第8話 歩くことが日常になる
大清水から成田へ。そして、大沢へ。
これまで別々に歩いていた道をつないだ夜から、何日かが過ぎていた。
あの夜は、さすがに歩きすぎたと思う。
大清水から成田まで歩き、いったん家に戻って食事を済ませ、さらに大沢へ出かけた。途中で膝の具合を確かめながら歩いていたとはいえ、翌日は身体に疲れが残っていた。
そのときは、無理をしたつもりはなかった。
ただ、歩けるようになったことが、うれしかったのだと思う。
最初は、5キロほど歩くだけでも十分だった。
それが、いつの間にか、もう少し先まで行ってみたいと思うようになっていた。
以前なら、少し歩いただけで膝のことが気になった。痛みが出ないか。帰りまで歩けるのか。そんなことを考えながら、一歩ずつ進んでいた。
今でも、膝のことを忘れたわけではない。
それでも、痛みを気にせずに歩ける時間が増えていた。
走ることなど、以前は考えもしなかった。身体が重く、少し動くだけでも息が上がる。そんな自分が、今は夜の街を何キロも歩いている。
横断歩道では、信号が変わると小走りになることもあった。
ほんの短い距離でも、自分の足で走れる。
それが、素直にうれしかった。
身体が変わると、行ける場所も変わる。
行ける場所が増えると、見えるものも変わる。
もっとも、距離を伸ばすことだけが目的ではない。膝を痛めてしまえば、元も子もなかった。
「まあ、焦ることもないか」
起き上がり、軽く膝を曲げ伸ばししてみる。
強い痛みはなかった。
それを確かめてから、いつものように身支度を始めた。
歩くのは、仕事が休みの日だ。
午後4時ごろに起き、食事を済ませ、外へ出る準備をする。
以前なら、休日に何をするかと聞かれても、特に思いつかなかっただろう。
家で映画を見る。スマートフォンでニュースを読む。
それで十分だった。
今は、そこに歩く時間が加わっている。
特別な予定ではない。
けれど、外へ出る理由が1つ増えた。
その日の夕方、スマートフォンで地図を開いた。
大清水、成田、大沢。鷹乃杜と富ケ丘も行きたい。
これまで歩いた場所を、順番に確認していく。
車で通っていたころは、目的地までの道順を考えることが多かった。どこを曲がれば早いのか。どの道を通れば混雑を避けられるのか。
歩くようになってからは、考えることが変わった。
この道はどこまで続いているのか。
暗くなる場所はどこか。
坂道はどのくらいあるのか。
地図を見ただけでは分からないことがある。
実際に歩いてみなければ、分からないことがある。
反対に、歩いてみたからといって、すべてが分かるわけでもない。
道路の向こうに林があっても、その奥がどうなっているのかは見えない。街灯の光が届かない場所もある。
ライトを向ければ、見えるものは増える。
それでも、照らしたものの正体まで分かるとは限らなかった。
画面を拡大すると、見慣れた街の道路が細い線になって伸びていた。
富谷市。
仙台市の北側に隣接する街だ。
住宅地が広がり、仙台市へ通勤する人も多い。隣接する大和町や大衡村には工業団地があり、製造業をはじめとする多くの企業が進出している。
市内にはコストコがあり、週末には買い物客で賑わう。イオン富谷の周辺も、時間帯によっては車の列ができる。
自分も、車を運転していたころは、その中の1人だった。
目的地へ向かい、用事を済ませ、家へ帰る。道路が混んでいれば、別の道を考える。
見ているのは、主に道路の先だった。
歩くようになってから、少しずつ見方が変わった。
広い歩道が続く場所もあれば、道路の端を気にしながら進まなければならない場所もある。街灯が十分にある道もあれば、少し先から暗さが増していく道もある。
坂道は、地図で見るより長く感じられることがあった。
車なら気に留めない程度の高低差でも、自分の足で上ると、呼吸が変わり、脚に疲れがたまる。
歩いているうちに身体が温まる。
春が進み、日中の暖かさが残る夜には、少し歩いただけで額に汗がにじむこともあった。上り坂では背中まで熱くなる。
立ち止まると、汗ばんだ頬を風がなでていった。
街路樹の葉が揺れ、枝先がかすかに触れ合う。
風が弱まると、その音も消えた。
昼間なら車の音や人の声に紛れてしまうような小さな音が、夜には耳に届くことがある。
道路も、住宅も、店も、そこにあることに変わりはない。
ただ、時間が違うだけで、見えるものも、聞こえる音も、感じる距離も変わっていた。
地図を拡大し、道路の曲がり方や、これまで歩いた場所との位置関係を確かめる。
そのとき、ふと、大清水の調整池で見た桜を思い出した。
