第一章 初めての鍛冶仕事 6
「ヤギ太郎って、ただのヤギじゃなかったんだねー」
レネはのんきだった。嫌悪している様子はない。興味津々という感じだ。
まあ、異世界で色々あったからな。今さら悪魔くらいじゃ驚かないんだろう。それはそれですげえ話なはずだ。
「隠してて、すんまへんなあ。あまり歓迎されないんで、もう少ししてから話そうと思うてました。ただ、お二方のピンチ。こりゃあ、わいも一肌脱がにゃあ男がすたる! とねえ」
「すごいねーヤギ太郎。偉いねーヤギ太郎」
レネが無邪気に拍手をする。ヤギ太郎は恥ずかしそうに頭をかいていた。なんだろう、この二人。本気でやってんのかなあ。俺、そんなことやってる場合じゃないんだけど。
「で、ヤギ太郎。話を戻したいんだが……」
「ユウヤはん、あんたは本当に話の腰を折るのがうまいなあ」
「ねー」
どうして俺が責められる? なんかもう家に帰りたいなあ。でも、ドラゴンを待たせてるし、金のこともあるしで、そんなことはできないよなー。
日々の生活の糧を得るためには、少々の理不尽は耐えなければいけない。
ふー。どこの世界も、社会人はつらいな。
大人なのは、俺だけか。
「話を折ったついでに、本題に入らせてもらうぞ」
「はいはい、好きにしやしゃんせ、飼い主特権ですがな」
「私もいいけどね……」
すげー、嫌そうな顔をしてる。……泣けるなあ。
首を何度も振って、気分をとりあえず変えた。
「じゃあ、俺のターンな!」
もう、二人の反応は気にしないことにした。
本当に、気にしないことにした!
マジで!
「単刀直入に聞くけど、ヤギ太郎、お前は何ができる?」
「物理攻撃はできるのか?」
「いや、できまへん。わいは、地球の時と同じく、魔法でお二人をサポートさせていただきます」
「魔法かあ。それって、どういうのなんだ?」
「うーん、いわゆる補助魔法ちゅうやつですわ」
なんだろう、この徐々に外堀を埋めるような話し方。大坂冬の陣か?
「より具体的には?」微妙に渋い顔をする。
「言いにくいことなの?」
レネがフォローを入れた。だが、ヤギ太郎は首を振る。
「いえ、そんなことではおまへん。ただ、あまり胸を張れるようなもんでもありまへんのや」
「というと?」俺は続きを促した。
「わい、悪魔やん。正か負かで言えば、負ですねん。ですんで、魔法も同じ」
「まだよく分からん」
「うん」レネも同意する。
「そーでんなあー。えーと、例えば、学校のテストで良い成績を取りたいとしますわな。そんとき、方法は二つあります。自分の点数を上げるのと、他の人の点数を下げるのと。どちらも、その集団の中で『良い成績』であると言えますが、本質は全く違います。ご納得いただけますな」
「あーそれなら分かる」
「うん、よく分かる」
うむうむ、とヤギ太郎がうなずく。
「悪魔の願いのかなえ方は後者なんですわ。願いをかなえる相手は何にも変わってない。周囲を下げるだけ。長い目で考えると、本人には何の得にもならない方法です」
「なんか……自虐的だな……」
「何千年も、いろんな人から蔑まれてごらんなさい。そりゃあ、卑屈にもなりますよ。ですんで、異世界に避難したんがなー」
意外とこいつ、愚痴っぽいな。あんまり酒は飲まさないようにしよう。きっと、そーいう酒の飲み方だ。
「なるほどなー」
俺はヤギ太郎のぼやきをスルーしながら、大げさにうなずく。
「で、それは、この世界で、この戦いで役に立つのか?」
「そりゃあ、もちろん!」
ヤギ太郎が何度も何度も頭を縦に振る。ここまで必死だと、愛着が湧いてくるな。レネも同じらしくて、いとおしそうに目を細めている。悪魔の魅力だな。
「わいの魔法は、契約者の周囲に他人を弱体化させる結界を張るというもんです」
「間合いに入った人間を弱めるのね?」
「そう! さっすが姐さん」と、ヤギ太郎は蹄でレネを指さす。
「その言い方はやめて」
「失礼しました」
ヤギ太郎が一瞬で頭を下げている。本当に変わり身が早い。あやかりたいものだ。
で、俺がヤギ太郎に問いかける。
「弱めるのは、人間の何が?」
「さっすがユウヤはん! 分かってますなー。わいの魔法は、あらゆるものを弱めます。攻撃力であったり、防御力であったり、スピードであったり。神や人間基準で『善い』とされるものを残らず弱めます」
「じゃあ、顔の美醜も?」横からレネが口を出した。
「それは大丈夫です。わいが弱められるのは、客観的な指標があるものだけです。容姿みたいに価値が時代によって変わるもんはそのままです」
「よかったね、ユウヤ」レネはニコッと笑っている。
だが、それは誤解だ。
俺は決して醜ではない!
「ユウヤはん」
ヤギ太郎が悲しげに俺の肩に手を置いた。
「その叫び、間違おうております。『決して良くはない』んですわ」
「……ほっといてくれよ。……それで、対象は人間だけか。もっと言えば、ドラゴンは弱められるのか?」
「ええ、もちろん。神が創りたもうたあらゆるものを弱められます。し・か・も、結界の大きさは自在に変えられます。大きくすれば密度が薄く、小さくすれば密度が濃くなりますしくみですわ」
「密度が濃いほうがより効果が大きく、密度が薄いと効果は小さくなるというわけだな」
「そ」と、ヤギ太郎がうなずく。「まあ、具体的には、実際にやってみもらったほうが、早いと思いますねん」
そうだろうな。多分、言葉を重ねたところで、どんなものか理解できないから、左から右に抜けてくだろうな。
「で、ヤギ太郎」
「はいな」
「契約者って言ってたよな。使うには、お前と契約しないといけないんだな?」
「そうですねん」
「契約者の人数は?」
「一人だけですわ。そんなにほいほい契約できまへんて」
ヤギ太郎が「世の中そんな甘いわきゃないでっしゃろ?」と言いながら、手を振る。
こいつ、全体に俺を飼い主だと思ってないよな。
契約者は一人かー。俺かレネ。どちらがいいんだろう? ちょっと悩むぜ。
「でもなあ、ユウヤはん。もう契約はしてしもうたんですわ」
なに? どういうこと?
「さっきわいをペットと認めたやろ? あれが契約になりますねん」
「えー! そんな大事なことを黙ってやってたのか! 俺は何にも承認してねえ!」
「まあ、やっちまったもんはしょうがありまへんがな。旦那も往生際が悪い。それに、損はしまへんよ……生きてる間は」
は?
え?
え?
え?
魂を奪われる?
無間地獄に落ちる?
永遠に何もないところをさまよう?
変な虫に生まれ変わる?
俺、どうなっちゃうの?
俺の顔は多分、ものすごく青くなってるはず。
ヤギ太郎は俺を見ながら、すんげー悪い顔をして、「くっくっく」と笑った。
「ユウヤはん、知らぬが華や」
「あのなー!」
と言ったところで、脇を突かれた。レネだ。
「ユウヤ、タイムリミット! ドラゴンがしびれを切らして、攻撃してくるわよ!」
「なにーーーーー!」
叫んだ瞬間、逆の脇腹に衝撃を受け、俺は吹き飛んだ。
いやもう、気分は最悪。




