13 紅猪のベーコンサンド
フォルの声に、私は意識をフライパンに戻した。
ベーコンは自ら出した脂で炙られて、縁が少し反り返り、香ばしい匂いが濃くなってきている。
「うん、もう少しだね」
フォークの先で端を持ち上げて、軽く確かめる。ベーコンを裏返すと、脂が小さく跳ねた。その間に、籠の中から柔らかいパンを取り出す。ふたつに割ったそれに、まずは葉野菜を載せる。
それから紅斑牛のチーズを一枚重ねる。ミルクの味が強くて、ベーコンとの相性が最高なのだ。焼けたベーコンをその上に挟み込んで、刻んだピクルスを散らせば完成だ。
「フォル、できたよ! はいどうぞ」
「わあああ〜〜〜! いただきまあす」
目を輝かせたフォルが、両手で掴んで大きなお口でパクリとかぶりついた。
私はもうひとつ、同じように具を挟んだパンを手に取った。
「はい。クロードさんも、どうぞ」
差し出すと、クロードさんは一瞬だけ動きを止めた。
受け取った手つきは慎重で、食べる前に中身を確かめるように視線が落ちる。
それでも迷いなく口に運び、ひと噛みして――
「……うまい」
低い声が落ちた。
クロードさんの目がわずかに見開かれているのを見て、私まで嬉しくなってしまった。
その隣でフォルは、頬をぱんぱんにふくらませて、もっちもっちと幸せそうに咀嚼している。
口の端にパン屑がちょこんと付いているのに、本人は気づいていない。
「ふふ。そんな風に食べてもらえると、作った甲斐があります」
私はフライパンに目を戻し、次のベーコンをさっと並べた。
じゅっと脂が弾け、香ばしい匂いがまた広がる。
「ゆーな。まだある?」
フォルが口いっぱいのまま、もごもごと尋ねる。
「あるよ。たくさん焼くから、慌てなくて大丈夫だよ」
私はフォークでベーコンを返しながら、次のパンを割った。
葉野菜、チーズ、ベーコン、ピクルス。手順を繰り返すだけなのに、ふたりが夢中になって食べているのを見ると、それだけで胸が温かくなる。
ふたりにおかわりを作ったあと、私もベーコンサンドを手に取って、少しだけ息をついた。焼きたてのベーコンの熱が、パン越しにじんわり伝わってくる。
「じゃあ……私も、いただきます」
小さく言って、かぶりつく。
ふんわりとしたパンの後にベーコンの香ばしい脂が口いっぱいに広がった。紅斑牛のチーズがまろやかにまとめてくれて、葉野菜のシャキシャキが良いアクセントだ。
そしてピクルスの酸味が油っぽくならないように後味をきゅっと締めてくれている。
「うん、おいしい!」
声が漏れて、私はうんうんと頷いた。とても良い出来だ。
「おいし〜〜〜〜〜〜〜」
「……」
隣ではフォルが嬉しそうに足をばたつかせ、クロードさんは無言のまま、もう半分をきれいに食べ終えている。
……もしかしたら、まだ足りないかもしれない。
私はもう一度フライパンにベーコンを足しながら、少しだけ気持ちが軽くなるのを感じた。
それから、三つ目のサンドイッチにかぶりついていたフォルが、急に動きを止めた。
「フォル、どうかした?」
呼びかけても返事はなく、フォルの視線はまっすぐ空に向いている。
まるで、私の声が届いていないみたいだった。さっきまで頬をふくらませていたのに、瞳は遠いところを見て動かない。
隣にいたクロードさんも、さっきまで食事の続きに手を伸ばしかけていたのに、その動きを止めた。フォルと同じように空を見上げて、体勢を整えている。
剣の柄に添えられた指先が、わずかに力を帯びる。
風がひとつ、草原をなでるように通り過ぎる。木陰の葉がざわりと揺れて、突然太陽の光が消えて大きな影が頭上に落ちた。
「大きな……鳥?」
私も遅れて二人と同じ方向へ目を向けると、上空に鳥の影があった。翼を大きく広げた鳥は、雲かと思うほどに太陽の光を遮っている。旋回するたびに、光を受けた羽が鈍くきらめいて見えた。
次の羽ばたきで、空気がぴり、と震えた気がした。
「……雷嘴鳥が、なぜこんな所に」
クロードさんの声が低く落ちた。雷嘴鳥。それがあの鳥の名前のようだ。
今までベリー畑で見たことがない大きな嘴のそれは、明らかによくいるような一般的な鳥とは異なる姿をしていた。大きな翼は太陽の光を遮るほどだ。徐々に降下しているのか、先ほどよりもまた大きく見える。
「ユーナ、少し離れていろ。木の後ろに」
「は、はい。わかりました」
言われた通り、私は荷物を抱えて木陰の奥へ下がった。
草を踏む音さえ大きく聞こえてしまいそうで、足取りが妙に慎重になる。
背中を木に預けると、葉の影がちらちらと揺れた。
隙間から見える空では、雷嘴鳥がまだ円を描いている。
その下で、フォルだけが怖がる様子もなく、口いっぱいに頬をふくらませたまま見上げていた。
もぐもぐと噛む動きが止まり、次の瞬間、きゅるんとした目が輝く。
「ねえクロード。あれって、おいしい?」
フォルの声は、場違いなくらい無邪気だった。サンドイッチはしっかりと手に持ったまま、きゅるんとした目でクロードさんを見つめている。
「食べたことはないが、危険な魔獣だ。鋭い爪と雷撃の魔力を帯びた翼を持っている危険種で、辺境でもめったに姿を見せない」
クロードさんは冷静に答えながら、剣の柄を握り直した。
フォルは怖がるどころか、ますます興味深そうに首をかしげていた。
「ボク、たべてみたい!」
無邪気な声だった。
その言葉が落ちた瞬間、フォルの瞳が赤く光ったのが見えた。銀色の髪がぶわりと膨らみ、まるで見えない何かに持ち上げられているかのように、森の木々が大きくざわめく。
空気がびり、と鳴った。
耳の奥がきんと痛くなるような震えが走って、私は反射的に肩をすくめる。




