↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/9

06 とろけるチーズ

 朝の光が、カーテン越しにゆるやかに部屋へと差し込む。

 ぽかぽかとした温もりに目を細めながら、私は布団の中で小さく伸びをした。


 ……あれ? なんだか、すごくあったかい。

 ふと隣を見ると、銀髪の少年――フォルが私の腕に抱きつくようにして眠っていた。まるで子犬みたいに、すうすうと穏やかな寝息を立てている。


(昨日のこと、夢じゃなかったんだ)


 森で倒れていたこの不思議な子を助けて、一晩が経った。

 ほんの一日で、ずいぶんと世界が変わった気がする。


 それでも、フォルの寝顔を見ていると、不思議と不安はなかった。


「フォル、起きて。朝だよ」

「ん〜〜〜」


 優しく声をかけると、銀色の髪がぐしゃぐしゃになったまま、フォルが欠伸混じりに顔を出した。琥珀色の瞳が眠たげに細められ、まるで陽だまりの猫のようにくしゃっとした笑みを見せる。

 ぼんやりした顔で私を見上げたあと、フォルはふにゃりと笑う。


「おはよ、ユーナ。……えへへ、ボク、ふかふかだいすき!」

「ふふ。ぐっすり眠れてよかった」


 フォルはうんうんと力強くうなずくと、むくりと体を起こして、顔をこすった。


「おなか、ぺこぺこ〜……」

「はいはい、朝ごはんにしようね」


 そんなやりとりも、幸せだった。

 小さな家に子どもの声が響くだけで、こんなにあったかくなるなんて――


「よし、庭の鶏から卵をもらって来ようっと」

「ボクも行く!!!」


 そう言って、二人で裏庭の鶏小屋へと向かう。庭の一角にある簡素な木造の小屋には、数羽の鶏が朝日を浴びてのんびりしているはずだった。

 ――けれど。


「……あれ?」


 私が鶏小屋の扉を開けた瞬間、ばさばさっ、と羽音が上がった。

 数羽の鶏が、まるで何かに怯えるように奥の隅へと一斉に逃げてしまう。


「ど、どうしたんだろう……?」


 いつもはこんなことないのに。

 私が首をかしげると、隣にいたフォルが、きょとんとした顔で鶏たちを見つめた。


 そして、ぽつりとつぶやく。


「……あ。ボクがいるから、かな」

「え?」

「こういうの、時々あるんだ。小さい動物とか、ボクのこと見るとびっくりして逃げちゃったり、震えちゃったり……」


 そう言って、フォルはしゅんと肩を落とした。


「小さいものたち、かわいいからさわってみたいのにな」


 私は、フォルの横顔を見つめる。

 銀の髪が、朝の光を受けてやわらかく揺れていた。


(そっか。竜なんだもんね)


 こんなに幼くてかわいいフォルだけれど、本当は竜だ。

 動物の勘というかなんというか、そういうものを鶏たちは敏感に感じ取っているのだろう。


「フォル。じゃあ、ちょっとだけここで待っててくれる?」


 私は鶏たちをなだめながら、奥に転がっていた卵を数個拾い上げる。

 ふと振り返ると、フォルは小屋の前でじっと座って、私を見守っていた。

 琥珀色の目が、頼りなく揺れている。なんだかさみしそうだ。


 卵を籠に入れた私は、小屋の扉を閉め、しゃがみこんでいるフォルに歩み寄った。


「ありがとう、待っててくれて」

「……うん」

「さあ、次は畑に行こっか。スープに使うお野菜、いっしょに収穫しよう?」

「うん!」


 ぱっと顔を輝かせたフォルは、跳ねるように立ち上がる。その姿を見て、私は小さく息をつく。

 どうして竜のフォルがこうして一緒にいてくれるのか分からないけれど、せっかくだから楽しく過ごしてほしい。

 裏手にある畑は、今の季節、瑞々しい緑でいっぱいだった。


 トマトの赤がちらほらと実り始め、ランベルカ――ズッキーニに似た野菜――の太い葉の下には、黄色い花がこっそりと咲いている。

 不思議なことに、私が知っているような野菜がこの世界にもあった。


「うわぁ、葉っぱがでっかい!」

「踏まないように気をつけてね。あ、あの柔らかい葉の間に、にんじんが育ってるから」


 かごいっぱいに野菜を収穫したら、手をつないで家に戻る。

 キッチンに入ると、フォルはお手伝いの気満々で、ぴょこんと椅子によじ登った。


「ねえユーナ、なにをするの? ボクもやる!」

「うん。じゃあ、これを水で優しく洗ってくれる? 土が残らないように気をつけて」

「まかせて!」


 張り切るフォルの背中を見つめながら、私はにんまりと笑った。

 鍋に火を入れて、ベースのスープを煮立てていく。

 スープには干しきのこも加えた。溶いた卵を箸に伝わせて少しずつ鍋に入れていくと、ミモザの花が咲いたようになる。仕上げに刻んだ香草をひとつまみ。


 パンにバターを塗って、すりおろしたチーズをたっぷりと乗せた。あとは、竈の上の焼き板に並べてこんがりと焼くだけ。

 ほかほかの湯気とチーズの香りが、部屋中に広がった。

 器に注いで、木のスプーンを添える。チーズがとろけてパンに絡んでいる。


 フォルの目が、きゅっと丸くなった。


「さあ、どうぞ。やけどしないように、ゆっくりね」


 フォルはこくんとうなずいて、まずスプーンを手に取った。そっとひとくち。

 とたんに、その頬がふにゃりと緩む。


「……あったかい。おいしい!」

「よかった」


 私は胸をなでおろす。


「おいしい……っ、はっぱって、こんなに甘いの!?」

「そうよ。ちゃんと煮込むと、優しい味になるの」

「ボク、これ大好き! パンも、チーズがとろーってしてて……んふふっ、あったかい!」


 竜って普段何を食べているんだろう?

 フォルに聞いてみようと思ったけど、やめた。

 肉食獣みたいに、鹿とか鳥とか……って言われたら、なんだか今のフォルの姿と違いすぎて混乱してしまいそう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。