14 おおきいとり
次の瞬間。空を旋回していた巨大な鳥が、糸を切られたみたいにぐらりと傾いた。
翼がばたばたと痙攣し、落ちる。
「――っ、風よ!」
クロードさんが地面を蹴り、前へ踏み出す。彼の指が宙を切った瞬間、風が唸りを上げた。落ちてくる巨大な鳥の影が迫り、緑色の障壁のようなものが地面と鳥の間に浮かび上がる。
刃みたいな嘴に放電する羽を持つ、岩の塊みたいに大きな鳥。その胴体がその障壁にぶつかり鈍い衝撃音がした。地面に直接落ちたわけではなくクロードさんの風魔法がそれを受け止め、勢いを削ぎ落としている。それでもその衝撃で、ぶわりと風が巻き起こった。
土と草の匂いが一気に立ちのぼり、木の葉がばらばらと揺れて、私の頬にも落ち葉が当たった。
私は息を止めたまま、呆然とその巨体を見つめる。
鳥の横にフォルが立ち、私を見て小さく首を傾げた。赤かった瞳は、いつの間にか元の色に戻っている。
「おおきいとり! とったよ、ユーナ!」
まるで、ベリーを見つけた時と同じような調子の声だった。
草が押し潰された場所に、巨大な鳥が横たわっている。羽の先からは、まだぱちりと小さな火花が散っていた。
「確認する。フォル、ユーナのそばに行くんだ」
クロードさんは剣を抜いたまま、倒れた鳥に慎重に近づいていった。私も木陰から出て、その様子を伺う。
フォルは「はーい」と返事をして、私の方へちょこちょこ戻ってくる。
「ユーナ、みてた? ボク、とりをとったよ」
ニコニコと笑いながら私の方へ駆けてきたフォルの身体は、突然糸が切れたみたいにぐらりと傾いた。
「えっ……フォル?」
私は慌てて両腕を伸ばす。フォルは私の胸にぶつかるみたいに飛び込み、ぽすんと力が抜けた。
「つかれたー」
かすれた声だった。さっきまであんなに元気にサンドイッチを食べていたのに、もう目をとろんとさせている。
「フォル、大丈夫? どうしたの?」
「……だっこ」
「うん、わかった」
小さな身体を抱き上げると、ぽてりと私の肩に頭を預けてきた。
ずしりと重みが増し、腕の中でフォルの身体から力が抜けていくのが分かる。
すぅ、すぅ、と愛らしい寝息が聞こえてきて、私は慌てて呼びかけるのをやめた。
「よしよし。今日は、いっぱい頑張ったんだね」
そう言って背中を撫でると、フォルは安心したみたいに、指先をきゅっと握り直した。
「雷嘴鳥は事切れていた。このままにしていると別の魔獣が集まって来るかもしれないから、すぐ町に――」
クロードさんが戻ってくる。その視線は私から腕の中へ移り、すぐに状況を飲み込んだみたいだった。
「眠っているのか」
「はい。『つかれた』と言ってそのまま寝てしまいました」
私はそう答えて、フォルを見た。
もちもちのほっぺを私の肩に寄せたフォルは、食べ物の夢でも見ているのか、口をもぐもぐと動かしながら幸せそうにしている。
さっき、あの大きな鳥のことを美味しいかどうか気にしていた。もしかして、もう夢の中で食べてしまっているのだろうか。
「……竜の力、か」
「え?」
クロードさんがぼそりと呟く。よく聞こえなかったので聞き返したけれど、クロードさんはそのまま何か考えているようだった。
「ひとまず、ベリー採取は中断して町に戻ろう。それでいいか?」
「はい。フォルもお布団で寝かせてあげたいですし」
「小さいとはいえ、寝たら重いだろう。俺が運ぼう」
返事をするより早く、クロードさんはフォルの身体をひょいと抱き上げた。そのまま左腕でフォルを支えると、フォルは小さく身じろぎしてから、またすぐに眠りに落ちる。
