第一章 初めての鍛冶仕事 7
俺は地面を四回転ほどして、止まる。すげー衝撃。
「うおーー! 痛……くない」
すっと立ち上がれる。衝撃はあったけど、ダメージは皆無だった。
「め~」
声の方を向くと、ヤギ太郎が蹄を立てている。親指を立てたつもりなんだろうな。
「な、お役に立ちまっしゃろ、わいの魔法?」
「ああ、助かったよ!」
俺は口元だけにやっとさせて、黄土色龍に向き直った。もう戦闘中だ。
「ウヌラ ハ イツマデ マタセル ツモリカ」
「おかげさまで、今終わりました」
「ナラバ イクゾ」
「望むところ!」
結局、ヤギ太郎の魔法の使い方は、実戦で覚えることになりそうだ。と、その前に一つ確認を。
「ヤギ太郎!」
「なんでっか?」
すでに姿が見えない。安全なところに避難しやがったな。
「お前の張ってくれた結界、いつまでもつんだ?」
「わいが疲れるまで! やばそうなら言いますから、お気になさらずー!」
「気にするわ、アホ!」
「おー異世界で突っ込まれるとは思わへんかった。気持ちええなあ!」
「言ってる場合か!」
「あなたもね、ユウヤ!」
横からレネの声。いかんいかん、またぶっ飛ばされるところだった。その証拠に、目の前を尻尾が通り過ぎる。ばすっとまた地面を叩いた。でも、衝撃も石つぶても大したことがなかった。目をつむることさえない。おお! ヤギ太郎の弱体化結界が良い感じだ。
「お買い得でっしゃろ!」
少し黙っていてくれると、なお良いんだけどねー。
レネと連携を取りたかったが、彼女の動きを把握する余裕はなさそうだな。
ドラゴンは尻尾を使って、俺の間合いの侵入を防いでいる。
胴は横を向いているんだが、尻尾のリーチが長いんだよ。ほぼ360度カバーしてる感じだ。
正面は尻尾の心配をしなくていい分、ブレスと、おそらく前足の攻撃がやばそう。
かといって、上からなんて攻撃手段がないし。
「ブリケトス・ヴォルク!」
レネの声だ。雷がドラゴンめがけて降ってきた。さっきの電撃よりもはるかにでかい。
耳が壊れそうになるほどの雷鳴と、視界を失わせるに十分な光が俺にも届いた。
一瞬、感覚がマヒする。
だがすぐに、平常へと戻った。
「イリョク ヲ アゲヨウト キカヌ モノ ハ キカヌ」
「あーあ、魔力の無駄使いだったみたい。電気に耐性があるのかなー?」
気付けば隣にレネがいた。ため息をついて肩をすくめているけど、深刻さはない。
「他に魔法はないのか?」
「あるけど、この一帯が焼け野原になるよ」
「ドラゴンには効くと思うか?」
レネは首を振った。あーなんとなく分かった。
爆発みたいに、広範囲に影響を及ぼす魔法なんだな。かといって、一点に集中しているわけじゃないから、効果は期待できない。労多くして益少ないというやつだ。
「そうなのよ。困っちゃうよね」
うむ。もはや、無意識のうちに声に出していても、驚かなくなってきているようだな。これはこれでやりづらい。
「ユウヤ、どうするつもり?」
「棍が届く距離まで近づくしかないよな」
「危なくない?」
「危ないよ。援護は任せていいか?」
「喜んでー!」
レネが笑顔でうなずいた。居酒屋みたいな返事だったけどね。
「ただ、魔法は無しな! 俺にまで被害が来るから」
「もー分かってるよー」
本気ではないだろうが、レネは頬を膨らませたまま、剣を抜いて尻尾に向かって駆け出した。
ありがたい。これで俺はドラゴンのブレスと前足だけ注意していればいい……って面倒は面倒だな。
そもそも、人間はドラゴンと戦うようにできていないと思うんだ。リーチも、手足の数も、力も、どれも圧倒的に不利だ。
「テ モ アシ モ デヌ カ」
余裕しゃくしゃくのドラゴンの正面に回った。
――と、早速前足が飛んでくる。
「速えーな、おい!」
つい心情が声になった。
腕を伸ばし、棍でドラゴンの足を受け止める。
重い、ものすごく重い一撃だ。
弱体化させて、この威力か……やばい相手だな。
そんで、油断している時間もない。
もう一方の足も、目前に迫っていた。
連撃か!
