↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/41

第7話「つながる道」

 その後、2日間降り続いた雨が、ようやく上がった。

 今日は休みだった。

 こないだの休みは、結局、1度も外へ出なかった。窓の向こうで降り続ける雨を眺めながら、歩くことについて考えていた。どの道を歩くか。どこまで距離を伸ばせるか。そして、これまで別々に歩いていたコースを、いつか1つにつなげられないか。

 歩き始めたころは、5kmほどの道のりでも十分だった。初めての道には発見があり、見慣れた場所にも、歩いてみなければ気づかないものがあった。

 しかし、少しずつ歩くことに慣れてくると、同じ距離では物足りなくなってきた。だからといって、いきなり無理をするつもりはない。膝や足の具合を確かめながら、少しずつ先へ進めばいい。

 たった1ヶ月。それでも、歩き始めたころと比べれば、体も気持ちも変わってきた。

 まずは、これまで歩いてきたコースをつないでみる。

 そんなことを考えながら、身支度を整えた。

 外へ出ると、雨上がりの空気が肌に触れた。濡れた道路には街灯の光がところどころに映り、道路脇の草木もしっとりと濡れていた。雲はまだ残っていたが、雨は降っていない。

 21時ごろ、自分は大清水のコースへ向かった。

 ライトを点灯し、足元を照らしながら歩き始める。

 しばらく進むと、あの階段が見えてきた。

 心臓破りの階段。

 初めて歩いたときは、上りきるだけでも大変だった。体の重さが足にかかり、息が上がり、途中で立ち止まりたくなったことを覚えている。

 けれど、今日は少し違った。

 もちろん、楽に上れるわけではない。それでも、以前ほど苦しくはなかった。足を運び、呼吸を整えながら、一段ずつ上っていく。

「ふう……やっぱキツい」

 息を切らしながら、最後まで上りきった。

 顔を上げると、鷹乃杜の風景が目に入った。

 雲の切れ間から、月も見えていた。三日月より少し太い月だった。

 ここから見る景色は、ほかの場所とは少し違う。

 歩いてきた道を振り返り、前方に広がる街並みを眺めた。車で通り過ぎるだけでは、気づかなかった風景だった。自分の足で坂を上り、息を整えてから眺めると、同じ街でも違って見える。

 少し立ち止まり、スマートフォンを取り出した。

 この景色を残しておこうと思った。

 シャッターを切り、画面を確認する。

 写真の中には、いつもの街が写っていた。

 自分はもう1度、目の前の景色を眺めてから、スマートフォンをしまった。

 大清水調整池に着いた。

 池の周囲には雑木林があり、桜の木もある。

 桜の季節は、もう過ぎていた。

 枝には葉が茂り、満開のころとは違う姿になっている。それでも、葉を広げた木々には、別の美しさがあった。

 自分は桜の木を眺めた。

 雑木林のほうには、目を向けなかった。

 ふと、満開の桜が頭をよぎった。

 目の前の木々に、花が咲いている。

 そんな光景が、一瞬だけ浮かんだ気がした。

 けれど、目を向けた先にあるのは、葉を茂らせた桜の木だった。

 花は咲いていない。

 もう1度、木々を見た。

 そこには、いつもの景色があった。

 自分はそれ以上考えず、歩き出した。

 富谷第二中学校の通りを右折し、成田方面へ向かって直進する。

 今日は、ここで終わりではない。

 イオン富谷の手前にある交差点を左へ進み、いちょう通りに出て成田へ向かうつもりだった。地図を見ながら考えたルートだ。実際に歩くのは初めてだった。

 地図の上では近く見える場所も、歩いてみると思った以上に時間がかかることがある。

 いちょう通りに出た。

 ケーキバイキングの店と、味噌ラーメンが売りのラーメン屋。その間を通る道だった。

 初めての道。しかも、夜。

 ライトで足元を照らしながら進んでいくと、少し冒険をしているような気分になった。

 悪くない。

 自分は、いつもより少し軽い足取りで歩いていた。

 左へ曲がり、富谷高校側の歩道を進む。

 ケーキバイキングの店のほかにも、焼肉屋や蕎麦屋、床屋などが入った複合施設があった。店の明かりがあるため、このあたりは比較的明るい。

 その裏手には、穀田という地域がある。このあたりでは、昔から熊が出ることがあった。

 店の明かりが届かなくなると、周囲は急に暗くなった。

 以前、タヌキが立っているのを見つけ、目が合った場所も近い。あのときは、反対側の歩道だった。

 今夜も何かいるだろうか。

 そんなことを考えながら、ライトで足元を照らして進んだ。

 やがて、橋に差しかかった。

 橋の下を通っているのは、東北自動車道だ。

 車の走行音が、下から響いてくる。

 そのとき、視界の端で黒い影が動いた。

「えっ!! 何?」

 向こう側の歩道にも、何かが動いている。

 1つ、2つ……。

 4、5匹はいるように見えた。

「んっ?」

 そのうちの1匹が、こちらへ向かってきた。

 咄嗟にライトを1段階明るくしようとしたが、操作がうまくいかなかった。ワンテンポ遅れて、光が強くなる。300ルーメン。

 光の中に、動物の姿が浮かび上がった。

 熊か?

