第一章 初めての鍛冶仕事 2
「……ごちそうさま」
「お粗末さまです」
レネは空いた皿を片付けて、洗い始めた。なんだか、鼻歌まで。楽しそうだ。
別に俺は亭主関白を気取っているわけじゃない。
単純に動けないんだ。
まず、量が半端なかった! そりゃそうだ。いくら二人と一匹とはいえ、三日分の食料を一食で消費したんだから。
しかも、味がやばい! 率直に言って、まずい! 遠回しに言って、俺の口には合わない味だけど、好むとしたらこの世界にはいないと思うよ? もし誰かに食べさせるなら、口からじゃなくて、別の方法で体内に取り込ませたほうがいいんじゃないかな? ってくらい。
横ではヤギ太郎がよだれを垂らして寝ている。ときどき、足をびくつかせてるけど、悶絶じゃないよな……。ばくばく食ってたから、舌にあってたと思うし。
「ヤギ太郎、大丈夫か?」
「め、め……めぇ」
つらそうだが、きっと肯定の返事だろう。
「ヤギ太郎、食べ過ぎだよね」
顔をあげると、正面にレネが座っていた。笑っている。俺たちが食事を楽しんだと心の底から信じている顔だった。
「お、おう……」思わず、目をそらしてしまった。
「これからも毎日作るね!」
「いやっ、そんな頑張らなくてもいいと思うよ」
「大丈夫だよー。居候させてもらうんだから、それくらいはしないとね」
はじける笑顔だった。そのかわいさが悪意の塊にしか見えないんだが。
「いや、食事は当番でいいんじゃないか? ほら、しんどい日なんかもあるだろう?」
言ってから後悔。俺がするって言えばよかった。
おまけに、レネは腕を組んで考えてる。俺の真意に気づいたか?
「大丈夫、わたし料理好きだし!」
朗らかな笑顔。よくも悪くも俺の気持ちは伝わっていないようだ。いいけどね。
「それとも……」
ん? 急に圧迫感が。
レネの眉間にしわが作られていく。
表情がどんどん険しくなる。昨日と同じ、いやいや、それよりもおっかねえ。
レネの後ろに「ゴゴゴゴゴ」って擬音が見えるぜ。
「ユウヤは私の料理に文句があるわけ?」
あー……ニュアンスは伝わっておりましたか。
俺は心と体を切り離して、急いで首を振った。
「とんでもない! 俺はただただ君の負担軽減を、と」
「ふ~ん」
じっと探るように、俺を見ている。首の後ろ、めっちゃ汗かいてる。目をそらしたい。でも、そらしたら間違いなく殺される。
長い。
ずっと見ている。
かわいい女の子と見つめ合っている。
文章にすると甘酸っぱいのに、どうして現実だと地獄にいる気分なのだ。
レネはしばらく黙っていたが、「ま、いいわ」と急に表情をやわらげた。
「ということだから、料理は任せといてね!」
明るく笑う。おう。でも、もう油断はできねえ。いつまたひっくり返って怒られるか分かったもんじゃない。
「聞こえてるわよ」
すみません……。
その後、なぜかこっちにも存在する緑茶をいれてもらった。
腹の具合も落ち着いてきたところで、話を切り出した。
「それで、レネ。君は一体何者なんだ?」
「五年前から始めって、半年前に終結した『虚神戦争』と呼ばれる戦いがあったの。虚神戦争について詳しく話す?」
「生活に関わってこないなら、またの機会でいい。多分、頭に入らないと思うんだ。でも、虚神のことは少し教えて」
レネはうなずいた。すまんね。
「虚神とは虚ろなる神のこと。世界を創造する神とは違い、世界を無に帰そうとする存在」
「いわゆる破壊神ってやつか?」
レネが首を振る。
「破壊は創造の一形態よ。古きものを壊すことで、新たなものを創造する場と機会を作り出す。同じ円環の中にあると言ってもいいわ」
うーん、内容も話し方もなんか物々しいな。
あんまよく分かんないけど、「で?」と先をうながす。
「虚神は、破壊を行わない。全てを文字通り無にしてしまうのよ。戦争の最後は、この大陸の西部であったんだけど、そこには今、何もないわ。人や人工物だけじゃなく、草や木、それに水も雲さえない。ただ、大地が大きくえぐれているだけ。まあ、巨大なクレーターを想像してもらうといいかな。でも、それが地面だけでなく、空中にもあるの。そうね……その部分は球体のバリアになっていて、今もまだ固体液体気体のどれも侵入できない状態にあるって感じ。魔法で中に入ることはできるんだけど、生活することは不可能みたいな」
「うーん、正直よく分からない」
「こういうのは自分で見ないことにはなかなか、ね」
「レネは見たってことか」
「うん。私は、虚神戦争では『聖女』として先頭に戦ったの。私には虚神を封印する力があったから。だから、この世界では割と有名なのよ」
さらっと言ってるけど、それって色々とすごいことなんじゃないの?
と、ここで彼女は首をすくめた。
「おかげで、戦争が終わっても神聖教団――昨日の連中は、その直属の騎士団よ――に教団のシンボルとして利用されそうになって、この半年間ずーっと逃亡生活をしていたわ」
苦労したんだな。
言い終わったあと、苦笑交じりだったのが余計に深刻さをうかがわせる。
昨日までのきつい態度は、苦しい生活で心の余裕をなくしていたからかもしれないな。
でも。
「誰も保護をしてくれないのか?」
「神聖教団は世界の半分に影響を持った宗教団体だから無理よ。国家でさえ私を助けてはくれなかった」
「なるほどなー」
「結構、軽い返事なのね」
「同情が欲しいわけじゃないだろ?」
「まあね」
本心だったようで、ふにゃっと穏やかな表情で笑う。
それにしても……。
「一つ、いいか?」
俺はレネに悟られないよう腰を浮かせた。表情も極力こわばらないように頑張る。
「なあに?」
彼女の表情は柔らかなままだ。だが、さっきのこともある、油断はしない。
「お前、俺がこの世界の常識を知らない前提で話してないか?」
言葉は選んでいるつもりだが、警戒心は隠しきれなかった。ずっと気になっていたんだ。こいつは自分のことをまだ全て喋ってはいない。
「なに、疑ってるの?」
まだ表情に変化はない。と、突然目を見開いた。
「あ、なーんだ。そういうことかー」
で、急に笑い出す。俺はちっともおかしくない。
「ユウヤ、心配しすぎだよ。そうじゃないの」
「何が、そうじゃないんだ?」
俺の声がかすれている。俺は素手。彼女の刀はどこにある?
レネは手をひらひらと横に振った。
「違うよー。私も同じってだけだよ」
「ん?」風向きが変わった。
「私も地球の、日本から飛ばされてきた一人なのよ」
な……。
「なにいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」




