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旅立ち

あれから、俺は気絶した兵士を街の宿屋の前に置いて、家に帰ってきた。


いつもの日常。いつも通りを過ごす。

何も後悔していない。俺は、今回も無事に成し遂げたんだ。利用されずにすんだのは、早々に戻ったからだ。


だから……何も思うことなんて。


「なぁ、アーチロビン」


じっちゃんが、俺に声をかけてくる。


「何?」


「さっきから、同じところをぐるぐる回ってるぞ」


「あ……」


「心配なのだろ? フィオたちが」


じっちゃんは、ゆっくり椅子に腰掛ける。

し、心配なんて。


魔導士ティトも、聖騎士ギルバートも強い。


俺がいなくても、きっと。


でも、フィオはシャーリーに比べると、まだまだ神官として未熟だ。ケルヴィン殿下も、剣の稽古はしてきたみたいだけど、実戦慣れはしていない。


ネプォンのように、ラック値の高そうな感じでもなかったし……まあ、冒険の中で、鍛えればいいだけなんだけれど。


「ワシもな、ティトのことを思うと、胸が痛いよ」


ふと、じっちゃんが呟いた。


そうか。ティトはじっちゃんの昔の恋人。


「ねぇ、じっちゃんとティトはなんで別れたの?」


「んー? それがな。ティトは当時、大魔導士の候補者の一人でのぅ。彼女の師匠から、ティトの邪魔をしないでくれと、頼まれたんじゃよ」


「邪魔?」


「ティトはあぁ見えて、若い時は器用な方じゃなかった。恋なら恋に、魔法なら魔法に、どちらか一方に集中しないと、片方が疎かになっていたんじゃよ」


「あぁ……」


「ワシは、身を引いた。じゃが、ワシの時代は独り身を通すことがとても難しくてな」


「……」


「親、親戚、狩人仲間が、次から次に女性を紹介してくる。じゃから、ワシは養子を取った」


「え」


「そう、お前とワシに血のつながりはない。じゃが、お前は本当にいい子で、ワシには本物の孫じゃよ」


「じ、じっちゃん。俺、初めて聞いたよ」


「ふおっふおっ。もう、お前もこういう話を理解できる年齢になったからな。ティトにも……会いたいのぅ」


目を細めて、窓の外を見るじっちゃんは、知らない人に見えた。


この人にも若い時があったのだと、頭ではわかっていても、生まれた時からじっちゃんはじっちゃんでしかなかった。


俺はこの人の一面しか、知らないのかもしれない。


そう思ったその時だ。


オウムのフェイルノが、羽根をバタバタさせて、窓のそばにとまると、嘴でコツコツと窓を叩いた。


「どうした? フェイルノ」


俺が窓を開けると、そこへ一羽の白い鳩が飛び込んでくる。


「な、なんだ!?」


俺たちの目の前で、鳩は糸が解けるように形が崩れていき、細い光となって、フェイルノの口の中に入っていった。


フェイルノは、目を光らせて俺を見ると、フィオの声で喋り始める。


「助けて! アーチロビン!! すぐにヘイムニルブに来て!! お願い……あなたしか、頼れない!!」


フィオの声は切迫していた。

何が起きたんだ!?


