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第一章 初めての鍛冶仕事 8

「今さら、そんな忠告をするな! 手遅れじゃ! そもそも、その範囲を確認する手段はないのか!」


俺の大声に、ヤギ太郎は全く動じていない。

修羅場慣れしてやがんな、こいつ。


「ユウヤはん、目を閉じて、効果範囲を見ようと意識を集中しておくんなはれ」

「え、こうか?」

と、素直に目を閉じる。


むむむ、と集中してる感を出してみる。

われながらいい加減だと思うんだけど……。


「お、これか?」


ぼやーっと俺の周囲を包んでいる「もや」が見えた――というか、感じられた。


「もやが見える」

「それでっせ」


ヤギ太郎の言ったとおり、だいたい一メートルくらいの球体の結界だった。

なるほど。これが、俺の間合いってわけだ。

でも、これじゃあ、戦いにならない。


「さっき、結界は自由に変えられるって言ってたよな」

「ええ、思いのままに。ただ、さっきも言いましたが、密度で効果は変わりまっせ」

「ああ、それは大丈夫だ」


試しに、結界を広げてみる。

おお、広がった。

広がれと思った瞬間に広がった。

じゃあ、次は、狭まれ。

おお、簡単だ。

面白みも何もないくらい、あっさりしている。


だが、話はこっからだ。


この結界を特殊な形に変化させてみる。具体的には、俺だけではなく、棍も結界内になるよう、今の球

ではなく、棍の部分だけ突起状に変化をさせたいんだ。


そうすれば、さっきみたいに、棍が結界から外れていてノーダメージって事態はさけられるからなあ。

で、やってみる。


おー。

できるできる。

球体から棍のところだけ、にゅっと結界が突起した。


棍を押す、引く、回す、薙ぐ。


おおおお、イメージ通りに結界もくっついてる。


よしよし、これなら攻撃にも使えるな。


でも、気になることが一つ。

なんとなーくだが、突起を作った分だけ、結界が薄くなった気がする。ほんのわずかの差なんだが、今後の課題ではある。というのも、攻撃と防御、どちらかを強化すると、どちらかが手薄になることが明確になったからだ。

