7.迷子(みえる)
『30回 懸垂』
「〜♪」
宿に戻ってシャワーを浴びる。自己満足ではあるけれど、だれかの手助けができると、気分が良い。結局、本来の目的だった図書館は行けなかったので、また今度行こう。夜着にきがえて、洗面台のドライヤーに手を伸ばす。あんなところに置いたっけ?
「ひゃうっ!」
…油断していて変な声がでた。不意打ちの多い生活をしてるせいで、驚いても声は出さないよう気をつけてる。でも、「それ」の隙をつく技術は一流だ。おかげで、急なことへの対応が、ずいぶん冷静になった。まったくうれしくない。
「…ん…もうっ」
水平に浮かんだ棒をつかまされる。左右の手の間隔は肩幅より少し広いくらい。足は床についているけど、棒より前方に出ていて体が斜めになる。斜め懸垂だ。腕が伸びきってしまわないよう注意しつつ、すぐに開始する。このトレーニングは姿勢を維持するだけでも疲れる。
洗面台の鏡を使って、姿勢を「それ」が細かく注意する。姿勢の確認に窓ガラスを使ったのを、私が嫌がったのでこのタイミングらしいけど、髪くらいととのえさせてほしい。あと、いつもより少し回数が多い。天啓の魔法が、「それ」の力を少し使っている。そんな仮説を思いだす。ちょっと、体が少し曲がってたからカウントなしなんてひどいよ!
せっかくシャワーを浴びたのに、あっという間に汗まみれだ。そういえば、小さい頃にも、懸垂を「それ」にやらされたことがある。当時の私は体も小さかったから楽々だったけど、成長するにつれてどんどん大変になるのが、こういったぶら下がり系の運動だ。雲梯とかもそう。大人がやるものじゃない。
「!…ひっ…」
残り5回のところで床が抜けた。「それ」の空間に干渉する魔法だ。慌てて姿勢を保持。下を見たところで、私の体が全力で警鐘を鳴らす。足元にスライムがうごめいて、手をのばしている。別にひどいめにあったわけではないのに、私は昔からなぜか粘体系の生物がだめだ。す、少し足をさわられた!全身を血液がかけ巡る。とにかく終わらせないと!普段だせないような力で体を動かし、やりきって床が戻ったところまでは覚えている。
「…」
ベッドの上で目が覚めた。夜着は新しいものになっている。髪もきれいにととのえられてる。整理運動も「それ」がやってくれたみたいだ。気だるさが残ってる、二度寝しよう。




