24 王家の馬車
ばたばたと逃げていった子どもたちの余韻がまだ残っているところへ、今度は入口の扉が軽く開いた。
「こんにちはー!」
顔を出したのは、見回り帰りらしい若い冒険者だった。肩に弓を下げ、額にはうっすら汗がにじんでいる。
「子どもたちが、食堂にモンスターが出たーって騒いでましたが……?」
きょろきょろと中を見回して、不思議そうに首をかしげる。
「いえ、モンスターは出ていません」
私がそう答えると、冒険者は「そりゃそうだ」と頭を掻く。
(もしかしてあの子たち、クロードさんのことをモンスターだと……?)
そう思ってクロードさんをこっそり見たら、パチリと目が合ってしまった。
どことなく気まずそうな顔をしているように思う。全くもう、子どもたちったら。
「出ていない」
クロードさんが淡々と言う。
「そ、そうですよねー!」
若い冒険者はからっと笑う。
「いやあ、びっくりしましたよ。すごい勢いで走ってくるから、何事かと」
そう言いながら中へ入りかけて、ふと思い出したように「あ」と声を上げる。
「そうだ、ついでに伝えておこうと思って」
「何かあったんですか?」
私が聞き返すと、彼は声を少しひそめた。
「さっき、街道の方で見張りしてた連中が言ってたんですけど。王家の紋章が入った馬車が、こっちに向かってきてるらしいですよ」
「王家の?」
思わず聞き返す。
「はい。護衛もついてて、かなり立派なやつです。こんな辺境に何の用だって、みんな首かしげてました」
軽い調子ではあるけれど、内容は軽くない。
私は反射的にクロードさんを見る。
クロードさんは表情を変えないまま、わずかに視線を細めただけだった。
その人は「またあとで来ます!」と言って立ち去り、食堂はまた静けさを取り戻す。いつもならそろそろお客さんが集まってくるはずなのにこんなに静かなのは、先ほどのことが関係しているのだとすぐに分かった。
通りの方からも、いつもとは違うざわめきが届いてくる。
クロードさんが入口の方へ視線を向けたまま、低く言った。
「……様子を見に行ってもいいだろうか」
「私も行きたいです」
確認するような声に、私は自然とそう答えていた。
ただならない雰囲気だ。それに、王都に行ったリュシアンさんたちが乗っているかもしれない。
「本来なら、ここにいた方が――」
「ボクもいく!」
元気な声が弾ける。
フォルが椅子からぴょんと飛び降り、そのまま入口へ一直線に走った。
「え、フォル!?」
小さな手が扉を押し開け、ぱあっと外の光が差し込む。
「おそと、なんかきてる!」
振り返りもせず、そのまま通りへ飛び出してしまう。
「待って、フォル!」
私とクロードさんは、走っていくフォルを慌てて追いかける。
小さな背中が、人だかりの方へ向かっていく。
通りの先には、いつもより多い人影と、ざわめき。
人垣の手前で、ようやくフォルの肩に手が届いた。
「もう、急に飛び出したら危ないでしょ」
息を弾ませながらそう言うと、フォルはきょとんとした顔でこちらを見上げる。
「だって、すごいの、くるよ?」
小さな指が、街道の方をまっすぐ指していた。
つられて視線を向けた、そのとき。
ほどなくして、車輪の重たい音が、ガラガラと近づいてくる。
乾いた土を踏みしめる、重厚な響き。いつもの商人の荷馬車とは明らかに違う、重さと規模を感じさせる音だった。
ざわめきが、さざ波のように広がる。
「本当に来たぞ……」
「こんなところに、何用だろうか」
「やはり、何かあったんじゃ」
誰かが小さく呟く声が、幾重にも重なる。
その視線の先、通りの奥から現れたのは、濃紺の塗装が施された大きな馬車だった。側面には、金の縁取りで描かれた威厳のある紋章が刻まれている。
そしてその周囲には武装した騎士たちが馬に乗っている。
やがて馬車は、ミレスタの大通りの中央でゆっくりと速度を落とした。
「つよいひと」
フォルは私の手を握ったまま、じっとその様子を見つめている。
無邪気な顔なのに、どこか真剣な目だった。
(あっ、オンケルさんとバルガスさんだ)
二人がその馬車のそばに立っているのが、なんとか人の隙間から見えた。
周囲の町人たちも、距離を取りながら成り行きを見守っている。
皆が固唾を呑んで見守る中、やがて馬車の扉が開いた。
先に降りた従者が一歩下がり、道を空ける。ひとりの人物が姿を現した。
(わあ、綺麗な人……!)
陽の光を受けてきらめく金髪を後ろで束ね、旅装束でありながら仕立ての良さが一目で分かる装い。無駄のない動きで地面へ降り立つ。
整った顔立ちに、涼やかな目元。
場に立っただけで、空気が引き締まるような存在感だった。
彼は周囲を見渡し、最後にオンケルさんとバルガスさんへ視線を向ける。
同時に、周囲に控えていた騎士の一人が一歩前へ出る。
「フィルデンリア王国第二王子殿下、レオンハルト殿下であらせられる」
簡潔な名乗りが、通りに響いた。
ざわ、と人垣が揺れる。
何人かが慌てて頭を下げ、遅れて周囲もそれに倣う。
(……第二王子!? って、王子様ってこと、だよね)
私は目を瞬かせた。物語でしか知らない、王子様という存在。
「やあ、出迎えありがとう。ここがミレスタか、いいところだね」
けれど当の本人は、そんな反応に慣れきっているのか、どこ吹く風だ。
にこりと人好きのする笑みを浮かべると、張り詰めていた空気が少しゆるむ。
「この町でしばらく世話になるよ。堅苦しいのは苦手だから、気軽にしてくれると助かる」
気安い口調のまま、腰の小袋から巻物をひょいと取り出す。
「あ、そうだ。これ、陛下からの勅命書ね。形式だけのやつだから安心して」
軽い調子で差し出されたそれを、オンケルさんとバルガスさんが慌てて両手で受け取る。
金の封蝋に刻まれた王家の紋章を目にした瞬間、二人の表情が変わった。
「今回の目的は霊峰の調査と、魔力の乱れの確認。怖いことは極力しない方針だから、そんなに身構えなくていいよ」
そう言ってから、ふっと楽しそうに目を細める。
「それより、この町、なんだか美味しそうな匂いがしてるよね。旅の楽しみは食事だからさ。あとでおすすめ、教えてほしいな」
王族らしからぬ気さくさに、町の人たちの間に戸惑い混じりの苦笑が広がる。
人垣の向こうで、第二王子は勅命書を受け取ったオンケルさんに、ふと思い出したように声をかけた。
「あ、あとさ。この町にクロードくんが来てるよね?」
軽い調子なのに、なぜか周囲の空気がぴんと張る。
「彼とも話をしたいんだけど。いるんでしょ?」
その言葉に、オンケルさんがわずかに視線を巡らせる。
つられるように私も隣を見ると、クロードさんはいつになく険しい顔で、まっすぐレオンハルト殿下を見据えていた。
(王都での知り合いなのかな……?)
穏やかな町のざわめきの中で、そこだけが切り取られたみたいに静かだった。
王子の一行は町長の案内で宿へ向かい、人垣も少しずつほどけていった。
それでも通りには、いつもより落ち着かない空気が残っている。
「ユーナ、おなかすいた〜」
「食堂に戻ってごはんにしようか」
「やったあ! すぺありび〜」
フォルは覚えたての料理名を楽しげに口にしながら、石畳の上をぴょんぴょん跳ねるように歩く。
その後ろ姿に苦笑しつつ、私たちは食堂へと戻った。