不意打ちに弱い俺としては、背面の防御はきちんとしておきたいんだよなー。

これからは、密度に濃淡をつけられるよう練習しないといけないか。

……鍛冶屋なのにな。むう。


「なあ、ヤギ太郎」

「なんでっか」

「この結界、他人につけたりとかはできるのか?」

「それは無理です。魔法は、ユウヤはん自身を中心に効果があるんで、ユウヤはんから離れているものに効果を及ぼすことはでけんのです。まあ、触れてればOKですが」


「了解」

と返事はしてみるが、ちょっとヤギ太郎の説明は大雑把な気がする。

結界を広げればその中にいるやつにも恩恵は受けられるはずだ。

ってことは、俺から遠く離れたところに結界を出現させたりするのが難しいだけなんじゃないかな。

このあたり、ヤギ太郎に聞いてみたいが、今は時間的に難しそうだ。


「どう? 何か作戦はあるの?」


目を開くと、レネが立っていた。

考えている策はある。

あるんだけど……。


「なあ、レネ。一つ聞いていいか?」

「なーに?」


ほんと、緊張感ないよなーこいつは。いいんだけどさ。


「この距離で、ドラゴンは俺たちの会話が聞こえてるかな?」

「うーん、確信はないけど、多分」


俺はドラゴンを見た。結構、遠い。三十メートルくらいか。かなりぶっ飛ばされたんだな。ヤギ太郎の魔法がなければ、死んでた。

そんで、レネの言葉が正しいことにも気付いた。


ドラゴンは俺を殺す気はないはず。

でも、ここまで俺をぶっ飛ばしたってことは、ヤギ太郎の魔法のことを知っていたことになる。


もちろん、ドラゴンは何らかの感覚器官で、結界を把握することができた可能性もある。

正直、どちらなのか本当のところは分からない。

ただ、耳が良いってほうが、ありそうな気がする。

直感ちゃ直感なんだけどね。

ヤギ太郎がこの世界と異なる世界の魔法を使っているから、ドラゴンも結界を把握できていただけなら、もうちょっと慎重に動いたと思うんだよ。

結界が爆発しないとも限らないんだし。

だから、ドラゴンがお気楽に戦っていられたのは、ヤギ太郎の言葉を全部聞いてたからなんじゃないかな、と。


てえことは、俺は秘策を二人に話すわけにはいかないわけだ。全部、筒抜け。


ふう、まいった。


俺は、レネの目を見た。


「どうしたの、ユウヤ?」

「ううん」

首を振ってみせる。素直に話すわけにはいかない。かといって、何も言わないわけにもいかない。

しょうがない。覚悟を決めるか。

「あのさ、レネ」

「うん」

レネが微笑んだ。

どうしてこいつは、こんな状況で笑えるんだろう。どこか楽しそうなんだよなー。まあ、いいけど。


「俺、弱体化の魔法を棍に集中させて、一撃を当てたい」


「いいよ」

レネは俺の考えの続きを察してうなずく。

「手薄になったユウヤの防御は私が補えばいいんだね」

「Exactly(その通りでございます)」

「なーに、それ?」

「……なんでもない。じゃあ、その作戦で行こう」

俺は景気づけのつもりで、棍を撫でた。


「ユウヤはん、わいはどないしましょ」

ヤギ太郎が気乗りしなそうな顔をしている。

嫌なら黙っていればいいのに、変なとこで見栄をはっちゃってるんだろう。

「ん? 一緒に戦ってくれるのか?」

「わ、わいは何もできまへん! 直接攻撃は無理! 魔法の力はユウヤはんのためのものですし、力はありまへんし」

ほらな。ヤギ太郎は焦って否定する。

すげーあっさりと馬脚を現した。ヤギだけど。

「まあ、分かってるから大丈夫だよ」

と、あごのヒゲを撫でる。

「そうでっか。すんまへんなあ」

声はすまなそうなんだが、顔はほっと一安心という感じだった。分かりやすいやつだな。

とそのとき――


「避けて!」


レネの声。

彼女のほうを見ようとしたら、視界が真っ赤に染まった。

レネの声が聞こえなくなる。

熱風に包まれた。

あードラゴンのブレスだ。

熱いが、耐えられないほどじゃない。

ヤギ太郎の弱体化、かなりすごいな。


ブレスが俺たちを通り過ぎた。

レネが心配そうに俺を見ている。

彼女は、きちんと避けていたようだ。よかったよかった。彼女には弱体化がかかってないからな。


「ユウヤ、大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。心配かけて悪かったな」

「もー本当だよ!」

なんでか、目が少し赤い。本気で心配してたみたいだな。

「ごめんな」

「アヤマル ノハ ワレ ニ デハ ナイカ マタ マタセル ツモリ カ」


ああ、そういうことかい。また暇になったってわけね。

案外、短気だな。


俺たちは丁寧に謝った。相手をすれば、気を直すみたいで、「ハヤク シロ」と一言文句を言われるだけで済んだ。


とはいえ、もう攻撃するしかないな。


「レネ、いいか?」

「いいよ」

俺たちはうなずき、走り出した。

今度の勝負は一瞬。

俺の渾身の一撃を、叩き込んでやる。

俺は、走り出した。つられてレネも走り始める。

勢い、勢いが大事だ。

考える間を与えずに、攻撃をしかけないと。


あと、二十五メートル。

ブレスが来た。俺たちは左右に分かれてやりすごす。

ドラゴンの口元がにやっと笑った気がした。これぐらいでやられんなよ、小僧。って言っているように思えた。


十五メートル。

尻尾が左から飛んできた。まったく、ドラゴンてのはリーチが長いね。

「俺が受ける」

叫びながら、俺は結界の左上を厚くして、棍を備える。

「おっ!」

棍に尻尾がぶつかった。

