フィオの告白
俺が後ろを振り向くと、悪霊たちがまた群がりだしていた。
全部で五体か。
俺は彼女を背に庇って、改めて弓矢を床に打ち込む。
カッと床が光って、悪霊たちは動けなくなった。
一回、エナジードレイン、ニ回、装備破壊スキル全て攻撃抑止により不発。
三回目は?
そう思っていると、悪霊たちは攻撃そのものをやめて退散していった。
まるで、どうなるか理解しているかのよう。
「イッチャッタ! ガー!」
フェイルノが嬉しそうに喋る。
俺は改めてフィオを振り返った。
あちこち汚れていて、手や顔に擦り傷がある。
初めての冒険で、沢山怖い目にあったみたいだな。
でも、俺が来るまで、みんなをマジックシールドで守り続け、自分に群がる悪霊たちも散らしてきた。
すごいことだ。
「フィオ、遅くなってごめん。もう大丈夫」
それを聞いた彼女の手足はガタガタと震えていて、必死に口を引き結ぶ姿がいじらしく見えた。
「……来て……くれた……」
彼女の震える唇が、掠れながらも言葉を紡ぐ。
「あぁ、来たよ。フィオが呼んでくれたから」
俺が言うと、彼女は俺に近づいてくる。
そのまま俺の胸にコツンと頭を当ててきて、動かなくなった。
え、えーっと、こういう時は───。
「ギュー、ヤサシク、ギュウ」
「わ、わかってるよ」
フェイルノに言われるまま、フィオの肩に手を置くと彼女はそのまましがみついてきた。
「!!」
柔らかくて、あったかい……。
変な気持ちになってきて、顔が熱くなってきた。
「ヤサシク、ギュウ!」
「わかってるって!! な、慣れてないんだよ」
体がガチガチになりながら、ぎこちなく抱き締める。
力を入れたら、壊れてしまいそうなくらい、柔らかくて脆い。
そんなふうに考えてしまう。
でも、微かに聞こえる泣き声に、思わずハッとなった。
俺の馬鹿野郎! 自分のことばかり考えやがって! 俺は改めて彼女を抱き締めた。
「怖かったの……」
フィオが腕の中で、絞り出すように呟く。
そうだよな。
仲間は石化し、たった一人で必死に耐えていたのだから。
「よく頑張ったよな。フィオ」
「ううん、そんなことない」
「フィオ?」
「……みんなが石化したの、私のせいなの」
「え」
「私が入り口の仕掛けに驚いて、慌てて走ってしまって」
「そうか……」
「悪霊に追われて、オメガゴーレムにも襲われて……みんな、私を守ろうとして、石化してしまったの」
「うん」
「私……必死でシールドを張って、悪霊を散らして……それでも、このままじゃいつかやられてしまうこともわかってた……」
「それで、俺にメッセージをとばしたんな?」
「ええ、ごめんなさい」
「謝ることじゃないよ」
「なんとかしようとしたのに、できなくて……そんな時、あなたのことが思い浮かんだの。あなたを危険に巻き込むのに、私……」
「いいんだ、頼ってくれて嬉しかった」
それは本当だ。呼ばれてここに来ることを、少しも嫌だとは思わなかった。
「あなたは、優しい言葉ばかりくれる……こんな私のためを思って」
「そうじゃない。自分を責めるな、て。フィオは新人なんだ、できないことの方が多いんだよ」
「冒険に出たら、新人もベテランもない、て、オベリア様に言われたのに……行動に責任をもてと言われたのに」
それは事実だ。けれど、新人は新人。何も知らずにたった一人で、なんとかできるはずがない。
それでも苦しむのは、溜め込んだ感情で心がはち切れそうになっているからだ。ちゃんと、気持ちを吐き出させないと。
「フィオ、それから?」
「え」
「ちゃんと聞いてる。まだ、言い足りないだろ? 話して」
「んぅ……」
彼女は、苦しそうに喉を鳴らすと、堰を切ったように気持ちを話し出した。
「自分をどうしても許せないの。わ、私、自分が情けなくて……初めての冒険とはいえ……仲間を危険に晒して……」
「ん……苦い経験したな」
「悔しい……」
肩を震わせる彼女に、思わず俺の腕にも力が入る。できることを必死でやったのだから、それでいいのに。
俺は抱き締めたまま、片手で彼女の頭を優しく撫でた。
逃げ出さずに踏みとどまった自分を、もっと誇りに思っていい。
いや、ここは口に出さないと、伝わらないよな。
「そうだな。でも、逃げなかったフィオはすごいよ。仲間は誰も死んでない。石化は治せるから、大丈夫。これ以上、自分を責めるな」
そう……仲間はちゃんと守れてるんだよ、フィオ。誰も失ってはいないんだ。
「うん……うん!」
彼女は、夢中で頷いている。よかった。心に届いたんだな。
「よしよし……元気が出てきたな」
「……ありがとう。あなたには、助けられてばかり」
「これからも、助けるよ」
「え!? それじゃ……?」
「俺も行く、この旅に参加する」
「あ、う、それって、う、嬉しいけど、私が頼りないから?」
「違う、違う。行きたいから行くんだ。それに、フィオが自分を頼りなく思うのは、今だけだと俺は思う」
「……?」
「いつか、俺の方がフィオに助けられる時がくる。フィオはきっと強くなるさ」
「アーチロビン……」
「それまでは、この弓使いに、あなたを助ける格好いい役目をいただけませんか?」
「ええ?」
「今のうちに恩を売って、後から堂々と『フィオ、助けてー』て、言えるようにしておきたい」
「ぷっ、クスクス」
「あてにしてる」
「ふふふ……わかった」
……笑ってくれた。
よかった。
彼女が落ち着いたら、仲間たちの石化を解かないとな。
そう思っていたら、それまで顔を上げなかったフィオが、不意に顔を上げて至近距離で見つめてきた。
ドキ! 心臓が跳ね上がりそうなほど、その表情に驚いてしまう。
暗い地下室の中で、暗闇に慣れた目が彼女のほんのりと上気した顔を捉えた。
な、な、なんだ? この胸の高鳴り。
目が逸らせず、彼女の瞳に吸い込まれそうになる。
「アーチロビン」
彼女の可愛い声が、耳に響いてきた。
今更ながら、腕の中の温もりと感触、そして不思議と香る彼女の甘い体臭を実感して、クラクラし始める。
膝から力が抜けていきそうだ……。
ドクン、ドクンと、心臓の音だけが喧しく聞こえて、彼女に聞こえないかと心配になった。
「……き」
彼女の唇が、微かな声を漏らす。
何? なんだ? 聞こえない。
「フ……フィオ?」
何を言う気だ?
『……き』て、“嫌い”か?
それとも……。
期待しすぎるなと、頭の中で警告音が鳴る。
わかっているけど、一言も聞き逃したくない。
俺の腕の中で、みるみるフィオの瞳が潤んでいった。
早く……早く言ってくれ、でないと。
あまりの可愛いさに、このまま抱き潰してしまいそうになる。
腕に力を入れまいと、身体をこわばらせていたその時、
「私、あなたが好き」
「え!」
はっきりと告白されて、俺はそのまま動けなくなった。
『あなたが、好き』。彼女のセリフが頭の中で、何度も再生されて、俺の思考は完全に停止してしまった。
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