第一章 初めての鍛冶仕事 10
今日はもう遅いので、武器制作は明日にすることにした。
ささやかな夕食をとり、レネは寝室へ行った。
ヤギ太郎は外へ。外のほうが気楽らしい。
俺は居間の机を脇にどかし、薄い布団を敷いた。
横になると、改めて身体中が疲れと痛みでぼろぼろなのに気付いた。
いてて、と声が出てしまう。
今日もよく頑張ったよ。朝もはよから出かけて、ドラゴンと戦ったんだからな。ずーっと鍛錬をしてなかったけど、再開しなきゃな。幸い、俺の武術勘そのものは、さほど鈍ってない。手を顔の前にかざす。指をにぎったり、はなしたりを何度か繰り返す。
「よし、大丈夫。俺は戦える。この世界でも、戦える」
自分に言い聞かせた。
「どっちかといえば、問題はシルバー・スプーンの課題だな」
俺はまだ、何を作るか一切考えていなかった。
ほんと、どうしたもんかな……。
シルバー・スプーンの課題に何を作ろう?
漠然と考えてても何も浮かばないから、少し理詰めで行くかー。
シルバー・スプーンは何者? →商人。
強そうだった? →そんなこたーない。
見た目だけかもよ? →むむむ……。
やべっ、あっという間に行き詰った。
うーん。
うーん。
うーん。
あ。
そうだ、あのインゴットの重さをきちんと量ってみるか。
量りの数字は分からんかもしれないから、ある程度は感覚になっちゃうかもしれないけど。
確か、片手剣なら2kgくらいまで。それ以上なら両手持ちの武器だ。
インゴットの重さがヒントになりそうだ。
それが上限になる……んだよな。
あー、もう一つ疑問が浮かんだ。
あの電子レンジの使い方について。
電子レンジの前と後で、質量は変わるんだろうか?
前よりも後が重くなるってのは考えづらいけど、前よりも軽いものを作ることはできるんだろうか?
常に、同じ重さのものしかできないのか?
短剣や棍を作ったときは意識してなかったなあ。多分、これは、入れた素材と同じ重さなはず。
さて……うっし!
気になるんなら試してみるか!
俺は勢いよく起きた。
「いたたた……」
全身が痛んでるのを忘れてたよ。
痛みを抑えるために、ゆっくりぎこちなく鍛冶場の方まで歩いた。
と、聞き覚えのある音がした。
ちゃららららららららー。
電子レンジが温めを終えた音。
間違いなく鍛冶場からだ。近づけば、部屋の明かりが灯っているのもわかった。人の気配もする。もしかして、ドウガンたち神聖教の連中が再襲撃に来たのか? ちょっと緊張しながら、俺は鍛冶場を覗く。
人影が、あった。そして、目が合った。
「ユウヤ、どうしたの?」
レネかよ。一気に拍子抜けした。
「眠れない? 私もだよー」
彼女は、ピンク色の、デフォルメされたウサギのキャラがあちこちにプリントされたパジャマを着ている。少し大きめのサイズらしく、指がかろうじて出ているといった具合だ。その両の指でマグカップをはさみ持っていた。ほかほかと湯気が出ている。
「俺は、鍛冶のことを考えてたんだよ……って、お前は何をやってんだ? ここは台所じゃないぞ?」
「ミルクを温めてたの」
リラックスしているみたいで、眉尻が下がっている。
「何で?」
「電子レンジで」
「どれ?」
「これ」と、鍛冶の機械を指さす。
「いや、これは確かに電子レンジだけどさー。でも、この世界では鍛冶の機械なんだろ?」
「うん。それも本当。けどね、普通に電子レンジとしても使えるんだよ」
すごいでしょーって顔で笑ってる。すごい状況にいるはずなのに、幸せそうだな。まあ、本人がいいのなら、俺もそれでよしだ。
「でもよ、それコンセント入ってなくね? つーか、動力は何なんだ?」
「それは、私も疑問に思う。ただ、使えるなら、あまり気にしないのも処世術かなーとも思うよ」
君子危うきに近寄らず、だな。俺も賛成。とりあえず、動力については目をつぶろう。電気料金の支払いを気にしなくて済む分、お得じゃあないか。うん。