が、軽い。足は止まらないし、痛くもない。

棍で尻尾を弾き返した。弱体化の影響か、あっさり弾かれてくれた。


「やるね、ユウヤ」

「まあな」ちょっと嬉しい。

「でもさ、さっきので尻尾を傷つけてもよかったんじゃない? そうしたら私たちの勝ちでしょ?」

「まあね」

レネの言い分を認めつつも、含み笑い。


その通りなんだけど、今回はしたくないんだなー。

もし今後、龍の素材が欲しくなったら、このドラゴンに頼ろうと思っている。

となると、少しは俺のことを認めさせてやりたいんだ。

そのためには、今みたいなドラゴンの攻撃を受けた傷で勝つんじゃなくて、俺の意思でもって行った攻撃で、勝たないといけない。


レネも何かを察したのか、笑顔で返した。


五メートル。今度は右からドラゴンの足が飛んできた。

「今度は私が!」

レネが足を止めて、剣を構えた。

受け止めるつもりみたいだ。

何かをつぶやいている。

と、レネの正面に水色で半透明で八角形の板が現れた。

バリアだな。

きっとバリアだ。

古式ゆかしいバリアに違いない。


俺はドラゴンの本体がある正面を向いた。

レネも気になるが、そんなことをしていたら、俺が動けなくなってしまう。それに、彼女は強い。昨日の戦いを見る限りでは、そうとう使える。それに、経験も。

「ん!」

レネのふんばる声。

パリンと何かが割れる音――つーか、バリアが割れたんだな。

あー、やっぱ割れるバリアなんだな。誰から教わったんだよ、その魔法。そいつも日本人なんじゃないか。


いかんいかん、つい気にしてしまった。

もうドラゴンはすぐ目の前。


三メートル。

あと二歩踏み込めば、棍の間合いに入る。それも、最高の一撃を入れられる距離だ。

でもな……。

「コゾウ オンナ ノ マモリ ガ ナイゾ」

そうなんだ。

俺の作戦では、レネの守りを当てにしつつ、弱体化の魔法を最大限に利用した一撃を入れる予定だった。

なのに、レネは俺の背後にいる。

この位置より前に進めば、きっと俺のフォローはできないだろう。

時間的にも距離的にも。

そして、左上からドラゴンの腕が降ってきた。


「ボウギョ ヲ シナイト シヌゾ」


「そうですね」

全くもって、おっしゃる通りです。

攻撃するには間合いが遠い。しかも、ドラゴンの攻撃に備えないといけない。

チャンスが失われてしまった。

しかも、この作戦に対処されると俺にできることは何もない。


レネと二方向から攻めてもダメ。かといって正面で二人がかりでもダメ。

隙を見せるほど相手を疲れさせる前に俺たちがバテるだろう。


でも、俺は棍を突きの態勢に構えた。


「シヌキ カ!?」

ドラゴンが驚きの声を上げる。

そりゃそうか。

殺す気はないんだから当たり前なのかもしれない。

でも、ドラゴンの腕はすでに振り下ろされている。

勢いを止めることなんてできないんだろうな。

まったく、お人よしだよ。このドラゴンも。


ふふ、と笑ってしまった。


「シヌゾ ヨケロ!」

「大丈夫だよ」


俺の作戦は、ただ渾身の一撃を放つだけじゃない。

今後、俺たちがやっていけるかを確かめるためのものでもあるんだ。

大切なのは、互いを信頼すること。


ドラゴンの腕が巻き起こす風が、俺の身体を通り過ぎる。


けど、それだけ。


「ナニ!」


「ユウヤの防御は引き受けるって、言ったからね」

左でドラゴンの腕を受け止めていたレネが俺に微笑んだ。

もちろん、水色のバリアで。もうヒビ入ってるけど。


右の一撃にこだわったり、自分のことばかり心配していたら、きっと間に合わなかった。

レネは、俺との約束を守るために、最低限の対処で、そばに来てくれたんだ。


「これで、防御は完璧」

右も左も尻尾も、もう一度攻撃するには、時間がいる。

俺たちに攻撃チャンスが巡ってきた。


「ブレス来るわよ!」

レネが叫んだ。


ま、俺がドラゴンでもそうするわな。

口からまたも赤い赤い炎が見える。

この位置は、俺の間合いに二歩遠い。

その距離を詰めさせたくはないだろうな。

でも、俺のチャンスは変わってないんだよ。


「悪いな。そもそも、間合いを詰める気がなくてね」


俺は、目を閉じた。


そして、思い切り棍を投げる。


ブレスよりも早く、棍はドラゴンの身体に届くはずだ。


それも、弱体化の結界をできる限り濃くした棍が。


結界は俺の身体を核としているから、遠くの関係ないところにまとわせることはできない。

でも、持っていたものを投げる場合は、ちょっと違うと思ったんだ。

最初に結界をまとわせれば、身体から離れても、意識さえすれば結界を維持できる。

形を変えられるという点を都合よく解釈してみたんだが、うまく行った。


目を閉じたまま、俺は棍にまとわせた結界を維持する。


結構、集中力がいるな、これ。


びゅん、と音を立てて棍は飛んでいく。


ドラゴンの身体にある鱗に、めがけて。


多分、届いた。


「ユダン シタ」


喋っているところから察するに、ブレスを吐くのはやめたようだ。


俺は目を開ける。


「いや、俺が信じたんです。レネとヤギ太郎をね。レネはきっと俺を守ってくれると信じて。そんでもって、ヤギ太郎の俺にくれた弱体化の魔法の力も信じたんですよ」


「ドウイウ コト ダ」


「弱体化の魔法を濃くしておけば、棍を投げただけでも、ドラゴンの硬い鱗も割れるってね」


ドラゴンの身体から、パキッという音がした。

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