クロードさんは一度だけフォルの顔を確かめるように覗き込み、今度は雷嘴鳥の方へ視線を移した。
片手を前へ出す。
草がざわりと揺れて、空気の流れが変わる。
次の瞬間、雷嘴鳥の巨体が地面から浮き上がった。
「浮いてる……!」
風魔法だ。あの重そうな身体がフワフワと浮いている。
「このまま戻ろう、ユーナ」
「あ、はい……!」
私は慌てて籠を抱え直し、クロードさんの横についた。
鳥の影が草原の上をゆっくり滑るようについてくる。
最初はパチパチという音が聞こえていたのに、今はもう何の音もしていない。
「クロードさん、あの鳥って食べられるんでしょうか?」
クロードさんは歩幅を大きく変えず、私の歩きやすさを気にしているみたいに、ほんの少し速度を落としてくれた。
それでも私は息が上がってしまって、足元ばかり見て歩く。
「食べる……とはあまり聞いたことはない。そもそも滅多に現れない魔鳥で、俺も実物は初めて見た」
「そうなんですね……」
「いや、この町のギルドに持ち込めばなんとかなるだろう。可食部と素材に分けてもらえるはずだ」
食べられないのか。そう思って少ししょんぼりしてしまったのが顔に出たのか、クロードさんはそう言葉を続けてくれた。
「それは楽しみです。私も調理法を色々と考えておかなきゃ」
だって、フォルが楽しみにしていたもの。
当の本人はクロードさんの腕の中で満足そうに眠っている。
未知の素材に出会った高鳴りを抱えたまま、私たちは帰り道を急いだ。
想像よりずっと大きな鳥を連れて。
***
「これが可食部だそうだ。毒はないと判断された」
ギルドから戻ったクロードさんは、大きな包みをどさりと台の上に置いた。
布をほどくと、肉の塊がいくつも姿を現す。薄い灰色がかった赤身で、筋がしっかり入っている。
鳥の肉らしいけれど、いつも見慣れている家禽とは明らかに違った。
「わあ、こんなにたくさん……!」
ほっと息をつきながら、私は包みの中を覗き込む。
脂は少なめで、触ると弾力がある。火を入れても硬くなりそうな予感がした。
「まず、味見してみますね」
私は一番小さな切れ端を選び、包丁で薄く削ぐように切った。
フライパンを熱して、油はほんの少しだけ。塩を指先で振り、じゅっと焼き付ける。
香りは意外と軽く、獣肉みたいな強い匂いもない。
「軍鶏とちょっと似てるのかなあ。筋肉がしっかりしてそう」
思ったままにブツブツと呟く。
表面がきつね色に変わったところで火を止め、ひと口大に切って口に運ぶ。
「うん、割とアッサリしてるんだ。それに噛みごたえもしっかり。なるほど」
脂の甘さではなく、身の旨みがじわっと広がる感じだ。
噛み切るのに少し力がいる。歯ごたえがしっかりしていて、焼くだけだと硬さが残ると感じた。
「どうだ?」
「味はおいしいです。でも、焼くだけだと……ちょっと硬いかも」
「そういうものか」
「クロードさんも、食べてみてください」
私はクロードさんにお皿を差し出す。すると、彼は小さな一切れを取って口に運び、短く頷いた。
「……驚いたな。本当に雷嘴鳥が食べられるとは」
新鮮な驚きがあったらしく、どこか少年みたいな顔をしている。
珍しくて危険な鳥だと言っていたから、食べるという発想そのものがあまりないのかもしれない。
私のいた世界では、どんなに毒のあるものでもなんとかして美味しい食べ方を探してしまう。そんな土地に生まれ育ったせいで、当たり前だと思い込んでいた。
本当に、蒟蒻芋や河豚なんてその最たる例だと思う。限られた食材を無駄にしないためでもあるし、もったいないという気持ちも根っこにあるのだと思う。




