8.観劇(みえる)
『20分 ダンス』
宿に戻って、部屋に備えつけられている、椅子に腰をおろす。人が多い場所はちょっと苦手だ。大きな事故にならなくて良かった。私にもいつか、心が揺さぶられるような、出会いがあるのだろうか?お姫様の好みを、否定するわけではないけど、できれば私より強いひとがいい。
すっと手をとられる。立ち上がった私の前では、演劇で見た勇者のように長身の、少し輪郭のぼやけた「それ」が、きれいなお辞儀をしている。たしかに、私より強いとは思うよ。でも、これまで私にしてきたこと、胸に手をあてて考えてほしいなぁ。
おもむろに手をひき、「それ」は私を部屋の中央までエスコート、いや連行する。ベッドは「それ」がどこかへ移動したらしく、少し広めの空間ができている。お互い向かい合って、クローズド・ポジション。私の右手と背中が保持される、いつも通りリードは「それ」だ。
ゆっくりとしたステップ、ワルツだ。優雅に踊っているように見えるけど、その実態は強靭な体幹と精密な体の操作を要求される、つまりトレーニングに他ならない。「それ」のだす次の動きの指示を読みとり、ステップを合わせていく。ぐっ…負荷が上がった。「それ」が私の体の重さを操作しているらしい。原理はよく分かっていないけど、魔力的になにかしているのは分かる。姿勢が少し崩れたようで、「それ」の指導が入る。不条理だ。
動きのスピード感が上がる、タンゴだ。私の息も上がってきた。「それ」との距離が近くなり、力強いステップを要求される。私はついていくので必死だ。ターンの動きにキレが無かったらしく、「それ」からやりなおしを要求される。体の酸素が消費されていき、なんだか頭がほわほわしてくる、これは「それ」の怪しい魔法ではなく、単に私の体が負荷に悲鳴をあげてるだけだ。
「…っ!」
いけない、意識を強く保って。残り時間が少なくなるにつれて、より難しい動きが入ってくる。なんとか対応するけど、それでもできないところは、「それ」が私の体をさりげなく補助する。できるようになるまで、繰り返す。心拍数が上がっている。荒い息の音が響く。昔から私は、「それ」の指示に抗えない。初めてのダンスの相手は、家族でも先生でもなく、「それ」だった。
「…」
カウントが0になる。唐突に、私と密着していた「それ」が消える。なんとなく、喪失感。相変わらず、「それ」はなにも残さない。そして私も、奇跡を起こせはしない。うん、なに考えてるんだろ。演劇に影響されすぎ。今日は熱めのお風呂にしよう。




