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イルハートの待ち伏せ

「大きな街だな。さて、この辺りで情報収集するなら……」


と、ケルヴィン殿下が呟いていると、目の前でチラシを配っている女性が見えてきた。


「本日、改装したばかりのスパが開店ましたー。皆様、お誘い合ってお越しくださいませー」


と言っている。

スパか……。そんなにゆっくりしてられないよな。


チラシ配りの女性は、俺にも一枚差し出してくる。


「どうぞ」


「いや、俺は……」


「お話しましょうよ、ぼうやぁ」


その姿が、大魔導士イルハートに変わる。

俺たちは、思わず身構えた。


「ワシの目の前で勝手はさせぬぞ、イルハート」


魔導士ティトが、俺たちの前に出て大魔導士イルハートと向き合う。


「あら、ティト、お久しぶり。あなたも、もちろんスパに来て。ケルヴィン殿下も、聖騎士ギルバートも、そこのお嬢ちゃんもぉ」


大魔導士イルハートに、お嬢ちゃん呼ばわりされたフィオは、キッと目を吊り上げる。


「失礼ですね! 私はお嬢ちゃんではありません!」


「あらそぉ?」


「ちゃんと成人してます!」


「ふふ、大人の女性というなら、手加減はいらないわねぇ?」


大魔導士イルハートは、俺の腕に自分の腕を絡めてくる。


「おい! な、何を……!」


俺たちの様子を、フィオも目を丸くして凝視していた。


彼女は流し目でフィオを見て、ニヤリと笑う。


あてつけか?

そんなことのために、こうしているのか?

離せ……この!!


彼女から離れようとしても、逆に強くしがみつかれた。


「静かに、ぼうや。ネプォンも私を追ってきてるの。このままスパに行きましょう。人混みの中でなら、ゆっくりお話しできるわぁ」


大魔導士イルハートは、ゆったりとした口調で俺を見上げてきた。


あいつが? ネプォンまで来ているのか?


「ネプォンが、ここに?」


「あいつが絡むと面倒になるわ。皆さんも、合わせてくださる? 滞りなく旅を続けたければぁ」


大魔導士イルハートはそう言って、歩き始めた。みんなは渋々ついてくる。


俺は彼女の本心がわからずに、疑問をぶつけた。


「どういうつもりだ、イルハート」


「さぁねぇ」


「俺を……俺たちを駒にして、利用する気か?」


「ふふ、また逞しくなったわね、ぼうやぁ。とりあえず、ポーンからルークに格上げしてあげるぅ」


「チェスの駒扱いかよ」


「ケルヴィン殿下がキング、聖騎士ギルバートがナイト、魔導士ティトはビショップ、お嬢ちゃんは……とりあえずポーンねぇ」


「自分がクィーンだなんて言うなよ、あんたなんか……!」


「馬鹿ねぇ、私は駒にはならないわ。常にプレイヤーよぉ」


彼女はさらに腕に力を入れて、ぴったりくっついてくる。


何が、常にプレイヤーだよ、この女!!


ぎゅむ。

……。

……。


……やっぱり、こいつの胸はでかい。腕が埋まりそうな大きさだ。


余計なことを考えたくないのに、こうもくっつかれると、さすがに……。


「アーチロビン!」


そこへフィオの声がして、俺の反対側の腕にしがみついてきた。


え!


え……なんだこれ。


両腕が温かく柔らかいものに包まれて、おかしな気分になってくる。


悪い気はしない。むしろ、楽園。


いや! いや、待てよ! しっかりしろ!!


そう思いながらも、顔が赤く茹で上がるのが自分でもわかった。


……耐性ないんだよな、こういう状況。


道で行き交う男たちは、羨ましそうな目で俺を見る。


「いいよなぁ、あの兄さん」


「美人二人に囲まれてさぁ」


「俺が代わりたいよ」


そんな声まで聞こえてきた。

いや……いや、違う。


なんで、こんなことなってるんだ?


混乱する俺の目の前で、大魔導士イルハートとフィオが睨み合う。


「あら、邪魔する気ぃ?」


「あなたこそ……! 勝手なことをしないで!」


「彼とは長いの。あなたよりもねぇ」


「わ、私だって、短いけど一緒にいます!」


「手を握った仲なのよぉ」


「私は、だ、だ、抱きしめてもらいました!」


「あら、生意気ねぇ。こんな小娘のどこがいいの? ぼうやぁ」


「胸が大きいだけの失礼な人に、言われたくありません!」


「くす。今度はキスしてみようかしら。ウブなぼうやはすぐ落ちるわよぉ」


「負けませんから! 私の方が年下ですよ!」


「あんた……いい度胸ねぇ」


二人の間に火花が散る。

え、えっと……。


「ふ、二人とも、あの……」


俺が言いかけると、二人は競うように俺の腕を両側から引っ張ってきた。 


さっきまで、楽園のような気分だったのに、一気に地獄のような痛さが襲ってくる。


「いて! いた……! 痛い……!」


「あら、可哀想に。こっちへ来なさい、ぼうやぁ」


「だめ! アーチロビン。行っちゃダメ!」


「ふ、二人とも、力を抜いてくれ」


「あんたが離しなさいよ、お嬢ちゃん」


「お嬢ちゃんじゃありません!!」


「こっちよぉ」


「だめ、こっち!!」


ギリギリと腕が軋んで、本当に痛い。

腕が持っていかれそう。


俺は痛みに耐えかねて、一度両腕を脇につけるように引いた。


驚いたフィオとイルハートは、よろめきながらしがみつく。


「あ!」


「あぁん!」


ちょ、ちょっと変な声ださないでくれよ!

これじゃ、余計に目立つだろ?


「いや、やっぱりあの兄さんが、羨ましいなぁ」


「本当。あんなふうに俺もモテたいわ」


「お前には無理だってばよ」


「なんだと? 俺だってなぁ……!」


そんな声が、俺の横を通り過ぎていく。

いや、これはそんなにいいものじゃない。


こっちは腕を持っていかれないように、必死なんだ!!


俺は足早にスパへと向かった。

とにかく、早く中に入って解放されたい。

顔も熱いけど、照れてるわけじゃないからな。


認めないからな!!


「ぼうや、照れてるの? かーわいいわぁ」


揶揄うようなイルハートの声に、フィオの目が吊り上がる。


「あなたにじゃ、ありません。絶対!」


「なーんでわかんのよぉ」


「あなたなんか……! ただ色気過剰なだけでしょ!?」


「自分が貧相だからって、ひがまないでよねぇ」


「失礼ですね! ちゃんと……ひ、人並みにあります!」


「へーぇ? 見せてみなさいよ。スパは水着に着替えるからねぇ。ぼうやがどっちを選ぶか、勝負よぉ」


「わ、わかりました。受けて立ちます!」


「よせ! 二人とも!! 本題からそれて……!」


「「黙ってて!!」」


二人同時に怒鳴られながら、俺たちはスパへと入っていく。


後ろからついてくる、ケルヴィン殿下たちの苦笑いが、嫌でも耳に入っていた。



読んでくださってありがとうございます。

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