俺はそのまま飛び退った。
ドラゴンの爪は、地面を抉り取る。
どうしたもんかなあ。
なんとか攻撃を受け止められることは可能だが、そんなことを繰り返していても、体力がもたない。せっかく傷をつけたら戦い終了って条件をつけたんだから、利用したいのに、そもそも近づけもしないとは予想外だ。
うーん。
嫌だけど、強行突破しかないか。
「うおおおおおお!」
叫びながら、真っ直ぐに走り出した。
棍を前に突き出すように。
身体を半身にして、なるべく面ではなく、線で向かい合う。
「ムボウ ダナ」
ドラゴンが笑う。
そして、俺の左側から彼の右足が飛んできた。
俺は右に駆けた。
速度を上げて、足の射程距離外へ抜ける。
太ももが、びきびき言っている。
思った以上に、昨日のダメージが残ってるみたいだ。
無理はきかない……でも、無理をするしかない。
背後で、突風がした。
ドラゴンの右足が空を切ったようだ。
となると、俺の目の前にはやつの左足が――当然、間合いに入った俺を薙ぎ払いにかかる。
「まだっ!」
ドラゴンの左足を両手で持った棍の中央で受ける。
きつい。
全身の骨がきしんだ気がした。
そのまま軽く左へ引きずられる。
だが、なんとか態勢は崩さずに済んだ。
棍が軽くなる。
ドラゴンの左足の重みがなくなったのだ。
どうして?
横目で確認してすぐに分かった。
第二撃の用意だ。
おそらく、避けきれない。
弱体化の魔法で死にはしないだろうが……。
吹っ飛ばされるのは確定。
ならば、こちらもせめて一回は殴ってやろう。
せっかく、ドラゴンの巨体が目の前にあることだし。
ただし、まだ間合いからは遠い。膝も震えだしている。体力ないなー、俺。営業で外回りはしてるけど、運動ってほどじゃあないからな。踏ん張って、走る――いや、多分、早足くらい。
背後に、ドラゴンの足の気配を感じた。
もう時間がない。
ようやく今、ドラゴンの懐に入った。
ドラゴンが首を曲げても、俺にブレスをかけることはできない。
左足が俺を襲おうとしているんだから、右足の攻撃は来ない。
左足は数秒で俺に届くだろうが、逆に考えれば、まだ数秒ある。
チャンスは一回だけ。
一回あるだけでもラッキーだ。
俺は、足を大きく踏み出した。
「くーらーえっ!」
叫ぶのと同時に、棍でドラゴンの鱗をついた。
渾身の力を込めた。
全力の一撃。
腕の力だけではない。
腰のひねりも利用した、俺のできる最高の一発だった。
だったのに……。
全く効かなかった。ダメージはほぼゼロ。つまり、当てた俺の手が痛んだわけ。
理由は簡単。棍の突きが、弱体化の魔法の範囲外に出ていたってこと。だから、さっきの攻撃と同じく、ドラゴンの素の硬さがそのまま反映されていて、ひ弱な人間の一撃は無意味だったということだった。
はい、タイムオーバー。
俺はドラゴンの左足で吹っ飛ばされた。
「ヨク カンガエテ コウゲキ ヲ シロ コゾウ」
ありがたいお説教付き。
「ですよねー」
弧を描くように空を飛んでいく。
あーれー。
そのまま大地に落下。くそっ、超いてえ、肩打った!
囮役である必要がなくなったレネが、急いでこちらに駆けている。
ドラゴンは俺と視線を合わせて、鼻を鳴らした。
「オマエ ヨワイナ」
ほっとけ!
「ユウヤはん、大丈夫でっか?」
隣を見ると、ヤギ太郎がいた。
ドラゴンはわざわざここまで吹っ飛ばしたのか。
案外、皮肉屋なんだな。
「実はなあ、ユウヤはん。弱体化の通常の効果範囲はせまいんでっせ。契約者の半径一メートルくらいや」
さらっと言って、ヤギ太郎は肩をすくめた。
この、ヤギがーーーー!




