19 蒼角牛のグリル
「おいもっ、おいもっ」
畑で採れた野菜を籠に入れて、私はフォルと一緒に食堂へ向かった。
芋掘りを手伝ったフォルは満足そうに跳ねている。
クロードさんも後ろで荷物を持ってくれていて、籠の中には月蕪がごろりと並んでいた。
月蕪は、この辺りでよく採れる根菜で、丸くて大きい。白い皮はつやがあって、土を払うと月の光みたいに淡く輝く。
切ると中はみずみずしくて、火を入れると甘みが増すから、煮ても焼いてもおいしい。
今日は、これで何を作ろうかな。
そう考えているだけで、自然と足が前に出た。さっきまでのぎこちなさが少しだけ薄れていて、歩く足取りがほんの少し軽い気がする。
食堂に着くと、まず裏口から回って仕込みを始めた。
籠の中の月蕪を水で洗い、泥を落としていく。つやのある白い皮が、濡れるたびに光を拾って綺麗だ。
「ユーナ、これもあらう?」
「うん、お願い。冷たいから気をつけてね」
フォルは袖をまくって、真剣な顔で月蕪を両手に抱えた。少し大きすぎて、よたよたしているのがかわいい。
「新しい水桶はここに置いておく」
「ありがとうございます!」
クロードさんがサッと水を交換してくれて、滞りなく作業をすることが出来た。
月蕪は半分を薄切りにして、鍋で軽く下茹でする。もう半分は厚めに切って、ポタージュ用に。
それから肉屋のご主人から大量に頂いた蒼角牛と、朝のうちに用意しておいたパン生地を確認して、今日の献立を頭の中で組み直していく。
煮込んだ月蕪に塩を少し。仕上げにバターを落とせば、それだけで立派な一皿になる。
薄切りの方は、軽く炒めて甘みを引き出してからスープにするのもいい。
「いいにおい〜」
「フォルが採ってくれた星芋はガレットにするね。パリパリほくほくでとっても美味しいの」
「全部たのしみ〜!」
大人の椅子に座って足をブラブラとさせているフォルに笑いかけて、私は火を強めた。
鉄鍋の底から、じわじわと熱が上がってくる。
そして開店の時間が近づくころには、食堂の中に月蕪のやさしい香りが満ちていた。
いつものように椅子を拭いて、テーブルを整えて、看板を外に出す。
「いらっしゃいませ!」
「ませ〜!」
最初に入ってきたのは、猟師のおじさんと、木こりのお兄さん。それから、ギルドの職員さんや顔なじみの冒険者さんたちだ。
みんな挨拶を返してはくれるが、笑い方に覇気がない。
「五十年ばかり生きてきたが、こんなのは初めてだ」
「森に行くのも怖いッスよね〜」
「ああ、どうしたもんかねぇ……商売上がったりだ」
みんなの会話が耳に入ってくるたび、食堂の空気が少しずつ沈んでいくのが分かった。
私はそれを聞き逃さないようにしながら、顔だけはいつも通りに笑って、手を止めないように。
オーブンの中では、蒼角牛のグリルがじりじりと焼かれている。
表面の脂だけが先に透明になって、こらえきれずに肉の縁から落ちそうに揺れている。そこに、ローズの乾いた葉と砕いた黒胡椒を擦り込んだ香りが、熱にあぶられてゆっくり立ち上る。
――次はガレット。
細い千切りにした星芋に塩を揉みこみ、出てきた水分をぎゅっと絞る。
フライパンに薄く油を引き、その上に水気を絞った星芋を並べて火にかける。
カリッとさせるにはじっくり弱火が大切だとお父さんは言っていた。ヘラで縁を整え、ぎゅうぎゅうと押しながら焼いていく。
これで、芋の中のデンプンが作用して細切りの芋がくっつくんだって、言っていた。
料理をしていると、無心になれる。
聞こえてくる声はいつもお父さんとお母さんのもので。料理をしていれば、二人と一緒にいられるような、そんな気がした。
しばらくしたらお皿を使ってひっくり返して、また焼けるのを待つ。
それぞれの焼き上がりを待ちながら、私は客席の方へ耳を澄ませた。
「二角獣がウロウロしてるなんて、あんなのが山を降りるもんじゃねぇ」
「森狼もこれまで見た事ないくらいデカイんだと」
「聖竜様が怒ってるって噂もあるぞ……」
「ほんとに、次は何が出るんだか……」
心配そうな声が重なって、いつもなら賑やかなはずの食堂が落ち着かない空気に包まれている。
それでも。
「……それにしても、いいにおいだな」
ぽつりと落ちたその一言に、何人かが小さく頷いたのが見えた。
私はオーブンの扉を開け、蒼角牛のグリルを取り出す。熱がふわっと顔に当たり、香ばしい匂いが一気に広がった。
表面はこんがりと焼けていて、包丁を入れると肉汁がじんわり滲む。
切り分けて、皿に盛る。
横に、焼きたてのガレットを添え、月蕪はやわらかく煮たものを少しだけ添える。
白い根菜の甘い香りが、肉の匂いを邪魔せず支えてくれる。
「クロードさん、運ぶの手伝ってもらってもいいですか?」
「ああ、分かった」
私も急いで配膳に回る。出来たてを食べて欲しいもの。
「お待たせしました。蒼角牛のグリルと星芋のガレット、月蕪ソテーです」
「うお……相変わらずうまそうだな」
「不安な話してたのが馬鹿みてぇだ」
でも、湯気の立つ皿が机に置かれるたび、空気が少しずつ戻っていく気がした。
「高位魔獣って……やっぱり、どれも美味しいのかな……」
私がぽろりとこぼすと、客席の空気が一瞬だけ止まった。
木こりのお兄さんがガレットを切ろうとしていた手を止め、猟師のおじさんが咀嚼したまま目を丸くする。
ギルドの職員さんも、口に運びかけていたフォークを宙で固めた。
「……ユーナちゃん、今なんつった?」
「えっ、あ、すみません! 独り言でした……!」
慌てて手を振ったけれど、もう遅い。
皆の視線が、まっすぐこちらに集まっていた。
「いや、待て。気になるだろ」
「確かに、雷嘴鳥のやつだっけ。あれ……うまかったよなあ」
「コンフィってやつだろ? 俺、あんな肉の食い方知らなかったぞ」
「危険種なんて、そもそも食う発想がなかったわ……」
口々に言われて、私は小さく頷いた。
「他の魔獣も、調理次第ではすごく美味しくなるような気がして。あっ、もちろん、毒性のないものとかに限るとは思うんですけど!」
先日の一件を私は忘れていないことを、ギルドの人にも分かってもらわないと。そんな気持ちで慌てて言葉を添える。




