20 全部食べよう
「……そうだな!」
猟師のおじさんが、どんと机を叩いた。
「魔獣が出て怖ぇ怖ぇ言ってるだけじゃ、こっちだけ損だなあ!」
「そうっすね! どうせ狩るならここでうまい飯にしてもらいたいっす!」
木こりのお兄さんが笑って、周りもつられて声を上げる。
「高位魔獣なんて滅多に食べられないですもんね。味もちゃんと魔獣図鑑に書き加えておきたいですし、珍味ならば狩猟ギルドにも通達をして集めたいですし、そうしたらもしかして、新たな販路が開けるかも……!?」
ギルドのお姉さんはメガネの弦を摘んで、何かの算段を立てているみたいだ。
みんなの期待のこめた目が向けられ、私はぐっとお腹に力を入れる。
「私が、全部美味しく調理しますね!」
そう答えた瞬間、沈んでいた食堂の空気が、ぱっと明るく跳ねた。
「よおし、決まりだ!」
「こっちからガンガン狩って、ユーナちゃんにうまい飯にしてもらうぞ!」
「おーっ!」
声が重なって、店の中が一気に明るくなる。
「怪我はしないでくださいね。とっても危険だと聞いていますから」
私は念を押すように言いながら、手元の皿を拭く布を握り直した。明るい雰囲気になったことは嬉しいけれど、昨日クロードさんの帰りを待つだけであんなにハラハラしたのだから。
「ユーナちゃんの飯を食ったら二日で治るさ!」
「食堂のご飯食べてたら、風邪ひかなくなったっスよ」
「分かります、お肌の調子もとてもいいです」
笑い声が広がって、誰かが軽く机を叩いた。
心配事は消えていないはずなのに、高位魔獣が美味しいかどうかと考えた途端、みんなの目がきらきらし始めた。こういうふうに冗談を言い合える強さが、この町の人たちらしい。
私は困ったように笑いながら、空になった皿を下げていく。
次の料理を運ぶ準備をしていると、猟師のおじさんがぐいっと身を乗り出して、豪快に声を上げた。
「そうだよ! 今ならこのクロ坊がいるんだからよぉ!」
その言葉が飛んだ瞬間、何人かが一斉に振り返って、食堂の隅にいたクロードさんを見た。
クロードさんはちょうど木皿を重ねていた手を止め、ほんの少しだけ目を伏せる。
「そっスね! 聖騎士様がいるなら百人力っス!」
「あ〜んなに小さかったのに、立派になって帰ってきて……うれしいねえ」
「クロードさんが来てから、町の空気も締まりましたよね」
ギルドの職員さんまで、頷きながら声を重ねた。
「先日の森狼も二角獣も、無類の強さだとお聞きしました。ギルド長が冒険者にスカウトするなんて滅多にありませんし!」
それは、大げさな持ち上げ方じゃなくて、この町で生きる人たちが本当に頼りにしているような言い方だ。実力を認められている。そのことに私まで嬉しくなってしまう。
その輪の中心にいるはずのクロードさんは、急に手持ち無沙汰になったみたいに指先を動かしてから、やっと短く息を吐く。
「……皆さん、買い被り過ぎです」
いつもの低い声だったのに、その返し方だけは少しだけ頼りない。
クロードさんはどう受け取ればいいのか困惑しているようだ。きっと王都にいる聖騎士という立場はすごく立派なのだろう。それなのに、彼はどこか寄る辺のない子供のように見えた。
フォルがその空気に気づいたのか、椅子の上で身を乗り出して、得意そうに叫んだ。
「クロード、つよいよ! ボクもしってる!」
「そうだよなあ、フォル坊!」
「それに、ボクもユーナがつくるおいしいものたべたいのー!」
フォルのその一言で、店内がさらに沸いた。
「ははっ、食いしん坊は元気な証拠だ!」
「よし、次にすげぇの獲れたら、真っ先にユーナちゃんのとこへ持ち込むぞ!」
「わーい!」
フォルは嬉しそうにえへへと笑って、椅子の上で足をぶらぶらさせる。
店の中がまた笑いに包まれ、さっきより少しだけ大きな声が響いた。
その賑やかさに押されるように、私の中の迷いも薄れていく。
怖いものは確かに増えているのに、それでもこの町の人たちは前を向こうとしていて、私もそれを料理で支えられたら嬉しいな。
「……?」
私は次の皿を用意しながら、さっきまで黙っていたクロードさんの方をもう一度だけ見た。
クロードさんは、皆の笑い声からほんの少しだけ距離を取るみたいに視線を落としていた。
その横顔は神妙で、私は声をかけることができなかった。
結局、今日の食堂は最初の沈んだ空気が嘘みたいに、最後はみんな笑顔だった。
後から来た町の人たちも、『一番美味しい高位魔獣はなんだろう』『蛇っておいしく食べられるのかな?』とワイワイと盛り上がっていた。
きっとこれから、魔獣たちはギラギラした目で探されるんじゃないかな。
私はそのことに内心苦笑いしながらも、お客さんたちの背中を見送った。
――みんな、私の料理が楽しみだって言ってくれた。
魔獣を美味しく食べられるようなレシピがないか、お父さんのレシピノートを良く見直してみよう。ジビエ料理だと思えば、うん、いけるかもしれない。
この町の人が私のごはんを食べて元気になると言ってくれるのなら、頑張りたい。
そう思ったら、胸の中にぽっと灯りがともったような気がした。




