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ヘイムニルブの掟

俺は港までたどり着くと、船に飛び乗った。


ヘイムニルブ行きの船の乗客は、そんなに多くない。わずかに残る人々への生活物資の運搬が、主な目的のようだ。


廃都となってから、廃れたんだろうな。


フィオ、ケルヴィン殿下、ティト、ギルバート、待っていてくれ! 今、行くからな。


はやる気持ちを抑えながら、俺は籠に隠していたオウムのフェイルノを出してやった。


「キュウクツ! キュウクツ! ガー!」


フェイルノはご機嫌斜めだ。


俺はフェイルノを宥めながら、同じ目的地へと向かう乗客に目を向ける。


殆どが、荷運び用に雇われた人足ばかりのようだ。


おっと、ここにも会いたくない奴がいたな……。


俺は咄嗟に仮面をつけて、窓の外を見る。


そんな俺の隣を、暗黒騎士のヴォルディバが通り抜けていった。


「けっ。いくら闇属性に耐性があるからって、面倒なことさせやがって」


こいつも変わらない。

面倒くさがりで、口が悪く、粗野で乱暴。

特に綺麗な女性は、力で手に入れるタイプ。


ネプォンと気が合う奴なんだよな。


「あー、面倒くせぇ! 面倒くせーな! ええ!?」


暗黒騎士ヴォルディバは、フードを深く被った、修道僧のような服装の男に早速絡んでいる。


「おう、お前、ヘイムニルブの住人か?」


話しかけられた方は、うるさそうに彼を見て、


「ええ……」


と答えた。


「陰気な野郎だな。あそこは怪物が徘徊して人間なんか住めたもんじゃねぇ、て聞くけど、あんた、どうやって暮らしてるんだ?」


暗黒騎士ヴォルディバは、ズケズケと聞いている。でも、俺も知りたい話だ。


「……土地の悪霊たちを刺激しなければ、何も起きない。人も滅多に来ないから、静かに研究に没頭したいモノにとって、あそこは楽園だ」


土地の悪霊たち……か。

俺はフィオの言葉を思い出していた。


みんな石になった、と。


土地の悪霊を刺激してしまったのか?


ヘイムニルブに入って、すぐに見つかればいいが。


俺が考え込んでいると、暗黒騎士ヴォルディバはフードの男に詰め寄った。


「よぉ、そんじゃ、よそ者が来たらすぐわかるよな? 最近、身なりのいい冒険者の一団が来なかったか? 半人半馬の聖騎士を連れてるパーティーだ」


「半人半馬……」


「いつも鏡と刷毛を手放さない、格好つけた野郎だ。他のメンバーはともかく、あいつは目立つからな」


「半人半馬の聖騎士は知らない───が」


「が?」


「馬を連れた、冒険者たちは来た。よせと言ったのに、街一番の変人、『タインシュタ・フラン』を訪ねて行ったよ」


「なんだ? そいつ」


「古代の秘術研究の第一人者だが、彼が要求した研究素材を持ってきた者にのみ、力を貸す」


「ほぅ」


「彼らも、おそらく無理難題を突きつけられたのだろう。土地の者でも近づかないオメガゴーレムの棲む館へと行ったまま、戻らないとか」


俺はそれを聞いて、思わず拳を握った。

間違いない、フィオたちだ!!

急がないと!!


