第一章 初めての鍛冶仕事 9
ドラゴンから鱗と皮をもらい、また来ると約束をして別れた。
ほんとにわずかだが、皮も傷ついていたのだ。
まあ、おまけだな。
ドラゴン妙に名残惜しそうにしていたのが、印象深い。
暇なんだろう……か?
うーむ、謎だ。近いうちに、遊びに行って聞いてみるか。
とーもーかーく。
運動をすればお腹がすくわけで。
料理をしようにも、俺たちは森にいて、食材を一切持っていない。
「あたし、そーいうの得意だよ」
とレネが言うんで任せてみたら、確かに仰るとおりだった。
一人でたったか森に入って小一時間。戻ってきたときには、片手に何か小動物(処理済み)、もう片方には木の実を入れた袋を持っていた。
いやーすごい。想像以上だよ、こりゃ。
「レネってガールスカウトとかやってたの?」
「ううん。虚神戦争のときに、旅してたからね。野宿も結構やったよ」
俺はヤギ太郎と顔を見合わせた。
虚神戦争ってどんな戦いだったんだろう? というアイコンタクト……だったのに。
「わいも、腹はすいてまっせ」と、ヤギ太郎は肩をすくめた。
全然通じてなかった。
だが、虚神戦争のことはどこかできちんと聞いておこう。レネの人生に深く深く関わっている気がするんだ。
まあ、俺の生活が安定してからになると思うけど。
「レネ、その小動物(処理済み)は何?」
「これ?」
レネは手に持っていた小動物(処理済み)を掲げる。
「これはね、パーネス。こっちの世界にしかいない動物よ。角と毒があって、味はウサギに似てる」
「俺、ウサギはまだ食べたことないな」
「わいも」
「わたしも」
「おいっ!」
間髪を入れずにヤギ太郎がツッコんだ。甘いツッコみだな。
せっかくやるなら、もっと気のきいたことを言えばいいのに。
せめて、「お前もかい!」くらいは言ってほしいものだ。
ま、それはおいとくとして。
「レネはその情報をどこで仕入れたんだ?」
「狩りの仕方を教えてくれた人が、一緒に教えてくれた」
「へー」
俺とヤギ太郎が同時に言った。
割と普通な回答なので、少し拍子抜けした。多分、ヤギ太郎も同じ気持ちなんだろうな。
「さ、焼くから待ってて!」
レネが楽しそうに片目をつぶった。
せっかく作ってくれた料理は、やっぱり死ぬほどまずかった。
調理法は焼いただけ。
焼き方はミディアムといい感じ。
味もウサギに似ているはず。
それなのに、どうしてこんなにまずいのか?
いやいや、我慢できるぎりぎりのまずさなんだ。
そこがよくないのかもしれない。口にした瞬間に嘔吐する、もしくは気絶するくらいの破壊力があれば、彼女も料理下手が自覚できただろうに。
まあ、もういいけどね……。
肉と木の実は、保存できるようレネが処理をした。こいつのサバイバル技術高すぎ。これで、明日の食事も三食なんとかなりそうだった。
というわけで、家に戻ってきた俺たち三人は、戦利品とシルバー・スプーンから渡された課題を前にして座っていた。
「鉄のインゴットと黄土色龍の鱗がある」
「うん」
そう答えたレネだけど、心ここにあらずといった印象だ。興味がなさそうなのは構わないんだが、何を考えているのか分からないのは、嫌だなー。こいつ、何を抱えているんだろう。それは、俺一人でなんとかなるレベルのものなのか?
いやいやいや。
今は、レネのことは忘れるんだ。
俺がやらなければならないのは、課題と明日からの生活費の心配だった。
さて、何を作ろうか?
シルバー・スプーンのことを思い出す。
二十代後半くらいの爽やかイケメン。
真面目で仕事ができそうな人当たりのいい青年。俺の苦手なタイプ。
服装は、いかにも中世ヨーロッパの商人って感じだった。肩とかももは膨らんでいて、腕とかひざ下はぴっちりした、あれ。色は薄緑色だったよな。
ゴウト商会って言ったっけ。
あ、そうだ。名刺もらってたな。昨日は見せ忘れてた。
「なあ、レネ。これから会う人の名刺、もらってたんだけど」
俺は……確かポケットに……あった! ……シルバーさんの名刺をレネに渡した。
「知ってるか?」
レネはわずかに眉間にしわを寄せた。
「ごめん、このシルバー・スプーンって人はやっぱり知らない。でもね、ゴウト商会は聞いたことあるよ」
「本当か!」
「うん……」なんか、レネが浮かない顔をしている。
「どうした?」
「う、うん。あんまり評判よくないかも……」
「マジ? ど、どんなふうに?」
「内部のことは分かんないけど、とにかく金儲けに走ってるって。武器を売るために、各国に戦争の火種をまくこともあるって噂を聞いたことも……」
「あるのか」
レネがうなずいた。
「あの街のギルドでも中心的な存在になってるみたい。そのせいで、最近あそこの治安が悪化しているのよ」
俺もチンピラにからまれたな。
「噂は噂でも、なんか不穏だな」
ちょっと腰が引けてくるなあ。
「じゃあ、やめる?」
「いいや」
それは、最初から考えてない。
「生きていくためには金を稼がないといけない。鍛冶屋として生きていくには、伝手が何もない状況だ」
「他の仕事をする?」
「この世界の基本的な知識に欠ける俺ができる仕事って、かなり狭いぞ。みんなで食べていくだけ稼げる気はしないし、昨日の連中の件もある。フリーとまではいかなくても、ある程度は自由な時間が取れる仕事がいい。そういう意味で、鍛冶屋はいいんだ。だから、ゴウト商会と仕事をしようと思う。まあ、認められてからだけどな。評判は悪くても、商売が成り立つのなら、しょうがないな」
だって、お仕事ってそういうものだもの。
元の世界でも、同じだったしな。世の中、きれいごとだけでは済まないんだ。どこかで呑み込むか、正当化しないと。そういうものだよ。
俺はレネとヤギ太郎を見た。
二人とも納得しているようだ。
「でもね、ユウヤ。一つだけいい?」
俺はレネに続きをうながした。
「ゴウト商会かあそこのギルド、どちらか知らないけど、神聖教とつながりがあるよ。私も反対はしないけど、くれぐれも注意してね」
……さきに言ってよ。それを聞いてたら、もう少し慎重に動いたって。
今日はもう遅いので、武器制作は明日にすることにした。
ささやかな夕食をとり、レネは寝室へ行った。
ヤギ太郎は外へ。外のほうが気楽らしい。
俺は居間の机を脇にどかし、薄い布団を敷いた。
横になると、改めて身体中が疲れと痛みでぼろぼろなのに気付いた。
いてて、と声が出てしまう。
今日もよく頑張ったよ。朝もはよから出かけて、ドラゴンと戦ったんだからな。ずーっと鍛錬をしてなかったけど、再開しなきゃな。幸い、俺の武術勘そのものは、さほど鈍ってない。手を顔の前にかざす。指をにぎったり、はなしたりを何度か繰り返す。
「よし、大丈夫。俺は戦える。この世界でも、戦える」
自分に言い聞かせた。
「どっちかといえば、問題はシルバー・スプーンの課題だな」
俺はまだ、何を作るか一切考えていなかった。
ほんと、どうしたもんかな……。




