07 食堂
食後、食器を洗いながら、私はフォルに話しかけた。
「ねえ、フォル。私、お昼だけ食堂を開けてるの。町の人に、料理を出すお店だよ」
私が食堂を開いているのは、正午からの短い時間だけだ。
本当はリュシアンさんたちが王都に行くときに、食堂を開くのは難しいからしばらく休業にしようという話だった。だが、町の人たちから『ユーナちゃんのごはんを食べると、なんだか元気になるからお昼だけでも!』と言われてしまった。
困惑しつつも、リュシアンさんは条件を三つだけ決めた。
一つ、夜は開けないこと。
一つ、お酒は提供しないこと。
一つ、必ず誰か見回りに来ること。
この三つの取り決めのもとで、私は昼だけの簡易な食堂を開くことになったのだ。
「ほんと!? ボクもやる〜!」
フォルは元気いっぱいに手を挙げた。
「うーん、じゃあ……お皿を並べたり、お水を出したりかな?」
「わかった! ボク、がんばる! ……そうしたら、またユーナのごはんたべてもいい?」
フォルは小さな胸をめいっぱい張っている。
その姿に、「もちろん」と答えながら、私の口元も緩んだ。
昼の鐘が鳴り終わるころ、小さな食堂にはぽつぽつと人の影が集まり始めていた。
「いらっしゃいなの〜!」
元気な声でそう言ったのは、エプロン姿のフォルだった。
まだ少し丈の長い布地をぎゅっと結んで、慎重におぼんを抱えている姿は、まるで小さな店員さんだ。
ちらちらと様子を見守る私に、フォルはにこっと笑って、誇らしげに胸を張った。
「ボク、がんばるの!」
「ふふ、頼もしいな。無理しないで、重かったら言ってね」
そう声をかけたちょうどそのとき、扉の向こうから明るい笑い声が響いた。
「ユーナちゃん、今日もいい匂いだねぇ!」
「おやまあ! 新しい看板息子さんかい?」
近所のおばあちゃんたちが、手をふりながら店に入ってくる。
フォルは少し緊張したように背筋を伸ばして、お皿をそっとテーブルに置いた。
「こんにちは、どうぞゆっくりしていってください、なの!」
「まぁ〜! なんて可愛らしい子!」
「あらあら、しっかりしてるじゃないの。あたしの孫にも見習わせたいわ」
数人のおばあちゃんたちに囲まれ、頭をなでられ、ほっぺをつつかれ――フォルは目をぱちぱちさせて、ちょっと困ったような笑みを浮かべている。
おばあちゃんたちがわいわいと盛り上がっているうちに、今度は子どもたちが駆け込んできた。
「わあ、あの子、お店手伝ってるの?」
「ねえねえ、名前は? 何歳?」
「ボクはフォル! ユーナがたすけてくれたんだ!」
フォルの自己紹介に、子どもたちが「へええ!」と目を輝かせる。
いやえっと、嘘ではない。本当だけれど、それが竜の姿だったんだけどな……?
「なんかすっごい銀髪だし、かっこいいな!」
「僕より年下かと思ったのに、ちゃんとお手伝いしててすごいねえ!」
ほめられて、照れたように頬を赤くするフォル。
その琥珀色の瞳がくるくると動いて、嬉しそうに、ちょっぴり誇らしげに輝いていた。
「ユーナちゃん。この子、どうしたんだい?」
その様子を見ていた常連客のオンケルさんが、私に声をかけてくる。
オンケルさんはミレスタの町長だ。気さくで穏やかな人だけれど、町のこととなると目つきが変わる。リュシアンさんの古い友人でもあって、私がこの町で暮らすことになったときも、何かと気にかけてくれていた。
フォルのこと、なんて説明しよう。そう思ったけれど、見たまま説明するしかない。
「あの子たちが言ってたとおり、森で倒れてたところを私が見つけたんです。身よりもないみたいなので、今はちょっとだけうちで一緒に暮らしていて……」
「おやまあ、そうなのか」
オンケルさんは目を丸くしてフォルを見る。
「銀髪か……この辺では見かけない子だね。フォルくんと言ったか? どこから来たのかわかるかね?」
「おやまから!」
「山? 一人だったのかい?」
「うん! そうしたらユーナにあえたの!」
「役所の方で、迷子の届が出てないか調べてみるよ。その間、どこかで保護を――」
そこまでオンケルさんが話したときだった。
「やだっ」
何かを察したらしいフォルが、勢いよく私の服を掴んでぎゅうっとしがみついてくる。
「いかない。ユーナのとこにいる!」
頬を押しつけるみたいに抱きつかれて、私は息を呑んだ。
軽い体なのに、やはり力が強い。離されるのが怖い、と全身で訴えている。
「フォル、大丈夫だよ」
なだめようとしたけれど、言葉より先に腕が動いていた。背中に手を回して、そっと抱きとめる。
オンケルさんはその様子を見て、困ったように眉を下げた。
「……そうか。よほど怖い思いをしたんだね」
私も頷くしかなかった。
フォルのことはまだ何も分からない。だけれど、あのボロボロだった姿を見てしまったから、ここで別の人に任せて終わりにしたくない。そんな感情が心の奥底から湧き上がってくる。
「オンケルさん。フォルの家族が見つかるまで、私がこのまま預かってもいいでしょうか?」
「ユーナちゃん、でもねえ……」
「食堂も家も、鍵はきちんとかけます。困ったことがあったらすぐ相談します!」
必死になってそう言うと、オンケルさんはしばらく考えるように口元に手を当て、それから深く頷いた。
「分かった。無理に離すのは逆効果だろう」
優しい声なのに、町長の判断としての重みがあった。
「ただし、約束はしておくれ。困ったことがあったら、きちんと話をしよう。君だけで抱え込むことじゃない」
「はい」
私が返事をすると、フォルはまだ腕の中で小さく鼻を鳴らし、ようやく顔を上げた。
「ユーナ、いいの?」
フォルが不安そうに私を見上げる。
「うん。一緒にいられるみたい」
「わあ!」
そう答えると、フォルの表情がぱっと明るくなった。
オンケルさんはその様子を見て、まだ少し心配そうな顔のまま、ゆっくりと腰を落としてフォルの目線に合わせる。
それから、大きな手でフォルの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「いい子にしているんだよ」
「うん!」
穏やかな声と一緒に、指先が髪を整えるみたいに優しく動く。
フォルは一瞬きょとんとしたあと、くすぐったそうに目を細めた。
胸を張るフォルを見て、オンケルさんは小さく笑う。
それから私の方を見て、念を押すように言った。
「ユーナちゃんも、無理はしないこと。何かあったら、必ず言うんだよ」
「はい。ありがとうございます」
そのやり取りが終わった途端、フォルがまた私の服に飛びついてきた。
「ユーナだいすき!」
ぎゅうっと力いっぱい抱きついてくるので、私はよろけそうになる。
慌てて支えると、フォルは満足そうに頬をすり寄せてきた。その仕草に、胸がきゅんとした。かわいい。かわいすぎて、あたたかい気持ちがじんわりと広がっていく。




