↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
36/40

29 特別な力

「クロードさん……!」


 叫んだ声は震えていた。剣を握る指が強張り、呼吸が荒れているのが分かる。


「大丈夫だ、ユーナ」


 私を安心させようとするその声はいつも通りだ。だが、剣を握っていたはずの手はだらりと下ろされ、血が流れ続けている。


(どうしよう、このままじゃ……!)


 胸の奥に、冷たい感覚が広がる。私とフォルと子どもたちを背中に守ったままでは、クロードさんは圧倒的に不利だ。

 泣きそうになりながら前を見ると、地面には私がクロードさんに渡した携行食が落ちていた。尾がぶつかった衝撃で、散乱してしまったのだろう。


『ユーナちゃんのごはんを食べると、なんだか元気になる』

『ユーナちゃんの飯を食ったら二日で治るさ!』

『君の料理には、おそらく加護に近い力が宿っている』


 ふいに、これまでもらったいろいろな言葉が頭をよぎった。

 そんな力があるなんて、これっぽっちも信じられない。


 私は料理が好きな普通の高校生で、ただこの世界に迷い込んでしまっただけだ。

 でも。


 もし本当に、私にそんな力があるのなら。


(私に特別な力があるのなら。こういうときに、誰かを守れる力が欲しい……!)


 心の底から湧き上がった感情が、身体を満たしていく。

 そのとき、視界が白く弾けた。


「……え?」


 自分の声が、やけに遠く聞こえる。光が外へ外へと噴き出すように私の身体から広がっていた。腕も、指先も、輪郭がぼやけるほどの眩しさに包まれる。


「ユーナ……!?」


 クロードさんの声が聞こえた。彼は完全に目を見開いていた。剣を構えたまま、その動きが止まっている。

 私は自分の両手を見下ろす。


(さっきの願いが、叶ったのかな……?)


 どうしたらいいかなんてわからない。

 ただ、そうなればいいなと願いながら、私は震える手を伸ばし、クロードさんの負傷した腕にそっと触れた。

 触れた瞬間、熱とも冷たさともつかない感触が、掌から一気に広がる。


「……っ」


 知らない感覚に、息を呑む。

 クロードさんの患部が、まぶしさに目を細めるほどの白く澄んだ光に包み込まれる。

 傷口から滴っていたであろう赤黒い血は、もうなくなっていた。


 青白かったクロードさんの顔色もよく、呼吸も整っていく。


「血が止まった……?」


 目の前の出来事が信じられずに、私は何度も瞬きをした。

 クロードさんも同じように、自分の腕を見下ろしている。剣を握る指を動かし、確かめるように手首を返した。


「傷がなくなっている」


 困惑と驚きが、その低い声に滲んでいた。


「わ、私……なにをしたんでしょう?」


 混乱で言葉が追いつかない。治そうとしたわけでも、方法を知っていたわけでもない。ただ、助かってほしいと強く思っただけだった。

 それなのに、光は確かに応えた。

 クロードさんは、ゆっくりと私を見た。その瞳は驚愕に見開かれている。


「……ユーナ。今のは……」


 言葉を探すように、彼は一度息を吸った。

 だが、背後で空気がきしむような音が鳴る。

 光に反応した魔獣が、こちらを向いているのが分かる。重たい視線が、私に突き刺さる。


 そうだ。まだ、終わっていない。

 私はごくりと喉を鳴らし、無意識に一歩下がった。


「下がっていろ、ユーナ」

「は、はい」


 クロードさんは、はっと我に返ったように前へ出た。さっきまでの負傷が嘘のように、踏み込みは力強い。それでも、私たちを背にかばう位置に立とうとする動きは変わらない。

 発光が収まらない私は、子ども達のところに後退りをする。


「あれ、フォル……?」


 周囲を確認すると、さっきまで地面にうずくまっていたフォルが立ち上がっていた。

 フォルはゆっくりこちらを振り向いた。その赤い瞳は、まっすぐに澄んでいる。

 私と同じ光が、フォルの身体を淡く包んでいた。


「グオオオオオオン!!」


 それを見た瞬間、魔獣が低く唸った。警戒でも威嚇でもない。どこか怯えたような、そんな人間味のある顔をしていた。

 フォルはゆっくりと足元の土を踏みしめながら、魔獣の方へと進んでいく。

 止めないといけない。頭ではそう思うのに。何か神々しいものを見ているようで、声にならない。


 風が、逆向きに流れ始める。

 草がざわめき、空気が震え、さっきまで私を包んでいた光とは質の違う、もっと鋭く、もっと圧のある気配が広がっていく。


 小さな背中が、ひどく大きく感じられた。


「ボクのかぞくに、てをだすな」


 フォルの声は幼いままなのに、空気を切り裂くような強さを帯びていた。

 次の瞬間、彼の身体を中心に、まばゆい光が爆発するように広がる。白銀の輝きが森を満たし、思わず目を伏せたくなるほどの光量が、影という影を押し流していった。


「っ!」


 風が渦を巻き、土と葉が舞い上がる。目を開けていられなくて、私は咄嗟に腕で目を覆う。

 なんとか薄目を開けたその光の中で、フォルの小さな輪郭がほどけるように変わっていく。

 幼子の姿は次第に引き延ばされ、やがて、硬質な輝きを帯びた銀の鱗が一枚、また一枚と連なって現れた。


 そこに立っていたのは、銀色の竜だった。

 月光を凝縮したかのような銀の鱗に覆われた巨大な身体。天を衝くように広がる翼が、ひと振りされるだけで森の空気を震わせる。咆哮が放たれると、それは音というより衝撃となって胸に叩きつけられ、遠くの木々が一斉にざわめいた。

 竜の尾が大きくしなり、次の瞬間、聖なる炎がほとばしる。熱はあるはずなのに、不思議と焦げた匂いはしない。ただ、圧倒的な浄化の気配だけが満ちていた。


 炎は一直線に魔獣を包み込み、逃げ場を与えない。


「ギィ――……」


 それは悲鳴というより、喉の奥から漏れ落ちた音のようだった。

 獣のものとも、人のものともつかない、不自然な響きだけを残して、声は途中で途切れる。黒い身体は光の中で輪郭を失い、抵抗する間もなく崩れ落ちていく。やがてそれは灰となり、風にさらわれるように静かに消えていった。


(終わった、のかな?)


