、ぬるく感じてしまう。


彼女が眩しい───。


「アーチロビン」


可愛らしい唇が、俺の名前を呼ぶ。

あぁ、ダメだ……そんな声で呼ばれたら。


衝動のまま、俺はフィオを壁に押し付けるように抱き締めていた。フィオも俺の背中に手を回してくる。


彼女の白い尻尾が俺の腰に巻き付いて、さらに体が密着した。


『そんなに、フィオが好きかえ?』


魔導士ティトの言葉が、頭の中で蘇る。

……この気持ちが、恋なのか?


自覚すると、こんなに切なく、凶暴な感情だ。

何もかも捧げたくなるほど、彼女を大切に想う一方で、全てを奪い尽くして独占したくなる。


これじゃ恋というより、狂気じゃないのか?

こんな激しい気持ち…‥俺は知らなかったな。


「私も好き、アーチロビン」


沈黙する俺に、フィオが噛み締めるように言った。


思わず腕に力が入り、目を閉じる。離したくない。彼女を閉じ込めて、どんな男にも見せたくない。


俺だけのものに───したいな。


そこへフェイルノが、トントンと跳ねながらやってきて、煽りやがる。


「ガー、チュウ、スル?」


またか……! 露骨に言うなよ、フェイルノ!


せっかくいい雰囲気なのに。

気持ちの盛り上がりが、この一言でプツンと切れてしまう。


「やめろって! もう、お前は───!」


と、言って顔を上げた時、周りには人だかりができていた。


「え……」


親子連れの子供たちが、興味津々で俺たちを見ている。


や、やばい!!

ここは、公共のスパ。

子供たちもいるんだった!


「お兄ちゃんたち、仲良しなの?」


「パパとママも、ここでチュウしたんだって!」


「やめなさい! お前たち! すみません、どうぞ続けてください」


い、いや、どうぞと言われても……。

俺たちは慌てて離れる。


人混みをかき分けて、係員が申し訳なさそうに、声をかけてきた。


「すみません、お客様。ここは子供たちもいる場所ですので、逢瀬のお楽しみはどうぞ向こうの個室でお願いします」


「は、はい、あのすみませんでした!」


「すみません!」


二人で水風呂を上がって、その場を離れた。

はぐれないように、自然と彼女と手を繋ぐ。


「マタ、チュウ、シナイ? ツマンナイ!」


フェイルノが、羽ばたいて追いついてきた。


「お前なぁ……」


と、俺の肩にとまったフェイルノに言いかけて、フィオと目が合う。

思わず、二人でクスクス笑った。


あー、嬉しいのに恥ずかしい!


でも……。


彼女の手の温もりを感じながら、これからは堂々と手を繋げると思うと、嬉しかった。


「アーチロビン」


不意にフィオが声をかけてくる。


「ん?」


彼女の方を見ようとして、急に繋いだ手を引かれる。


「わっ……! と、え?」


姿勢を崩しかけた俺の頬に、フィオが軽く唇を押し当てる。


これって……キス!?


「チュウ! ヨカッタネ! チュウ、サレタ」


俺よりも興奮したフェイルノが、大声で叫ぶ。

やめろ! 余計恥ずかしい!!


顔を真っ赤にした俺に、フィオは恥ずかしそうに、微笑んだ。


「私の『初めて』よ。アーチロビンにあげるね」


ドキン! 心臓が破裂しそうだ。

花が咲いたような笑顔とは、今の彼女の表情を言うんだろうか。


幸せだ……とても。

彼女にキスされたことも、この笑顔が見られたことも。

ぼーっとなって、周りの音が完全に消える。


「フィオ……」


「え?」


「もう一度……ダメか?」


「……もぅ。その顔、ズルい」


フィオはもう一度、頬にキスをしてくれた。


時間が止まればいいのにと思ったのは、これが最初だった。


気がつくと、元いたテントの中に、俺は座り込んでいた。


あれ? いつの間に俺……。


俺の頭の中は、完全にショートしていて、どこをどう戻ったのか、全然覚えていない。


そう考えていると、いきなり強烈な匂いがして、思わず俺は鼻を摘んだ。


「うぐぁ!!」


「は! やっと正気に戻ったか。気つけ薬の匂いを嗅がせた。手のかかる小僧じゃな」


魔導士ティトは、ニヤニヤしながら、薬の瓶をしまっていた。


ケルヴィン殿下も、聖騎士ギルバートもニコニコして、俺を見る。


「おぅ、おかえり」


「いや、見直したよ、アーチロビン。あんなに大胆に告白するんだね。ボクにはなかなかできないことだよ」


二人はさらっと言うと、一枚の紙を覗き込んで、真剣な表情になっていった。


あ、あれ、その紙は俺が大魔導士イルハートにもらったもの。


「中に落としていっとったんじゃよ。先にワシは読ませてもろうた。次はお前たちが読むとよい」


魔導士ティトは、そう言って俺たちにも見るように言ってくる。


き、切り替えが早いな、みんな。


まあ、いつまでも揶揄われるよりマシだけど。


俺は、ケルヴィン殿下から紙を受け取ると、フィオと一緒に覗き込んだ。


『この国の司祭に会え。シャーリーを敵視しているから、お嬢ちゃんは、神官てことを隠した方がいいかもね』


大魔導士イルハートの文字で、そう書いてある。おまけに、紙の端にはキスマークがついていた。


「この国は、ガルズンアース国と同じ宗教を国教にしようとしてる。司祭は元からある宗教側の人間かもな。だから敵視するんだろ」


俺が言うと、フィオも頷く。


「そうでしょうね。それにしても、また、お嬢ちゃんなんて! このキスマークも、余計!」


フィオは、ぷぅっと頬を膨らませる。

まあ、大魔導士イルハートから見れば、新人の彼女はそう見えるんだろう。


「フィオは、ちゃんとした大人の女性だよ。お、俺はわかってる」


俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに腕を組んできた。


「やーれやれ、これ以上熱に当てられる前に、その司祭とやらのところへ行こう。油断せず、準備を整えて、な」


ニヤッと笑うケルヴィン殿下にそう言われ、俺たちも姿勢を正す。


そう、まだ、気は抜けない。

ここからだ。


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