俺の焦りなどお構いなしに、暗黒騎士ヴォルディバは能天気な声を出した。


「おー、そうかい。つまり、奴らは死んだんだな。奴らの死体さえ確認できりゃ、仕事は終わりだ」


「あそこへ行くのはよせ」


「野郎ニ人と、ババアと小娘の遺体を見るだけだ。さっさと帰るさ。んで、場所は?」


「……街の外れにある、崖の淵に建つ大きな館が、オメガゴーレムの住処だ。警告はしたぞ」


フードの男は、それっきり口をつぐんだ。


街の外れにある、崖の淵に建つ館か。

みんな、待っててくれ。すぐ行くからな。


やがて船の前方に、大きな島がみえてきた。

あれがかつての『魔都ヘイムニルブ』か。


俺がそう思っていると、隣に暗黒騎士ヴォルディバがやって来た。


ちっ、話したくないな。


俺が顔を背けていると、彼は俺の肩にとまるフェイルノをじっと見ていた。


「おっかしいな。どっかで見たことあるオウムなんだが」


「……」


「ま、いいか。おい、兄さんもヘイムニルブで研究とやらをしてるのか?」


「……」


「なんでぇ、仮面なんかつけやがって。お前まで陰キャなのかよ。これじゃ、綺麗なおねぇちゃんとの出会いも、期待できそうにないなぁ」


「……」


「ちっ、シカトかよ! 俺が誰だか知らねーのか?魔王を倒した英雄の1人、暗黒騎士ヴォルディバ様だ!!」


知ってるさ。お前のことは、忘れたくても忘れられない一人だ。


けれど、構ってる暇もない。

とりあえず、返事はしておくか。


「……どうも」


「なんだ? その生意気な態度……!!」


ボワーンと、その時汽笛が鳴る。

ヘイムニルブについたんだ。


あばよ、と心の中で暗黒騎士ヴォルディバに呟く。


俺は彼の横をサッと抜けて、港に着くや否や飛び降りた。


急がないと!!

気が焦って仕方がない。


俺はとにかく足早に、オメガゴーレムの館へと向かおうとした。


その時だ。


「動くな!!」


大きな声で俺を指差し、杖をつきながらやって来る壮年の男。

地元の人か?


な、なんだよ、急に。


俺がその人を見ていると、彼は目を細めて俺を見つめ返してくる。


急いでいるのに!!


まごまごしていると、後ろから暗黒騎士ヴォルディバもやってきた。


「かー! 陰気な街だぜ。さーてと?」


「お前も動くんじゃない!」


暗黒騎士ヴォルディバもまた、同じ男性に止められた。


「なんでぇ、お前いきな……!」


暗黒騎士ヴォルディバが言いかけた時、足元から黒い影が立ち昇ってくる。


「この土地の悪霊たちだ。怒らせるな」


男性は静かに語りかけてきた。

悪霊……これが。

思わずごくりと喉が鳴る。


大人しくしていると、黒い影はやがて見えなくなった。


「この土地でやってはいけないこと。それは走ることだ。決して走ってはならぬ。守れぬなら引き返せ」


「もし、走ったら?」


俺は男性に聞き返した。

急いでいるのに、走ってはいけないなんて困る。


「走れば、悪霊に体力と魔力をごっそり削られて、最後は命を持っていかれる。常に歩け」


男性はそう答えた。


暗黒騎士ヴォルディバは、面倒くさそうに頭を掻く。


「け! 体力、魔力吸収して、己に取り込むのは暗黒騎士のスキルじゃねーか。取られたら、奴らのをいただくまでだ」


「やめておけ」


「は! ジジイの老婆心なんぞ、余計だってーの!」


暗黒騎士ヴォルディバは、サッと走り出した。


すぐに足元からさっきの黒い影が、再び立ち上がる。


「俺の鎧は、闇属性を無効化するんだよ! エナジードレインなんて、効きはしねぇぜ!?」


彼の言う通り、悪霊は体力を吸えないでいる。ここは、暗黒騎士の纏うレア装備の勝ち……か?


と、思っていると、悪霊が強い光を纏った鞭を、打ちつけてきた。


ガッシャァァァン!!


派手な音がして、暗黒騎士ヴォルディバの鎧が砕け散る。


「装備破壊のスキル!?」


俺は思わず叫んだ。

スキルとはいえ、レア装備を破壊できるかは確定じゃない。なのに、悪霊の鞭を使って、たった一撃で!?


「ここの悪霊のクリティカル率は、80%だ。レア装備だろうと、耐性を上回るダメージをくらえば、こうなる」


男性はそう言って、暗黒騎士ヴォルディバを見た。


「ちっ!魔王を倒した暗黒騎士を舐めるなよ!?」


暗黒騎士ヴォルディバは、自身の剣を抜いて悪霊のエナジードレインに備えている。


それを見た悪霊は、再び鞭をふるって、今度は剣を砕いた。


「ひっ……!」


悪霊はそのまま、暗黒騎士ヴォルディバから、エナジーを吸い取る。


うわ……! ごっそり吸いやがったな。


「ぐわ……! あ……あぁ……」


「ほう、一度のエナジードレインで、まだ体力を残しているのか。流石は魔王を倒したと吹聴するだけあるな」


泡を吹いて倒れる暗黒騎士ヴォルディバを見て、男性は俺を見た。


「こうなりたくないだろ? お前は決して走るなよ?」



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