16 雷嘴鳥のコンフィ
翌日。私は食堂の厨房に立っていた。
早朝からたくさん仕込んだ雷嘴鳥のコンフィは、大鍋ごと休ませてある。そのお皿に添えるための副菜、星芋のマッシュも準備済だ。
「ユーナ、かんばんだしていい?」
「ありがとう、フォル。助かるよ」
今日もフォルは食堂のお手伝いだ。
その後すぐに、ドアベルがチリンと揺れた。
まず現れたのは、オンケルさんだ。
相変わらず穏やかな顔をしているのに、今日は妙に足取りが軽い。
「おはよう、ユーナちゃん。噂を聞いてね」
「噂ですか?」
私が首をかしげるより早く、続けて扉が開いた。
ギルドの職員さんが数名、申し訳なさそうな顔で入ってくる。
「こんにちは、ユーナさん」
「昨日は、本当にご迷惑をおかけしました!」
鑑定をしてくれた人も一緒だ。彼らの視線が、カウンターの向こうの厨房に向いている。
雷嘴鳥のことを言っているのだろうとすぐに察しはついた。
「雷嘴鳥がまさか食べられるなんてねえ! これは来るしかないだろうと思ってね」
オンケルさんが満足げに頷いた。
「はい。怖い魔鳥だって聞いてましたしねえ」
「綺麗な状態で納品されることもまずありませんし」
「そもそも、食べようって発想がなかった」
「どんな味なんでしょう? 痺れるんですかね?」
ギルドの人たちも口々に言いながら、みんな席に座っていく。
今日はいつもより、開店直後の店内が賑やかだ。
雷嘴鳥はよっぽど珍しい食材らしい。
私は手際よく皿を整え、焼き色をつけた雷嘴鳥を盛り、星芋のマッシュを添えて出した。
湯気と一緒に香りが流れた瞬間、店内が少しだけ静かになる。
「こちら、雷嘴鳥のコンフィです」
「おお! おいしそうだ」
最初にフォークを入れたのはオンケルさんだった。
ひと口食べて、目を丸くする。
「おお。これはうまいなぁ……」
その反応に釣られて、周りの人たちも一斉に口へ運ぶ。準備をしている間に他のお客さんも集まり始めて、もう満員になりそうだ。
「肉が硬いんじゃないかと思ったのに、すっとほぐれる」
「香りがいい。なんだこれ」
「鳥なのに、さっぱりしてるのに満足感がある」
「うますぎる……!」
みんなの顔が次々にゆるんでいく。
その様子が嬉しくて、私は厨房の奥で小さく息をついた。
「こんな食べ方があるんだな……」
「いや、雷嘴鳥ってうまいんだな。これは発見だ」
「精肉ギルドに話を通すべきでは?」
「ああそうだな。これはすぐに取り組まないと」
「狩猟ギルドにも通達しないとな」
「すぐやりましょう。狩り尽くす勢いで」
「これ、午後からの仕事がんばれそうだ」
「なんだか力がみなぎる気がするよ」
笑い声が重なって、食堂がいつもより明るくなる。
みんなの雷嘴鳥を見る目がすっかり変わってしまったようで、あの鳥が少しだけ可哀想になる。それでも、美味しいと言ってもらえることは素直に嬉しい。
「ボクがね、とったんだよ〜!」
その端で、フォルが得意げに胸を張った。
ふんす、と鼻を鳴らして、誇らしそうにしている。
みんなは、フォルの頭を撫でたり、目尻を下げたりしながら、のんびりと笑った。
「おお〜そうかそうか、がんばったんだねえ」
「えらいえらい」
「お手伝いもできて偉いぞ、フォル坊」
誰ひとり、本気では信じていない。
幼い子の可愛い自慢話だと思っている顔だ。
それでもフォルは満足そうに笑って、さらに胸を張った。
「ボクがみつけたら、またとるんだ〜! ユーナにおいしいごはんにしてもらうの」
その姿に、私は思わず口元を押さえる。
かわいくて、可笑しくて、なんだか温かい。
カウンターの向こうで、フォルがまた元気よく「いらっしゃいませ!」と真似をしていた。
それにお客さんたちが笑って、店の空気がさらに柔らかくなる。
「ユーナ。これはもう洗っていいのだろうか?」
声のした方へ振り向くと、クロードさんがエプロン姿で流し台の前に立っていた。
大きな手に収まっているのは、さっき下げたばかりの皿だ。
「はい、大丈夫です。お願いします」
警備も兼ねて、食堂にいる間は手伝うと言ってくれて。
クロードさんは迷わず裏方を選び、皿洗い担当になった。
力加減が難しいらしく、昨日の練習ですでに皿が三枚犠牲になった。
そのときの、困ったような顔を思い出して、私はまた笑いそうになる。
「大丈夫ですか? 力、入りすぎてません?」
「問題ない。今日は、まだ割っていない」
低い声でそう言い切るのが、なんだか子どもみたいで。
私は頷きながら、店内に目を向けた。
食べ終えたお客さんたちは「また来るよ」と声をかけてくれて、椅子を引く音までどこか軽い。
フォルはみんなに褒めてもらってご機嫌で、誇らしげに胸を張ったままだ。
あたたかい料理の香りと、お客さんの笑い声に、お礼の言葉。
お手伝いをしてくれるフォルやクロードさん。
「……なんだか、懐かしいな」
ぽつりと零れた私の声は、忙しさに紛れるくらい小さかった。初めての一日なのに、そんな風に思うなんておかしいかもしれない。
それでも。私はその輪の中に自分がいることを、嬉しいと思ったのだった。




