非常に長く険しい序章 25
俺は、とっくに立ち上がっていたのに、お付きがやられるのを黙って見ていたドウガンに言った。
ふふっ、と余裕の笑みも送る。
さっきまで偉そうだったドウガンも、怖気づいたのか腰が若干引けている。
うむ、作戦通りである。
こいつを最後にしたのは、わざとだ。ドウガンは、プライドが高い。部下と一緒にどなられると退くに引けないんじゃないかって気がしたんだ。
で、今はドウガン一人。あとはゆっくりこいつを殴りながら、逃げ帰る言い訳をくれてやるとしよう。
まずは……。
「肩だっ!」
ドウガンのピカピカ光る肩当を棍で突く。
「うお!」
ドウガンがのけぞる。
「反対!」
すぐさま反対の肩当を突いた。
「うおおお!」
反応が素直すぎるな……。ドウガンは数歩後ろに下がった。騎士としての意地かプライドか、それでもなお、剣を俺に向けようとする。でも、よろめいているから、切っ先は不安定だった。
「剣だっ!」
俺は、ドウガンがそうなるのを狙っていたわけで。
渾身の力を込めて、剣を叩く。
この勢いで、そのまま折ってやる!
「ぬおっ!!」
ドウガンが踏ん張った。が、ダメだった。
態勢は崩れなかったものの、ドウガンの剣は折れた。
「あ……」
間抜けな声を出したドウガンの足元に、折れた剣の先が落ちる。
お付きの二人も、それをじっと見ていた。
「あー……」
ドウガン、相当ショックを受けてるみたいだ。俺との戦いだってのを忘れて、折れた剣の先を見ている。
確か、レネがこいつのことを使い手だって言ってたか。
つうことは、自信あったんだろうな。
それなのに、鉄の棒であっさり自慢の武器を破壊されたんだから……気持ちは分からなくもない。でも、同情する気は一切ないけどな。
「ドウガン、どうする?」
ドウガンがうつむいて黙っている。よく見ると唇が震えている。
めんどくせーなー、こいつ。
「撤退、してもいいんじゃない?」
ドウガンが一瞬だけ目を合わせた。
すぐにまたうつむいたんだけど、このあたりがプライドなんだろうな。
「うーん……人数増やして出直したほうがいいと思うんだが……」
また、ドウガンが顔を上げた。
で、うつむく。
にぎった拳もふるふると震えているけど、一向に襲ってきそうな気配はない。
というか、殺気も闘志も感じられない。
やる気はないのに、帰る気もない。
こいつ、この期に及んで、俺が根負けして降参するのを待ってるんじゃないだろうな?
子どもすぎる……。そういうわがままは、自分の親にでもしろっ。
しょうがない。お付きに聞こう。二人とも、腰が抜けたままだ。
「おい」
お付きの片方を棍でつつく。
「ひっ」と、びくつく。
「お前はどうしたい?」
「え、え……」
露骨に困ってる。俺の顔とドウガンを交互に見ている。でも、ドウガンは目を合わせようともしてない。あー、もう駄目だな。
ドウガン越しにレネを見る。首を振った。
「め~」
そうだよな。
じゃあ、俺が……やるか。
棍の先で、床を思い切り叩いた。みんな、俺を見る。
で、俺は叫んだ。
「くそう! 棍にひびが入ったわ! さすが、ドウガン!」
馬鹿な猿芝居だよ、ほんと。ひびなんか入ってるわけねえだろ。
ドウガンの目が泳いでいる。
と、ようやく気付いたのか。目をあわせて不敵な笑みを作る。
「おおよ、この黄金騎士ドウガン、やすやすと剣を壊されるものか!」
自分から振っておいてなんだが、お前……本気か?
「ぬう、ドウガンよ。この勝負、預ける!」
「互いに武器がなくては仕方あるまいな!」
もう一度、思う。お前本気か?
「本気も本気、次は必ずお前を討ってくれる!」
ありゃ、声に出てたか。まあ、いいや。
俺も、口の端をくいっと上げる。
「また会おう、ドウガン」
「必ずな!」
ドウガンはこの空気を大事にしたかったのか、颯爽と帰って行った。
お付きの二人も、露骨にほっとした顔をして、ドウガンの後を追った。
「……やっと帰ったな」
大きなため息をついた。
少し楽になったのか、レネがゆっくりとだが痛みはなさそうに歩いてくる。
「ありがとう、助かったわ」
気のせいか、ぴりぴりした空気が和らいでいる。いや、むしろ優しげだ。
「私一人では、きっとドウガンに連れていかれたと思う」
いやいやいや、どういたしまして。
って緊張して声が出ない。
「本当に強いんだね。かっこよかったよ」
おおお?
目がうるんでないか?
あれ、そういう展開?
いいのか?
俺は期待していいのか?
