18 仲直りと収穫
朝、私はいつもより少し早く目が覚めた。
窓の外は淡い色で、庭の草に残った露が小さく光っている。空気はひんやりしていて、息を吸うたびに頭が冴えていくようだった。
起き上がった瞬間、昨日のことがまとわりつくように思い出されて、私は布団の端をきゅっと握った。恥ずかしすぎる。
「クロードさんを困らせちゃったよね……」
クロードさんを出迎えたあの瞬間、記憶がフラッシュバックして泣いてしまった。
私の記憶の中にいた父の姿と重なってしまったのだ。
いつもより早くお店の営業が終わって帰って来たお父さんに、いち早く気づいた私は玄関を急いで開けた。
そうしたらお父さんは、『こら優菜。危ないから確認せずに開けるのは不用心だぞ』と真剣な顔で言ったんだ。
その時は重要性がよくわからなかった私はお父さんにただ抱きついて、そのあと頭を軽く撫でてくれた大きな手の温度を覚えている。お帰りなさいもただいまも、何度も交わした挨拶だ。
でもあの声は、もう二度と聞けない。
そう思ったら、涙が止まらなくなってしまった。
「クロードさんも大変なお仕事のあとだったのに」
夕食はフォルがいたからなんとか乗り切ったが、一晩経ってみれば恥ずかしさと、情けなさと、どうしようもない気持ちが一緒に込み上げて、私は枕をバシバシと殴った。
討伐のお仕事は危険だからとおばさまたちも言っていて、私もクロードさんが無事に帰ってくるまで落ち着かなかった。
だからフォルが教えてくれた時に一目散に玄関に飛び出してしまったのも、今となっては恥ずかしい。きっと子どもみたいだっただろう。
しばらく布団の中で悶えていたけれど、フォルがお腹を空かせてしまう。
昨日もあんなにあった料理をペロリと食べてしまって、お腹が膨らんで芸術的なポンポコリンになっていた。
「……よし。今日もがんばろうっと!」
フォルのお腹のことを考えていたら、ちょっと元気が出た。
私は元気に伸びをして、キッチンへと向かうことにした。
「はあ〜〜〜〜〜〜〜」
私は畑で大きなため息をつく。結果から言うと、全然ダメだった。
朝ごはんはちゃんと作れたし、フォルもいつも通りもりもり食べてくれた。クロードさんも静かに食べて、食べ終わったら食器を運んでくれて、ちゃんといつも通りだった。
なのに私は、どうしても昨日の自分の涙を思い出してしまって、クロードさんと目が合うたびに変な間が空いて、話しかけようとしても口がからからになって、何を言えばいいのか分からなくなった。
食器を洗ってくれるというクロードさんに、お礼と家の隣の畑に行くことだけを告げ、逃げるみたいに外へ出た。
畑の空気は少し冷たくて、土の匂いが濃い。
私は膝をつき、雑草を抜く。抜いて、抜いて、また抜く。何も考えずに手を動かしていると、胸の中のざわざわが少しだけ薄くなる気がした。
「ユーナ〜!」
振り向かなくても分かる。フォルだ。
「どうしたの、フォル」
フォルは私の横まで来て、しゃがみ込んで、草を一つだけ摘んでみせた。
すぐ飽きたみたいに放してしまって、今度は私の顔をじっと覗き込む。
その目が、やけに真剣で、私は少しだけ肩がこわばった。
「ねえユーナ」
「なあに?」
「どうしてクロードとなかよくしないの? けんか?」
私は手を止め、指先に土がついたまま固まった。
フォルの声は無邪気なのに、質問だけは妙に真っすぐで、誤魔化す余地がない。
たぶん、私が思っている以上に、私は分かりやすい態度をとってしまっていたんだと思う。
「……けんかじゃないよ」
そう答えると、フォルはぱちぱちと瞬きをして、次に首をかしげた。
「じゃあ、なんで?」
「うーん……」
なんて言ったらいいだろう。