 いや、違う。

 タヌキだ。

 顔を照らされたタヌキは、驚いたように90度向きを変え、崖のほうへ走っていった。

「えっ! こんなにいるの?」

 思わず足を止めた。

 心臓がバクバクしていた。

 1匹なら、以前にも見たことがある。だが、4、5匹もまとまっているとは思わなかった。

 山に食べ物がないのだろうか。

 暗闇の中に、タヌキたちの姿はすぐに消えた。

 しばらく橋の上に立っていたが、やがて再び歩き始めた。

 熊でなくてよかった。

 そう思いながらも、さっきの光景が頭に残っていた。

 富谷高校を過ぎ、そのまま直進する。

 ここから先は、歩き慣れてきた成田コースだった。

 しばらく進み、成田東公園に立ち寄った。

 ここにはトイレがある。長い距離を歩くときには、こういう場所を把握しておくことも大切だった。

 用を済ませ、再び歩き出した。

 成田の道を進み、成田せせらぎ緑道へ向かう。

 緑道に入ると、街の中を歩いているときとは、空気が少し変わったように感じられた。

 ここは、安らぎを感じる場所だった。

 木々があり、水が流れている。

 耳を澄ませると、水音が途切れることなく聞こえてくる。

 自分は歩く速度を落とした。

 ここまで歩いてきた足の具合を確かめる。膝に強い痛みはない。まだ歩けそうだった。

 それでも、疲れがないわけではない。

 自分は、しばらく休憩することにした。

 水の流れる音を聞きながら、これから歩く道のことを考えた。

 大清水から成田へ。

 そして、この先には大沢のコースがある。

 別々に歩いていた道が、少しずつつながっていく。

 それが、少しうれしかった。

 休憩を終え、時計を確認した。

 22時46分。

「さて、行くか」

 せせらぎ緑道を進み、成田のけやき通りに出た。成田交番の近くだ。そのまま横断歩道を渡り、いちょう通りへ向かう。

 あとは自宅へ戻るだけだった。

 歩きながら、急に空腹を感じた。

「お腹すいた」

 これだけ歩けば、腹も減る。

 家に帰ったら、まずは何か食べよう。それから映画でも見て、少し休んでから大沢のコースへ出ればいい。

 午前3時ごろ。

 それくらいなら、まだ歩けるだろう。

     *

 食事を済ませ、映画を見ているうちに、時間は過ぎていった。

 午前3時近くになり、自分は再び身支度を整えた。

 今度は大沢のコースだ。

 玄関を出ると、夜の空気が肌に触れた。4月下旬。雨は上がったものの、まだ少し肌寒かった。

 歩き始める。

 大沢イオンのあたりまでは街灯が整備されていて、ライトがなくても歩ける。道路も広く、歩道も比較的広かった。

 その歩道を進んでいく。

 車通りは、思っていたよりあった。

 多いわけではない。それでも、この時間に動いている人たちが意外といるものだと思った。

 通る車は、どれも結構な速度で走っていた。

 深夜だからだろうか。

 車の音が近づき、あっという間に横を通り過ぎていく。

 雨上がりの路面は、まだ完全には乾いていなかった。街灯の光が、その一部を照らしている。

 自分は歩道の端を歩きながら、車との距離に注意を払った。

 歩道が広いからといって、安心できるわけではない。

 もし車が突っ込んできたら。

 そう考えると、少し怖かった。

 自分は前を見て進んだ。

 やがて、向こうから人影が近づいてきた。

 歩いている人だった。

 こんな時間に、自分以外にも歩いている人がいる。

 すれ違う瞬間、互いに少しだけ距離を取った。相手もこちらに気づいているようだった。

 そのまま通り過ぎた。

 イオン大沢まで来た。

 次の交差点を右に進む。そのまま下り坂を道なりに行くと、ぐるっと回るようにして、今度は上り坂になり、イオン大沢の通りへ戻ってこられる。

 道なりに進み、ケーズデンキのある交差点まで来た。

 ここを左に曲がる。

 走ってくる人がいた。

 時計を見ると、4時少し前だった。

 足音が一定のリズムで近づいてくる。ランニングをしているらしい。暗がりの中で、相手の表情までは分からなかった。

 その人は、自分の横を走り抜けていった。

 こんな時間から走り始める人もいるのか。

 自分は、その後ろ姿を少しだけ目で追い、再び歩き始めた。

 国道4号の手前を右に曲がる。

 そこから先は、様子が変わった。

 道は暗く、ライトなしでは歩きたくない。結構な上り坂だった。

 左側には、広大な空き地が広がっている。国道4号と、この道の間にある土地だ。

 以前は大手の宅配会社の建物があった。その会社が近くの明通へ移転し、次に入った半導体関連の大手企業も、明通へ移転した。今は広い空き地になっている。

 そんなことを思いながら、坂を上った。

 上りきると、道は少し下りになり、やがて国道4号に出た。

 車の音が途切れない。

 走ってくる車は、かなり速かった。100km/hを超えているのではないかと思うような速度で通り過ぎていく車もある。

 ライトを持っていなければ、ここを歩くのは難しい。

 自分はライトを明るくし、車から見えるように意識しながら歩いた。

 居眠りや、ちょっとしたハンドル操作の誤りで、車がこちらへ向かってきたら。

 そう考えると、背筋が冷たくなった。

 できるだけ周囲に注意を払いながら、先へ進んだ。

 やがて、マツダのディーラーが見えてきた。

 この裏から、階段を上れば上桜木第一公園へ行ける。そのすぐ裏手には水道山があり、そこへ向かう道路もマツダの裏側にあった。

 ここまで来れば、自宅はもうすぐだった。

 時計を確認する。

 夜中の4時。

 歩いている人がいる。

 走っている人もいる。

 道路を走る車もいる。

 それぞれが、それぞれの理由で、この時間を過ごしていた。

 自分は、家へ向かって歩き続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。