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夜道の向こう側 ―― Beyond the Night Road ――  作者: 静間 透
第三章 人間の知らない森
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第11話 思いの交錯

狸が去ったあとも、私はしばらく白い木のそばに残っていました。

雑木林の中は静かでした。

池のほうから、ときおり水の音が聞こえてきます。住宅地の明かりは木々の隙間から見え、桜並木の枝は夜の空に黒く浮かんでいました。

私は、白い木を見上げました。

この木は、かつてここにあった大木から続いている。

大木は切り倒されました。しかし、その種から芽を出した木が、すぐそばで育っていた。

木は失われても、命は途切れていなかったのです。

けれど、それだけでは説明できないものもありました。

白い木に残されているもの。

上流の土の中で見つけた古い根。

その根に沿って伸びていた、白い線。

それらは、どこかでつながっているのでしょうか。

私は、もう一度、木の幹に目を向けました。

そのとき、桜並木の向こうから、一人の人間が歩いてきました。

手には小さな明かりを持っています。

人間は、ゆっくりと歩いていました。

やがて、桜並木の途中で足を止めました。

明かりが、林のほうへ向けられます。

木々の間を照らし、しばらく動きません。

その視線は、雑木林の奥にある白い木へ向けられていました。

人間は、何かを確かめるように、しばらくそこに立っていました。

やがて明かりを下ろし、再び歩き始めました。

草加部でした。

私は、その後ろ姿を見送りました。

あの人間は、この木に何かを感じているのでしょうか。

それとも、ただ、そこに木があることに気づいただけなのでしょうか。

私には分かりません。

ただ、あの人間が白い木を見ていたことは確かでした。

狸は、この木が昔からここにあったことを知っていました。

私は、この木に残されたものを調べていました。

そして、人間は、理由も分からないまま、この木を見ていました。

同じ場所に立っていても、見ているものは違うのかもしれません。

私は、もう一度、白い木を見上げました。

そのとき、頬に冷たいものが触れました。

雨でした。

最初は、ほんの数滴でした。

葉の上に落ちた雨粒が、枝を伝い、幹を濡らしていきます。

やがて雨は少しずつ強くなり、雑木林の葉を叩く音が広がりました。

私は空を見上げました。

雨が降ること自体は、珍しいことではありません。

空から落ちた水は、地面に染み込み、土の中を通り、川へ流れていきます。

川の水は海へ向かい、やがて空へ戻る。

そうした水の巡りは、私にとって特別なものではありませんでした。

けれど、その夜は、少し違って感じられました。

雨は、白い木の枝を濡らしていました。

その水は幹を伝い、根元へ落ちていきます。

土に染み込んだ水は、木の根の間を通り、さらに深い場所へと進んでいく。

上流で見つけた古い根にも、かつては水が触れていたのでしょう。

今は姿を変えた土地にも、かつてそこにあった木にも、水は流れていたはずです。

人間が土地を変え、道をつくり、建物を建てる。

動物たちは、その変化の中で暮らす場所を変え、通り道を探してきました。

木はそこに立ち続け、見てきたものを残してきた。

それぞれが、同じ場所で違う時間を過ごしていたのです。

水は、そのすべてに触れていたのかもしれません。

私は、雨に濡れた白い木を見つめました。

木に残されたもの。

動物たちが抱いてきた思い。

人間がこの場所に重ねてきた時間。

それらは、ひとつのものではありません。

同じ場所にあっても、同じ出来事に触れていても、それぞれの思いは違います。

けれど、まったく別々に存在しているわけでもない。

どこかで重なり、どこかでつながりながら、今も続いている。

私は、静かに息を吐きました。

「……思いは、ひとつではないのですね」

その言葉は、雨音に紛れて消えていきました。

まだ、すべてが分かったわけではありません。

白い木に何が残されているのか。

上流で見つけた白い線は何なのか。

そして、あの木に集まった思いは、どこへ向かっているのか。

答えは、まだ見つかっていません。

けれど、調べるべきものは、木だけではないのかもしれません。

私は、もう少し、この場所を見ていくことにしました。

白い木は、雨に濡れていました。

桜並木も、同じ雨を受けていました。

そして、その下の土には、見えない水が静かに染み込んでいきました。

雨は、まだ降り続いていました。

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