鍛冶場の隅には、ヴァン爺さんが置いてった金属の塊やら何かの皮やらが転がっている。俺はそこから、手軽でダメにしてもよさげなものを探すことにした。
といっても、素材のことはなんも分かんないから、勘だけどね。
いつか、きちんと整理しなきゃなあ。
で、俺はそこそこ重めの金属の塊を手に取った。拳よりも少し大きい。シルバー・スプーンの課題用のインゴットと同じくらいの大きさで、少し軽い。鉄じゃないんだろうな。表面はすべすべしてる。
じゃあ、これで試そうか。
と、電子レンジの蓋を開けたら。
「……ごめんね」
背後からレネの声がした。
「まだいたのかよ。どうしたんだ?」
振り返ると、彼女はうつむいていた。顔は見えないけど、気落ちしてるみたいだ。
「変なことに巻きこんじゃった上に、住まわせてもらうことになって。私も働ければいいんだけど……」
昨日は結構強引に同居を迫ってきたくせに――変な言い方だが、間違ってないはず――、妙にしおらしいじゃないか。
「そんなこと気にするなよ。俺はこの世界に来て頼れる人がいなかったから、レネがそばにいてくれて助かったよ」
「本当?」
「本当。それに、袖擦り合うのも他生の縁っていうじゃないか。これも、運命なのかもしれない」
「でも、神聖教の追ってはまた来るよ」
「いいんじゃない? また撃退するだけの話だよ」
「でも、すごい大勢で来るかもよ」
「なーに、手はあるさ。魔法もあるし、いざとなれば逃げればいい」
「それでもダメだったときは?」
「ヤギ太郎を囮にして逃げる。大丈夫、大丈夫。なんとかなるって!」
ブラックというほどでもないけど、サラリーマン時代はきついことばかりだった。上司からは毎日のように怒鳴られて、取引先からは無茶ばかり言われた。
そのときに決めた。あんまり先のことで思い悩むのはやめようって。状況は日々変わる。後ろ向きなことを考えていても仕方ない。
そう考えるようになってから、なんとなく事態がうまく行くようになった。上司の叱責や、取引先の理不尽さとかは変わらなかったから、俺の気の持ちようだけなんだろうけどね。
でも、ノルマは達成できるようになったし、漫画喫茶でさぼる時間を作れるくらいにはなれた。
まあ、漫喫にいたせいで、この世界に飛ばされたから、トータルで考えるとマイナスかもしれんな……。
と、レネが顔をあげた。
「ユウヤ、ありがとう」
彼女は、どうも笑いたいようだが、なぜか必死でこらえようとしているらしい。
あごに力が入ってるみたいで、口元にへんなしわが寄っていた。
なぜだろう? 笑えばいいのに。
変な顔だ。
それに、眠いのか、ほんのり頬が赤いし、目がうるんでいる。
「あ、あのね、ユウヤ。実はね……」
普段が整っている分、崩れると面白い。決して不細工とかそういうわけじゃないんだけどね。そう、なんというか、新鮮、そう新鮮なんだよ。
変で。
いかん、このままでは……。
「私、本当は――」
「ぷっ」
「?」
「ぷっくくくくく……あはははははははは、ダメだ、もうダメだ! 我慢できねー!」
あーとうとう噴き出してしまった。
これはもうしょうがない。うん、しょうがない。
「あははははははは!」
「……最低」
レネの底冷えする声が聞こえた。
涙が視界をさえぎって彼女の顔は見えないけど、絶対に怒ってる。
けど、もう止められない。
俺は気が済むまで笑った。
おさまったときには、呼吸困難で死にそうだったよ。
うーん、久しぶりに大笑いした。
ダメだな、ギャップの激しさは笑いを誘発する。
「……気は済んだ? 楽しそうで何よりね」
レネが、まだいた。ミルクを両手で持ったまま怖い顔をしている。あんま怖くないな。
「怒るくらいなら、部屋に帰ればいいじゃないか」とつぶやいたら、聞こえたらしい。
「知らない!」
彼女はそのまま横を向いた。
でも、ここから動こうとはしなかった。
変な奴だ。
風邪ひいてました。幸いインフルエンザでもノロでもなかったのですが。
みなさまも、どうぞご自愛ください。