花は散り、枝には若い葉が出始めていた。
それなのに、記憶の中では、満開の桜がまだ咲いている。
枝いっぱいに花が広がり、淡い色が夜の中に浮かび上がる。
風が吹けば、花びらが揺れる。
そんな景色だった。
けれど、実際に目の前にあったのは、花の散った木々だった。
自分は桜の木を眺めた。
雑木林のほうには、目を向けなかった。
なぜ、そうしたのか。
自分でもよく分からなかった。
あの夜のことを思い出すと、実際に見た景色と、頭の中に浮かんだ景色が重なっていた。
満開の桜。
花の散った木々。
そして、その先にあった雑木林。
どれも、同じ場所の記憶だった。
スマートフォンの画面から目を離した。
窓の外では、風に揺れた木の枝がわずかに動いていた。
あの雑木林も、地図の上では、ほかの林と変わらない。
特別な名前があるわけでもない。
そこへ行くための道も、地図を見れば分かる。
それなのに、あの場所のことは、ときどき思い出す。
しばらく窓の外を眺めてから、地図をもう一度開いた。
今度は、富谷高校の近くを歩いた夜のことが浮かんだ。
暗い道の先に、黒い影がいくつか見えた。
ライトを向けると、そのうちの1つが動いた。
タヌキだった。
こちらを気にするような素振りを見せたあと、道を横切り、斜面のほうへ走っていった。
ほんの短い出来事だった。
それでも、夜道で野生のタヌキを目の前にすると、昼間に見かけるのとは違った印象が残る。
街灯の下では、道路も歩道も、昼間の延長に見える。
ところが、少し暗い場所へ入ると、道路脇の斜面や木々の向こう側が、急に遠く感じられる。
ライトに照らされた道路は見えても、その脇にある草むらの奥までは分からない。
タヌキは、そこへ走っていった。
自分が歩いている道と、動物が移動している場所。
同じ夜の中にあるのに、見えている世界は同じではないのかもしれない。
もっとも、タヌキはタヌキだ。
餌を探していたのかもしれないし、いつもの移動の途中だったのかもしれない。
こちらが驚いたからといって、向こうも同じように驚いていたとは限らない。
動物には動物の都合がある。
人間が歩くためにつくられた道も、動物にとっては、ただ横切る場所なのかもしれなかった。
スマートフォンを手に取り、もう一度、地図を開いた。
まだ歩いていない道はいくらでもある。
これまでのコースをもう一度歩いてもいいし、途中で別の道へ入ってみてもいい。
大清水へ上がる階段も、もう一度歩いてみたい。
あの坂は、初めて上ったときほどではないにしても、決して楽な道ではなかった。
鷹乃杜を眺めながら歩く道もある。
富谷高校の近くから続く道も、場所によって見える景色が違う。
地図の上では、どれも線でつながっている。
けれど、実際に歩けば、坂のきつさも、街灯の明るさも、風の通り方も違う。
住宅地を抜けると、家々の明かりが少しずつ遠ざかる場所がある。
道の片側に林が続き、反対側には道路が走っている。
車が通り過ぎる。
ヘッドライトが木々の幹を一瞬だけ照らし、林は再び暗くなった。
風が吹くと、葉のこすれる音がする。
風が止まれば、何も聞こえない。
昼間なら、ただの道として通り過ぎる場所だろう。
けれど、深夜に1人で歩いていると、ふと足を止めることがある。
何かがいると思ったからではない。
音がした方向や、光の届かない場所が気になるのだ。
自分に分かるのは、ライトに照らされた道と、そこを歩いている自分の足元だった。
それ以上のことは、実際に確かめてみなければ分からない。
ただし、暗い道を無理に選ぶ必要はなかった。
歩くことが目的なのだから、安全に帰ってこられることが先だ。
地図を閉じ、窓の外を見た。
見慣れた住宅地が広がっている。
車が通り過ぎ、家々の窓には明かりがともり始めていた。
遠くから車の走る音が聞こえ、やがて小さくなっていった。
風が吹き、どこかの庭木の枝が揺れた。
この時間なら、夕食の支度をしている家も多いだろう。
それぞれの家で、いつもの夜が始まっている。
自分も、少しすれば外へ出るつもりだった。
歩くのは、もう少しあとでいい。
その日の身支度を済ませ、外へ出る。
玄関を開けると、昼間の暖かさが残る空気が頬に触れた。
家の中にいたときには気づかなかった風が、道路へ出ると、少しだけ強く感じられた。
歩き始める。
数分もすると、身体が温まってきた。
いつもの道だった。
それでも、歩くたびに、少しずつ見えるものが増えていく。
以前と変わらない生活の中に、歩く時間が根づき始めていた。
それだけのことだ。
けれど、自分にとっては、それで十分だった。




