第5話「水の流れる場所」
成田せせらぎ緑道に入ると、周囲の景色が変わった。
道路沿いの明かりから離れ、木々の間へ足を踏み入れる。頭上では枝葉が重なり、ライトを向けると、幹や葉の一部が白く浮かび上がった。その先には、濃い影が残っている。
木々には、名前を書いた札が付けられているものもあった。ライトで照らさなければ文字も見えない。自分は札に目を向けながらも、すべてを確認することはせず、そのまま歩いた。
どこかから、水の音が聞こえていた。
さらさらと流れる、途切れることのない音だった。
成田せせらぎ緑道には、実際に水が流れている。住宅地の中に水辺があること自体は珍しくないのかもしれない。それでも、夜に訪れると、昼間とは違う存在感があった。
歩いているうちに、車の音が遠くなっていった。
完全に聞こえなくなったわけではない。ときどき、遠くの道路を走る車の音が届く。住宅地から人の生活音が聞こえることもある。
それでも、道路を歩いていたときには気にならなかった水の音が、ここでははっきりと耳に入ってきた。
自分の足音に、水の音が重なる。
風が吹くと、木々の葉がかすかに揺れた。枝が触れ合う音がする。ライトを上へ向けると、葉の影が動いていた。
自分は歩く速度を落とした。
急ぐ必要はなかった。
いつもの道を歩くときは、目的地までの距離や、どこで曲がるかを考えている。けれど、この場所では、そうしたことをあまり意識しなくなっていた。
水の流れを聞きながら、木々の間を進む。
周囲には住宅がある。少し離れれば、いつもの道路へ戻ることもできる。ここは、どこか遠くの山奥ではない。人が暮らす街の中にある緑道だ。
それなのに、道路を歩いていたときよりも、周囲の音が近く感じられた。
水の音。葉が揺れる音。自分の足音。
それらが重なり合い、夜の緑道を満たしていた。
自分は、ふと大清水での出来事を思い出した。
あの夜、木の幹に白い線があるのを見た。何気なく目を向けたはずだったのに、その後、周囲の音が消えた。
風の音も、ほかの音も聞こえなくなった。
そして、声がした。
――まだ、向こうへ行くな。
あの声は、今でもはっきりしない。
自分は足を止め、周囲に目を向けた。
緑道の先には、木々の影が続いている。ライトの届く範囲は限られていた。その先に何があるのかは、見えない。
けれど、あの夜のような異変は起きていなかった。
水は流れ続けている。風が吹けば、葉が揺れる。遠くから車の音も聞こえる。
自分は再び歩き始めた。
しばらく進んでから、来た道を振り返った。ライトに照らされた木々の向こうに、緑道の入口へ続く暗がりが見えた。
ここに、特別な何かがあるのだろうか。
そう考えかけて、やめた。
今は、まだわからない。
足元に気をつけながら、ゆっくりと歩いた。
その夜、最後まで頭に残っていたのは、あの緑道を流れる水の音だった。




