第一章 初めての鍛冶仕事 1
「なんじゃこりゃああああああああ!」
朝起きて、顔を洗おうと洗面台――あるんだよねえ、異世界にも――の前に立った。
で、悲鳴。もちろん、俺の。
「なになに、どうしたの?」
「め~」
鏡に、レネとヤギ太郎が映った。
ヤギ太郎は昨日と同じくヤギだったけど、レネの印象はだいぶ違った。
長い髪をしばり、薄いピンクのエプロンを着けて、手にはフライパンを持っている。お前は何をしていたところなんだ? おまけに、表情には険しいものが全くなく、擬音で表すと「ふにゃ」って感じだった。
君は、本当に昨日までのレネか?
「当たり前じゃない」
また、声に出てたか……。
「うん」
「あ、そう」
うーん、全然違う。昨日のレネだったら、きっと大激怒だったはず。一日で何があったんだ? 俺は何もしていない。記憶にある限り、何もしていない。疲れていたんで、そのまま居間の床で寝た。ベッドはレネに使わせた。まあ、俺、紳士だし。
「で、どうしたの?」
声も柔らかみがある。不思議だ。
「ねえ、聞いてる?」
レネは、小首をかしげた。
「あ、ああ、悪い悪い。いや、俺の顔、変だろ?」
鏡を指差す。
「ううん、昨日と同じだよ」
お前は全然違うよな……。まあ、そんなとこよりも――
「いやいや、顔が……別人じゃないか?」
そうなのだ。実は、異世界に来て今日初めて自分の顔を見るんだが、顔が全然違うんだ。
俺は25歳、サラリーマン。
毎日ひげを剃らないとだらしなく見えるし、労働の疲れが目の下の隈になって表れる。肌のつやだって無くなってきたさ。
つーか、そういうことを男の俺が気にするようになったところが、年取った証拠だと思うんだよね。
でーだ。毎朝、鏡の前で見ていた俺の顔ってのは、そういうのなわけ。
なのに、俺の前にいるのは、肌がぷるんぷるんしていて、目がきりっとしている若々しい青年。
はっきり言って、若い。
18歳くらいだ。
じゃあ、若返ったのかってえと、それもちょっと違う。高校生の頃の俺よりも、ほんのちょっとだけ、かっこいい。当社比で2割増しほど。
!
あ。そういうことか。分かった、分かった。
この世界に飛ばされるときに聞こえた女の声。『少しサービスしておきますよー』は、これのことだったのか。
若返りプラスわずかにイケメン化。
他にサービスすることあんだろ?
いつか、あいつはぶっ飛ばす。俺の拳でぶっ飛ばす。
「ユウヤ、そろそろいいかな?」
「ん、何が?」
優しい声音に思わず振り向いてしまった。
レネが少し照れくさそうにしている。
「朝ごはん…作ってみたんだけど…食べる?」
どきっとする一言。はっきり言って、かわいい。
やはり、これはあれなのか? そういうことなのか? そういうことなのか?
「ああ、食べるよ」
自分で言ってて思う。俺は何を言ってるんだ。おかしい頭は銀行に預けて、明日からとっとと職を探せ。というのは、俺が今作った中国の古いことわざ。パクリだけど。
それはともかく。
俺はレネに続いて、台所に行った。
台所には、食卓があって、その上には種々様々な料理が並べられている。
食材は知らないが、目玉焼き、パン、サラダ、卵焼き、ベーコン、スクランブルエッグ、ソーセージ、ゆで卵、フライドポテト、ポーチドエッグ……。
「卵、ばっかりじゃないか?」
「うん! 一生懸命作ったの!」
だから、お前はキャラが違いすぎるんだって。寝ている間に何があった? 別人になったのか? 悪霊に憑依されたのか? なにより、どうしてそんなに嬉しそうな顔をして、俺を見る? 文句が言えなくなるじゃないか。
ん、待てよ?
よく見ると、ずいぶんと料理が多いんじゃあないかあ?
「レネ、一つ聞いていいか?」
「あ、私のこと? いいけど、朝ご飯食べてからでいいんじゃない?」
「いや、それはもちろんなんだが、食材はどんだけ使ったの?」
「全部」
「は?」
「全部!」
「俺が昨日、買っておいた食材を全て、この朝食にぶち込んだってわけ?」
「んー、あながち間違いではないわね」
昨日までのレネらしく、腕に手を当てて、偉そうな顔をする。おお、ちょっとほっとする。ほっとするが、それって……。
「ああ……」
すがすがしくて腹も立たない。俺は膝から崩れ落ちた。
ふわっと頭の中が白くなる。
「レネ……あのな……」
「うん、なあに?」
「その食材は、三日以上もたせようと思って買ったものなんだ。そんで、昨日も話したとおり、シルバー・スプーンの試験に合格しないことには、鍛冶屋として商売もできない。ということは、今、手持ちの金は2万弱しかないんだが、これを大事に大事に使ってかなきゃいかんわけだ。あとは、分かるな?」
「うん」
レネは笑顔でうなずく。昨日よりも、少し幼い印象がある。
「これから頑張って稼いでいこうね、ユウヤ!」
どうも、中身も昨日より幼くなっているような気がする。これが、本当のレネの性格なのか。話が通じてない。これから一体、どうなるんだろう。少し不安だ……。
「それよりもさ、早く食べないとご飯冷めちゃうよ?」
「め~」
ヤギ太郎、お前はどっちの味方なんだ。
「でも、ま」
と俺は立ちあがる。でもって、背中をそらして、骨をぼきっと鳴らす。
「使っちゃったもんはしゃあないよな。とりあえず、食べようか」
「うん!」
「め~」
過ぎたことはしょうがない。これからどうするか考えることのほうが大事だ。そんで、そのためには、きちんと飯を食うことが必須条件。空腹で悩んでも、悲観的な結論しかでないし、そいつは大抵の場合、間違っている。俺の会社員生活で得た知恵だ。あとは、よく寝てぎりぎりまで起きない、なんてのもある。参考までに。
ただ、この朝食で残念なことが一つだけあった。
レネの飯、不味いんだ。
第一章、始めます。毎日更新ではなく、不定期になりますが、引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。