私は畝の上の小さな草を指でつまんで引き抜き、土を軽く払ってから、フォルの方に向き直る。
わざわざ畑に逃げてきたくせに、こうして説明するのはちょっと情けない。
「私ね、昨日、クロードさんの前で泣いちゃったでしょ」
「うん。ないてた」
フォルははっきり頷く。
私が思っているより、しっかり見ていたらしい。
「それが恥ずかしくなっちゃって……」
「ないたら、はずかしいの?」
「……ううん」
フォルの問いかけがあまりに素直で、私はすぐに首を振った。
恥ずかしいのは、泣いたことそのものじゃない。
「泣いたのはね、クロードさんに注意されたからじゃないんだよ」
「ちがうの?」
「うん。お父さんのこと、思い出しちゃっただけなのに」
言葉にすると、少しだけ呼吸が整っていく気がした。
あのとき私は、目の前のクロードさんを見ていたはずなのに、同時にもう帰ってこない父の背中も見てしまった。
「お父さんもね、昔、私が勢いよく扉を開けたときに、同じことを言ったの。危ないぞって」
「ふうん〜」
フォルは分かったような分からないような顔で、でも真剣に聞いてくれている。
「それで、クロードさんが同じことを言ったから……重なっちゃって。急に、悲しくなっちゃった」
「かなしかったの?」
「うん。無事に帰ってきてくれて嬉しかったのに」
どっちも本当なのに、うまく言い分けられない。
「それなのに、泣いちゃったことがクロードさんに申し訳なくて」
口にした瞬間、やっと自分でも腑に落ちた。
どうしてだろう。フォル相手だからか、言葉がするすると出てくる。
フォルはじっと私を見上げて、それから、ふんす、と鼻を鳴らすみたいに胸を張った。
「じゃあ、なかなおりできる?」
「……だから、けんかじゃないって」
笑ってしまうと、フォルはむむ、と少し口を尖らせる。
「でも、なかよくしないとだめ」
「うん、そうだね」
私は小さく頷いて、土のついた手を膝に置いた。
「じゃあ、ほら!」
フォルが急に立ち上がって、私の腕をぐいぐい引っ張る。
言われるままに顔を上げると、畑の入口のところに人影があった。
クロードさんだ。
背筋をまっすぐ伸ばして立っているのに、居心地が悪そうで、視線が一度だけふわりと逸れた。
そこにいるだけで、さっきまで自分の中で整理できたはずの気持ちが、また少しだけそわそわし始める。
「クロードさん、聞こえてましたよね……?」
クロードさんは小さく頷き、距離を詰めすぎないところで足を止めた。
「なにか手伝うことはないかと思って来たのだが……」
そう言ってから、クロードさんは少しだけ言葉を探すように間を置いた。
「昨日のことは、気にしなくていい」
「でも私、急に泣いてしまって」
「大切な人だったんだろう」
淡々とした声だった。
けれど、投げやりではなくて、変に慰めようともしていない。
ただ事実としてそう言っている感じが、逆に胸にすとんと落ちた。
フォルが私とクロードさんを見比べて、嬉しそうに笑う。
「ほら! なかなおり!」
「……うん」
私は小さく頷いてから、クロードさんを見上げた。
「昨日は、ごめんなさい。それから、ちょっと変な態度をとってしまいました!」
クロードさんは私を見て、次に少しだけ視線を落とした。
「俺も、言葉が足りないとよく言われる。これから俺の発言に不快な思いをしたら、教えてほしい」
その言い方はまだ少し固いけれど、逃げずにちゃんと向き合おうとしてくれているのが分かった。
心がすっと落ち着いていくのを感じる。クロードさんは誠実な人だ。表情には出ないけれど、きっと色々なことを考えているんじゃないか。自然とそう思えた。
お読みいただきありがとうございます!
今日から夜19時ごろの投稿とさせていただきます。
よろしくお願いします!