 森に残ったのは、熱を帯びた風と、ゆっくりと沈んでいく光だけだった。

 眩しさが和らぎ、視界が戻ると、そこにはもう竜の姿はない。

 代わりに、力を使い果たしたように、小さな身体がふらりと揺れる。


「フォル!」


 駆け寄った私の胸に、フォルはそのまま倒れ込んできた。体温を確かめるように抱きしめると、いつもの軽さと、いつものぬくもりが確かにそこにある。


「ゆーな、だっこ〜……」


 力の抜けた声を聞いた途端、張り詰めていたものが一気にほどけた。私はそのまま彼を抱きしめ、堪えきれずに涙をこぼす。怖かったことも、不安だったことも、全部まとめて溢れてしまった。

 少し離れた場所で、クロードさんがゆっくりと立ち上がる。剣を下ろし、深く息を吐いてから、空を見上げていた。

 横顔には、まだ戦いの緊張が残っている。それでも、その視線の先には、確かな安堵が滲んでいるように見えた。


 しばらくして、控えめな声が背後から聞こえてくる。


「……あれ、りゅう、だったよな」

「でっか……」

「ユーナねえちゃん、ひかってた……」


 振り返ると、子どもたちが木のそばに寄り添うように立っていた。泣き腫らした目のまま、呆然と森の奥を見つめている。

 誰も、大きな声は出さなかった。ただ、現実を確かめるように、ぽつりぽつりと呟くだけだ。


 そのとき、森の外から慌ただしい足音が重なって聞こえてきた。

 枝を払い、草を踏みしめる音が近づいてくる。


「ユーナちゃん!」

「おーい、クロードくん。無事かい?」


 先に姿を見せたのはオンケルさんだった。険しい顔で辺りを見回し、私と子どもたち、そしてクロードさんの姿を認めると、息を詰めていたのを吐き出す。

 その後ろから、騎士たちに囲まれてレオンハルト殿下の姿も現れた。


「……間に合わないかと思ったが」


 殿下はそう呟き、辺りを見渡して言葉を切った。

 森の一角には、黒く焼けた土と、炭のように崩れた木の根が残っている。強い熱が通り抜けた痕跡だけが、ここで起きた出来事を無言のまま語っていた。


 そして、その視線は、私の腕の中で眠るように力を失ったフォルへと移る。

 小さく、息を呑む音。

 誰もが、何が起きたのかを完全には理解できていない。


 けれど、この場に漂う空気だけは、はっきりと告げていた。

 ――確かに、ここで“何か”が起きたのだと。


「この地点で高位魔獣のマンティコアを確認しました」


 静寂を破ったのは、クロードさんだった。

 剣を収め、淡々と一歩前に出る。


「危険と判断したため、退治しました。以上です」

「いやいやいやいや。それで済ませようとするのは無理があるだろう?」


 間髪入れず、レオンハルト殿下が笑顔のまま突っ込んだ。

 肩をすくめつつ、焼け跡と子どもたち、そして私たちを順に見回す。


「……あとでちゃんと話を聞くからね?」


 クロードさんは一瞬だけ視線を逸らし、短く息を吐いた。


「……承知しました」


 そのやり取りを聞きながら、私はフォルを抱いたまま、子どもたちに声をかける。


「もう大丈夫だよ。おうちに帰ろう」


 泣き腫らした顔で、子どもたちはこくこくと頷いた。


「ユーナちゃんも、子どもたちと一緒に診療所へ行こう。フォル坊も」


 オンケルさんが、優しくそう言ってくれる。


「はい、わかりました」


 私はその言葉に甘えて、フォルを抱き直した。

 クロードさんは調査隊の方へ向かい、殿下や騎士たちと共に状況確認に加わるらしい。


(あ……)


 別れ際、クロードさんと一瞬だけ視線が合った。

 お互いに何も言わなかったけれど、ぺこりと会釈しただけで十分だった。

 森を離れる頃には、張りつめていた空気も少しずつほどけていく。


 まだ不安は残っている。それでも、こうして歩いて帰れることが、何より嬉しい。


「さあ、町に帰ろう」


 私は子どもたちとフォルを連れて、静かになりつつある道を家へと戻ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍のお知らせ】
“ alt=
■ 『ボロボロの仔竜に懐かれたので、おいしいごはんでふくふくにします!~ひとりぼっちな三人が本当の家族になるまで~①』
MFブックス様から書籍が発売されます!加筆ももりもり、レオンハルト視点の特別編も収録されています。
★★★他の連載作品もよかったら!!!★★★
『没落令嬢ミレイユの想定外な逆転婚 〜過保護すぎる侯爵様と始めるしあわせな溺愛生活〜』
・全て奪われた没落令嬢が幸せを掴むお話
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。