非常に長く険しい序章 20
ちょっと遅くなりました。すみません。
どうぞ、よろしくお願いします。
「坊主、俺たちと遊ぼうぜ」
二人同時に突きを放った。横に飛びのいてかわす。
「どっちか、レネに行けよ!」
これ、俺の本音。
「無責任な男!」
レネはドウガンの斬撃を剣で受けながら怒鳴った。
おう、かなり余裕そうだな。よかった。
なんて、考えている間にも、お付きの一人が、上段から俺に向かって振り下ろしてくる。
もう一人はその邪魔をしないように、動きを止めていた。
そういうのは、隙っていうんだ。
半歩、位置をずらして剣をやりすごす。
大振りな上に、重たい鎧を着ているので、相手は数秒動けないだろう。
俺はそのまま左足を軸に、もう一人へ後ろ回し蹴りを放った。
いい感じに決まり、相手は吹っ飛んで、机にぶつかった。
さすがは金属の鎧。足が痛い。
でも、敵も「ぐえっ」とうめきながら、腹を押さえている。
へっぴり腰になったと思ったら、鎧の重さで尻餅をついた。
当分はこれで動けまい。
目の端でそれを確認すると、斬撃を外したお付きの者が態勢を立て直していた。
「とりあえず、一対一ってことで」
「まぐれさ、まぐれ」
自分に言い聞かせるように、目の前のお付きの者がいう。
まぐれだってんなら、そんなに困った顔をするなよ。
それに、向こうはうかつに手出しができなくなったようだ。
「二人を相手にするなんて、ずいぶん視界が広いのね」
まだレネはこう着状態から抜け出せていない。
「昔、トレーニングしてたんだよ。まだ身体は覚えてたみたいだ。そっちも手伝ってやろうか?」
「まさか! こんな雑魚、敵じゃないわ!」
つばぜり合いの状態だったレネとドウガン。
瞬間、レネは一気に後ろへ飛び下がった。
ドウガンは態勢をわずかに崩す。
が、レネにはそれで充分だったらしい。
再び、間合いを詰め、剣の刃のない部分でドウガンの手を打った。
ドウガンがうめく。
レネは再び後ろへ下がった。
俺も、お付きの者に剣を向けつつ、彼女の隣まで行く。
ヤギ太郎の姿は見えない。
どうやら別の部屋に避難してくれたようだ。
「思ったよりもやるわね」
「だから、心得があるっていったろ」
「まさか本当だったとは思わなかったの」
レネは少しだけ、微笑んで見せた。
感想は……ノーコメント。
まあ、女はずるいってことで。
彼女に対する悪感情が一瞬で消えちゃうんだもんな。
それにしても、敵は弱いなー。
まっとうに立ち会えば、どうやっても負けないだろう。
とはいえ、俺は人殺しになる気はなく、レネもさっきの立ち回りを見る限りでは同じらしい。
でも、それがかえって状況を悪くしていた。
なにしろ、俺たちが相手を強制的に戦闘不能にする手段がないってことは、相手が諦めて撤退してくれない限り戦いが終わらないんだからな。
動けなくなるまで殴るのもNG。
放ってはおけない。
敵意を持った相手を介抱するなんて、俺は嫌だよ。
つまり、俺たちは戦意を喪失させるしかない。
その方法が難しいんだ。相手は使命を帯びてやってきた騎士様で、おまけにプライドが高い。多少の痛みや怪我は耐えるだろう。逃げ帰ろうものなら、騎士団で居場所がなくなってしまう。
戦い方一つで、こいつらの退路を断ってしまうことになりかねない。
うーん、困った。
不良たちとの喧嘩なら、動けなくなるまでぼこぼこに殴って逃げちゃえばいいんだけど、ここは俺んちだしな。
それに、やりすぎるとこれ以上の侮辱は耐えられないとかいって自害しないとも限らない。
俺にはこの世界の騎士団の感覚が分からないから、その辺は慎重にしないとな。
で、俺が思いつくのは、後に残らない程度にちまちまと身体の各所にダメージを与えていくという方法。
……完全に陰険ないじめだよな。
「長期戦になるわ」
レネがつぶやいた。
小さい声だったので、独り言たったのかもしれない。
でも俺は、「多分な」と答えた。