「どうしたんだ? ケルヴィン殿下は? 聖騎士ギルバートや、魔導士ティトもいるんだろ?」


俺が聞くと、フィオの声は弱々しくなる。


「……みんな、石に……私……みんなを砕かれないように、マジックシールドで守るのが精一杯で……お願い……見つかったら、私も───」


そこでフィオの声は途切れた。

俺はフェイルノを見つめたけど、それ以上は何も話さない。


光っていた目も、元に戻っている。


俺は居ても立っても居られなくなり、じっちゃんの方を見た。じっちゃんは、いつのまに整えていたのか、旅支度のすんだ荷物を俺に持たせる。


「行きなさい、アーチロビン」


「じっちゃん、でも……」


「ワシの心配はいらん。仲間を助けに行きなさい。ワシの代わりに、ティトも救ってくれ」


じっちゃんは、俺を押し出そうとする。


「じっちゃん、必ず帰ってくるからな!?」


俺が言うと、じっちゃんはにっこり笑って頷いた。


「魔王が斃れていないというのなら、この旅で決着をつけなさい。ワシはお前の凱旋を、心待ちにしておるからな」


じっちゃんが言い終わると、オウムのフェイルノが、俺の肩にとまる。


俺は深呼吸をすると、外に出た。


フィオ、みんな……今、行くからな!!


俺は森を出ると、チェタ鉱山を抜けて、国境を越える。


魔都ヘイムニルブの場所は知らない。けれど、フィオが飛ばしてきた、鳩が来た方向は西だった。


西にとにかく向かい、近くの街に入って情報を集める。


そこで気になったのは、俺の国の兵士の姿を、チラホラ見つけたことだ。


誰かを探しているようで、気持ち悪い。


とりあえず小さな食堂に入って、買ってきた地図を広げ、ルートを確認する。


一番古い地図だけど、ざっくりしか載ってないな。これによると、ここから、船で行くしかないのか。


モタモタしていられないのに。


「ねぇ、あなた」


その時、ふと声をかけられた。


顔を上げると、仮面をつけた見知らぬ女性が、向かいの席の椅子に手をかけている。


「満席なの。相席してもいい?」


見るからに怪しい。

関わらない方がいいな。


「どうぞ。俺はもう、出ますから」


「待って! 私を助けて欲しいの。一人じゃ誤魔化せないから」


何? なんだ、いきなり。


俺が立ちあがろうとすると、女性は指を一本立てて、口元に持ってきた。


なんだ?

静かに従えとでも?


俺は椅子に座り直し、彼女を見た。

彼女は、軽く頷いて向かいの席に座る。


そこへ、兵士がやってきた。


「我々は隣国、ガルズンアースの兵士だ。人を探している」


「は、はぁ」


「その女はお前の連れか?」


「いえ、そ……」


「ええ、連れですわ。待たせてごめんなさいね、あなた」


は? キョトンとする俺に、向かいの席の女性は、色っぽく言う。


なんなんだ?


そこへもう一人の兵士がやってきて、


「おい、行くぞ。ケルヴィン殿下は、魔導士、神官、半人半馬の聖騎士を連れている。こいつらは、該当しない」


と、言って去っていった。


やっぱりネプォンが、ケルヴィン殿下を連れ戻そうとしてるのか?


厄介だな。


「ねぇ」


向かいの席の女性が、話しかけてくる。


「ん?」


「さっきはありがとう」


「奴らに追われてるんですか?」


「兵士が嫌いなだけ。乱暴な人がいるから」


まあ、中にはそんな奴もいるだろうな。

しかし、仮面をつけた彼女も十分怪しい。事情は知らないが、さっさと行こう。


じゃ、と言って席を立つ俺の手を、彼女は握ってくる。一瞬ドキッとしたけど、顔には出さないようにしたい。


「なんです?」


「あなた、ヘイムニルブに行きたいの?」


「!!」


「古い地図を熱心に見てたでしょ」


「あ、あぁ、まあな」


「それなら、次の船便のチケットを譲ってあげないこともないわよ?」


「!?」


「ヘイムニルブ行きは、一日に一本だけなの。これを逃すと、明日になるわ」


なんだ、この人。チケットは欲しいけど、怪しすぎる。


「……狙いは何? 初対面の俺に、そこまでする理由が不気味だ」


彼女はそう言われて、ゆっくり仮面を外した。


俺は思わず、ハッとなって後ずさる。


忘れもしない顔───俺を切り捨てたメンバーの一人。


「初対面じゃ、ないでしょ? ぼうやぁ……」


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