第6話 年輪の記録
その1 雨のあとに
雨が上がった。
成田せせらぎ緑道を流れる水は、いつもより少し勢いがある。山から下りてきた水が、小さな流れに集まり、石にぶつかりながら下っていく。
雨のあとは、あちこちが忙しい。
水は流れを変えるし、土の匂いも変わる。草木についた雨粒が落ちるたび、小さな音がする。
私は、そんな様子を眺めていた。
ところが、その日は少し気になることがあった。
山の気配が、いつもと違う。
雨が降ったのだから、山の様子が変わるのは当たり前です。水の流れも、動物たちの動きも変わる。それは分かっています。
ただ、どうもそれだけではないようなのです。
水の流れとは別のところから、何かが伝わってくる。
さて、何でしょうね。
しばらく様子を見ていましたが、どうにも気になります。
こういうときは、考えているだけでは仕方がありません。
ちょっと、あの木のところへ行ってみることにしました。
その2 木のところへ
雑木林にその木は立っています。
動物たちにとっては、昔からそこにある木です。
私は木の前で足を止めました。
風はありません。
枝先には、雨のしずくが残っています。
ここには、動物たちの思いが集まります。
困ったとき、迷ったとき、どうにもならないとき。動物たちは、自然とこの木のことを思い出すようです。
誰かが決まった言葉を唱えるわけではありません。何かを願おうと、わざわざ考えているわけでもない。
ただ、思い出す。
その思いが、いつの間にかここに集まっている。
不思議なものですね。
木は、それを受け止めています。
けれど、全部を抱え込めるわけではないようです。
ときどき、何かが外へ流れ出している。
あの季節外れの桜も、その一つなのかもしれません。
もっとも、私にも、まだよく分かっていないのですが。
桜が咲く理由を、ここで簡単に説明できればよいのですけれどね。
私は枝を見上げました。
木は、何も答えません。
まあ、木ですからね。
それでも、ここには確かに何かがある。
今日は、それを確かめに来たのです。
その3 年輪の記録
この木には、長い時間が流れています。
もともと、ここには別の大きな木がありました。
人間たちが土地を開き、周囲の景色を変えていくよりも前から、そこに立っていた木です。
やがて、その木は切られました。
そのそばには、種から育ったもう一本の木がありました。元の木がなくなったあとも、命のつながりを受け継ぐように育っていった。
今、ここに立っている木です。
人間たちは、かつての木を神聖なものとして扱っていました。
手を合わせたり、祈ったり、願いを込めたり。
長い時間の中で、そうした思いが積み重なっていったのでしょう。
この木には、年輪があります。
そこには、起きた出来事の記録が残されています。
私は、その記録を確かめに来ました。
「ちょっと、見せてもらいますね」
もちろん、返事はありません。
私は幹に目を向けました。
年輪に残っているのは、起きたことです。
いつ、何があったのか。
けれど、それが何を意味するのかまでは分かりません。
そこは、私が考えるしかない。
人間も、記録を読んでいろいろ考えるでしょう。私も、それと似たようなものです。
さて、今回の気配につながるものはあるでしょうか。
しばらく確かめてみましたが、どうやら、はっきりしたことは見つかりませんでした。
うーん。
せっかく来たのですが、そう簡単にはいきませんね。
分かったこともあります。
ただ、肝心なところは、まだ分からない。
まあ、そういうこともあります。
その4 神の世界への報告
今回のことは、一応、上にも知らせておいた方がよさそうです。
あとから「どうして報告しなかったのですか」などと言われても困りますからね。
神の世界にも、それぞれ受け持ちがあります。
各地に山や水を見守る神がいて、土地ごとに役割を担っている。
もっとも、きれいに分けられるものでもありません。
山から水が流れてくるのですから、山の変化が水に影響することもあります。水の流れが変われば、また別の場所にも影響が出る。
境界を決めたところで、自然の方はそんなことを気にしてくれません。
なにしろ、こちらも兼務ですから。
私は、日本の担当部署へ連絡を入れました。
「成田周辺で、山と水に関わる気配の変化を確認しました。原因は、まだ分かりません」
「引き続き確認をお願いします」
「はい。分かりました」
これで報告は終わりです。
神の世界も、案外あっさりしたものです。
もっとも、何でも大げさに騒げばよいというものでもありません。
人間たちは、神というものをいろいろな形で考えてきました。
昔からいるものとして祀ることもあれば、後になって神として祀ることもある。
人間の歴史を見ていると、神というものも、なかなか忙しい立場だなと思います。
徳川家康も、亡くなったあとに東照大権現として祀られましたね。
人間には、人間の事情があるのでしょう。
私には、そのすべてを分かったようなことは言えません。
さて、こちらの話に戻りましょう。
連絡は、それで終わりました。
私は、少しだけ肩の力を抜きました。