ドウガンとお付きの者は態勢を立て直し、俺たちに向き直った。
三人とも、目には闘志がみなぎっている。
……ホント、迷惑な話だよ。
「油断したのは認めよう」
また、良い声でドウガンが話し始める。
「個々の技量では君たちが上であることも認めざるをえない。だが――」
はいはい、だがですよね、だが。
分かってるよ、分かってるよ。
どーせ、すんなり負けを認めちゃあくれんでしょうよ。
「ここで退くわけにはいかないのだ!」
ほらね。思った通りだよ。まったく、しょうがないなー。
それでも、彼らは動く気配を見せない。
攻撃のタイミングをつかみかねているんだろう。
威勢はいいが、ずるい連中だ。ま、期待はしてないけどね。
レネを横目で見る。彼女も動く様子はない。そりゃそうか。
「来ないのなら、こちらから行くぞ!」
ドウガンが叫んだ。
「死んでも恨むなよ!」
そして、今度は俺に向かってくる。今度は突きだ。
「恨むに決まってんだろ!」
短剣でどうにか、さばく。
すぐさまドウガンは間合いを空けたので、返し技は出せなかった。
くそっ。
短剣じゃあ戦いにくい。
素手か棍がいい。
でも、素手で剣と鎧に勝てるほど俺ははちゃめちゃ強いわけでもない。
「油断するな!」
ドウガンが偉そうに吠える。
また突きだ。
今度は、剣をさばきつつ、剣を持っていない手でこいつの胴に掌底を放った。
「うおっ」
ドウガンは後ずさった。少しひるんでいる。
ルネもお付きの一人を剣でぶん殴ったところだった。
……あれ? ということは。
「一人休んでないか?」
俺はレネに近寄り、小さくささやいた。
「二人で向かって、一人は身体を休める。向こうも長期戦のつもりなんでしょ」
「なるほどな」
この間にも、ドウガンは態勢を立て直していた。
「ははは、認めよう。君たちは俺たちよりも強い。だが、圧倒的じゃない。そして、他人の命を奪う覚悟を持っていない。ならば!」
ドウガンが踏み込んだ。
彼の剣を迎え撃とうとしたところで、蹴りが来た。
右の太ももにくらう。
痛みに叫びそうになるのをこらえる。
すぐさま無事な左足でドウガンに体当たりをする。
ドウガンにとっても不意だったようで、彼はテーブルにぶつかった。
テーブルはドウガンと鎧の重さに耐えきれず、真っ二つに分かれた。
この家のテーブルは壊されてばかりだな。
俺は倒れずにすみ、少し間合いを空けた。
痛い。
肩で息をしている。
「大丈夫?」
レネが不安げな声を出す。
「耐えられないほどじゃない。だけど、これがずっと続くのは厳しいな。魔法とか、ないのか?」
「この家ごとなくなるけどいい?」
「よくないな……」
「なら、連携するしかないわね」
「できるか?」
「やるしかないでしょ」
「だな」
「じゃあ、わたしに合わせて!」
俺の態勢なんか全て無視して、レネはお付きの二人に向かって踏み込んだ。
あっという間にお付きの二人を間合いにとらえた。
どう合わせりゃいいのかさっぱり分からない。
が、俺もレネのすぐ後ろについて、間合いを詰める。
レネが右のお付きに斬りかかった。
俺は左を狙う。
視野の隅ではドウガンが構えたまま、俺たちをじっと見ていた。
ぎん、という金属がぶつかる音が二回響いた。
俺たちは、受け止められた剣をそのまま押していく。
俺はもちろん、レネも筋力が相当らしく、お付きの者を圧倒していた。
お付きは膝をついている。
なんという怪力。
なんというゴリラ。
「筋力でも体重でもなくて、魔法強化してるのよ、分かる?」
この状況下で、レネは俺を見て怒鳴った。
おーまーえーなー……ちゃんと戦え!
口には出さず、腕に力をこめて、お付きの態勢を崩した。
そんで、頭に後ろ回し蹴り。衝撃は兜越しでも伝わるようで、お付きはあっさり床に倒れた。
レネの相手も、彼女にぶん殴られてまた尻餅をついている。
よし。
これでドウガン一人。