んんん、どうしよう。こういうの初めてなんだが。いや、ちょっと心の準備が。
「あ、あ、あのさ……」
心臓がばくばくいってる。でも、男がリードしないと、ダメだよな。
「レネ、あのさ! 俺も!」
「誰っ?」
いや、俺じゃん。カツラガワユウヤじゃん。
って、レネは俺のほうを見ていなかった。出入り口のほうをにらんでいる。
「め~」
いつの間にかそばにいたヤギ太郎も。お前、黙って見ていたな。
俺も出入り口を見た。
いる。誰かがいる。
「お楽しみのところ悪いけど、俺の相手もしてくんねえかな?」
黒ずくめの騎士だった。短髪無精ひげの三十そこそこの渋い男だった。背もでかい。190はあるんじゃないか。かすれ気味の声がまた、ハードボイルドっぽさを醸し出している。
「新手か?」
俺は棍を構えた。レネも剣を抜こうとするが、さすがにそこまですると痛むようだったので、「無理はするな」と手で制した。
「カツラガワユウヤつったな? お前、俺のこと忘れたのか?」
黒ずくめの騎士は、殺気バリバリのくせに、世間話をするような口調だった。
「は? 何を言ってるんだ?」
「ひゃっふー」
彼はおどけた顔をして、あの耳障りな声を出した。
「え、さっきの伏兵! レネを斬った外道か?」
「当たりぃー。敵のこと、忘れちゃいかんよなあ?」
へらへらと笑ってやがる。その顔にかちんと来た。
「暗くて顔が見えなかったんだよっ!」
俺は一気に間合いを詰め、奴のみぞおちを突いた……のに。
「残念」
黒ずくめの騎士は、正面から棍を掴んでいた。押しても引いても、棍はぴくりとも動かない。こいつ、やばい。
「いい師匠についたようだな。スピードも力も悪くない。ただし、鍛錬不足だ。数年ぶりに武器にさわったな」
当たりだ。返事はしなかったが、汗が頬を伝った。
「ドウガンも腐っても黄金騎士。表の世界じゃなかなかの使い手だ。それをあっさりといなしていたから、少しは期待したんだが、まあ、まだまだだな」
「あんた、本当にさっきの馬鹿か?」
俺の言葉がおかしかったようで、こいつは笑った。笑いながらも、棍を持つ手は決して力を緩めようとしない。
「俺は『傭兵』でね。騎士団のお偉いさんから、身分を隠して下っ端としてドウガンのサポートをしろって言われたのさ。ただ、『会社』の命令だから断れなかったが、あの連中が嫌いでね。馬鹿なふりをしていたら、厄介者扱いをされて、伏兵にさせられた次第だ。ドウガンは作戦と話していたが、俺には期待してなかったようだな。証拠に、俺は置いてけぼりだ」
「レネを斬った。どう釈明するつもりだ?」
「釈明? 俺はお前を斬るつもりだったんだぜ? 今もな!」
こいつは、空いている手で棍を叩いた。振動が、俺の手にも伝わる。
力が強すぎる!
衝撃に耐えられず、俺は棍を落としてしまった。
くそ!
「大丈夫?」
レネの苦しそうな声と一緒に、しゃきんという刀を抜いた音がした。
「ああ」と答えながら、ファイティングポーズを取る。
だが、勝てる気はしない。
「め~」
ヤギ太郎もありがとうな。
しかし、黒ずくめの傭兵にひるんだ様子は全くない。遊んでいるようにしか思えないんだろう。くそ、なめやがって。
「くっくっく……仲がよろしいことで。まあ、安心しろよ。依頼主がいないんだから、俺の仕事もお終いだ。今度会うときは、強くなっておけ。お前より強い人間なんか、ごろごろいるからな」
そう言うと、彼は闇に消えていった。
「わかってるよ、ばーか」
悔しくて、つぶやいた。でも、次はどうすればいいのか、何も分からない。一昨日までサラリーマンだったはずなのにな。
ふーっ。
深呼吸。頭を切り替えよう。もう敵はいないんだ。
「これで、終わったの?」レネが不安げに聞く。
「今日のところは、じゃないか? あれで終わったわけがないよな。ま、今はそれでいいさ。あとなあ、お前が何者なのかとかは明日、詳しく聞かせてもらうからな」
「ええ、いいわよ」
レネはなぜか嬉しそうにうなずいた。
「じゃあ、今日はここに泊めてくれるのね?」
「けが人を放っておけないだろ」
「うん!」
どうしてそんなに、楽しそうなんだろう。まあ、いいや。
「それよりも、明日からは仕事なんだ、仕事。ギルドに入るために、シルバー・スプーンって人からの課題をやんなきゃいけないんだよ」
だから、お前の相手はしてらんないんだけどな。というつもりだったんだが。
「いいわよ」
「は?」
「だから、それ手伝ってあげるわよ。どうせ、私もここに住むんだし」
「は? どうしてそんな話になるんだよ。けが人を放っておけないとしか言ってないだろ!」
「大きい組織から追われている女の子って、けが人よりも放っておけない存在だと思わない?」
う……。思わないと言ってやりたいが、また目をうるませてんだよ、こいつ。
女ってずるい。
俺の反論がないことを、肯定と受け取ったらしいレネは、とびきりの笑顔になった。明るくて、見ているだけで気持ちがはずむような笑顔。
「これからよろしくね、ユウヤ!」
「ああ……こちらこそ、よろしく」
こんな笑顔を見せられちゃ、しょうがないよな、ヤギ太郎。あ、お前とも今日が初対面だったよな。
「お前もよろしくな、ヤギ太郎」
「め~」
ヤギ太郎も嬉しそうだった。
疲れた。
とにかく疲れた。
今日も色々あったが、なんとか切り抜けた。
ふー。
金もないし、収入のあてもないのに、扶養家族だけ増えちまったよ。
……サラリーマンのほうが、よかったかもしれない。
これで序章はおしまいです。
これからは、一週間くらい休んだ後、不定期で連載していきます。
週二回以上で更新できるといいなあ、と考えております。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
まだまだ続きますので、引き続き読んでいただけると
すごく嬉しいです。
よろしくお願いいたします。




