第一章 初めての鍛冶仕事 5
お時間をいただいておりましたが、再開します。
どうぞ、よろしくお願いします。
ヤギ太郎はヤギ。当たり前だけど。
何かで見た悪魔の絵は、確かにヤギの頭をしていた。
踊り狂う裸の男女の前で、偉そうなポーズをつけている異様なヤギ。
人々を誘惑し、堕落させ、最後には破滅させる邪神。
バフォメットだっけか?
あれ? こいつ、実は大物の悪魔?
でも、大きさは変わってないんだよな。
俺よりも小さい。威厳とか威圧感とかは皆無だ。
「あのさ……」
「どうしはりました?」
「俺はどういうスタンスを取ればいいのかな……。ちょっとまだ現実に心が追いついてないんだよね……」
「いやいや」
と、ヤギ太郎が手を振る。
「今のままでかまへんのです。朝、昼、晩と食べ物をもろおて、ヤギとしてかわいがってくれればいいんです。呼び方も話し方も今のままでお願いします」
「え、でも、お前、神なんでしょ?」
「昔はやんちゃだった、それだけですねん」
ヤギの特徴である四角い目で遠くを見ている。
なーに黄昏てんだか。
やんちゃってレベルじゃないだろうに。
気持ちの整理がつかないので、助けを求めようとレネを見た。
「敵じゃないなら、いいんじゃない?」
「自称邪神だぞ」
「気になる?」
「よく、分かんないんだよね。邪神に会うの初めてだし」
「まーねー。わたしもそうだよ」
「にしては、動揺しないよな」
「色々あったから」
と、レネが肩をすくめる。
「ただね。仲間は一人でも多い方がいいと思うよ」
「さっすが姐さん! よく分かってらっしゃる!」
突然、ヤギ太郎が叫んだ。
邪神の割に腰が低いよな。あと媚を売るなよ。
「姐さんって呼ばれるの、嫌」
しかも、拒否されてるし。少しだけ胸がすっとする。しかし、こういうところ、レネもきついよなー。
「いやいや、レネさん。言葉の綾ですがな、綾! もう二度と言いません、二度と! 神に誓って」
おいおい、悪魔が神に誓うのかよ。
「ユウヤはん! 悪魔とか神とか、そんなものは人間のつけたレッテルにすぎまへんで! 差別はあかんのです! わいがこの世界に来た理由を知ってますか? 知りまへんやろ! わいを見てください。こんなに愛らしく、愛嬌たっぷりなのに、若いとき不良やったというだけで、どこからも石を投げられるんです! もう、もう、わいはそんな生活にうんざりしたんや」
よよよ、とヤギ太郎は泣き始める。でも、悪いけど、嘘くさいんだよな。
ほら、泣きながら、俺の反応を観察してるし。
俺の反応が鈍いからか、レネをちら見した。
レネはため息をついている。ヤギ太郎も、場がしらけているのに気付いたようで、泣き真似をあっさりやめてしまった。
「まあ、わいの過去はともかく、絶対に損はさせまへんで! 昨日の戦いのときだって、邪魔にならへんでしたやろ? いいときに、良い声で鳴きますやろ? 番ヤギになりまっせ!」
怒涛の押しが、逆効果になっている気がする。純粋な大阪弁てわけでもないし、交渉は下手っぽいな。意外と素朴なやつなのか? ま、それよりもさあ……。
「お前、何でそんなに必死なの?」
「働くのに疲れたんや」
実にあっさり、ダメな答えを返してくれる。
……うん、もうなんでもいいや。
「わかったよ、好きにしろ」
「え!」
と、ヤギ太郎の顔がにやける。少しは我慢しろって。とりあえず、悪いやつではなさそうだな。悪魔だけど。
「邪神だからって、特別扱いはしないからな。ヤギ太郎として扱うぞ。いいな!」
「そりゃあもう! 普段は愛らしい声で『めー』と鳴きます。散歩は勝手に行きます。食事はユウヤはんやレネはんと同じでかまいまへん。あと、時折小遣いをいただければ」
さっき話してたのより、条件が増えてるじゃないか。
おまけに、最後の「小遣い」というところで、ちらっとレネを見たのがむかつく。
お前、色々と勘違いをしているな?
「まあ、いいわ」
「OKするんかい!」反射的に叫んでいた。
「あれ? 最初に了承したのは、ユウヤのほうだよ?」
「飼うことは了承したが、小遣いまでは承知してねえ!」
「そうなの?」
「そうだよ」
「だって、ヤギ太郎」
「ユウヤはん、男なら約束は守りなはれ!」
ヤギ太郎はレネが味方についたと思っているのか、やや強気に出てきた。
最初なのでがつんと言ってやろうと思ったが――
「オマエタチ ワレ ノ コト ワスレテ ナイカ」
うわっと背後からのダメ出し。振り返ると、ドラゴンがつまらなそうに、ぶおっと鼻を吹いた。
「すんまへんなあ」
「すみませんでした」
「ごめんなさい!」
俺たちは一斉に謝った。反応が一番速かったのが、ヤギ太郎だった。こいつ、骨の髄まで腰が低い……。
「もう少しだけお待ちいただけますか? あと、先にお伺いしておきたいんですが、このヤギ太郎も入れた三人で戦わせていただいても、よろしいでしょうか?」
もう一回、ドラゴンは鼻を鳴らした。鼻息が、そよぐ。なんか、あまりいい気分じゃない。
「ヨカロウ」
「おおきに。では、三人で打ち合わせをしますんで、少々お待ちを」
ヤギ太郎が、もみ手をしてながらお辞儀をした。なんだろう、この感覚。根っからの商売人に出会ったような清々しさ。これが、悪魔か。
で、再度、三人で協議。今度は顔をつきあわせて。




