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八重結び  作者: KEI
第2話 初歩は門、基礎は道

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(六) 入口は術者の癖

## 12. 報告書と訓練記録


帰社後、透は報告書を書いた。


最初の文章は、かなり長かった。


> 初期対応において、篠宮さんと処置方針について意見が分かれた。自分は偏向による減速を提案し、篠宮さんは固定による範囲確定を提案した。どちらも入口としては成立し得るが、二人とも最終処理として希薄を想定しており、対象性質に対する判断が不十分だった。また、自分が観測から入ると四接続となるため、黒瀬さんが観測を担当し、自分は偏向、固定、凝縮の三接続に限定された……


美緒が赤を入れた。


「ここからここまで、報告書ではなく訓練記録です」


透はペンを止める。


「大事なことなんですけど」


「大事です」


「なら」


「だから別に残してください」


「別?」


美緒は資料フォルダを開く。


「報告書は管理用です」


透は報告書を見る。


「誰が、どこで、何をして、何を使い、結果どうなったかを残します」


美緒は別の用紙を出す。


「反省や指導内容は、訓練記録へ」


篠宮が横から言う。


「文書の目的が違います」


透は篠宮を見る。


「篠宮さん、こういう時だけ美緒さん側ですよね」


「必要な区分です」


美緒が頷く。


「正解です」


「味方がいない」


黒瀬が事務所の奥から言う。


「いるから書類が二種類になったんだよ」


美緒は報告書を整えた。


管理用報告書は短い。


> 訓練棟保管室より、訓練用台車残滓が廊下側へ漏出。

> 初期対応において希薄化案が検討されたが、拡散リスクを考慮し、吸い札への封入処理へ変更。

> 黒瀬の観測補助のもと、三枝が偏向、固定、凝縮を実施。吸い札一枚に封入。

> 術後確認にて残留反応なし。

> 保管室結界および台車残滓管理札の再点検を要す。


透はそれを見て、思わず言った。


「短い」


「管理用なので」


「俺と篠宮さんが揉めたことが消えてます」


「管理上は不要です」


篠宮が言う。


「判断が分かれたことは訓練記録に残せばよいかと」


美緒はすぐに頷く。


「そうです」


透は椅子にもたれた。


「揉め損じゃないですか」


黒瀬が短く言う。


「学んだなら損じゃない」


透は、訓練記録へ別に書いた。


> 入口で揉める前に、出口を決めること。

> 希薄で薄める対象か、凝縮して封入する対象かを先に見ること。

> 観測を入れれば正確になるが、持てない接続を無理に増やすと崩れる。

> 現時点では、観測を黒瀬に任せ、処置を三接続に絞った。

> 偏向は固定の代わりではない。

> 固定は偏向の代わりではない。

> 入口は術者の癖。出口は対象が決める。


黒瀬がそれを読む。


「最後の一文はいい」


透は顔を上げた。


「褒めました?」


「比較的」


「美緒さんのが移ってる」


美緒は即座に言った。


「私は関係ありません」


篠宮が記録を見ながら言う。


「最後の一文は、私の訓練記録にも転記していいですか」


透は一瞬、固まった。


「え、俺の文章を?」


「はい。必要な記録なので」


透は少しだけ迷い、それから顔を逸らす。


「……引用元を書いてください」


美緒がすぐに言った。


「記録上、必要なら書きます」


「冗談だったんですけど」


「記録は冗談で残しません」


「美緒さん、ほんとにブレないですね」


## 13. 初歩と基礎と応用


その日の終わり。


透は訓練場で、もう一度揺れる糸を見ていた。


固定。

やはり苦手だ。


水滴を見る。

偏向ならうまくいく。


でも、今日の台車はそれだけでは駄目だった。


曲げるだけでは終わらない。

止めるだけでも終わらない。

薄めるべきか、集めるべきか。

封じるべきか、聞くべきか。

見るべきか。


出口を間違えたら、入口がどれだけ正しくても失敗する。


黒瀬が横に立った。


「分かったか」


透は糸から目を離さずに答える。


「少しは」


「初歩は門だ」


黒瀬は訓練場の入口を見る。


「基礎は道だ」


「道」


「応用は、基礎を順番につなぐことだ」


透は反復する。


「強い術を足すことじゃなくて」


「必要な作用を、必要な順番でつなぐことだ」


「出口から考える」


「そうだ」


透は少し考えた。


「でも、出口まで全部持てない時は?」


黒瀬は当然のように言う。


「持てる範囲でやれ」


「持てないものは?」


「持てるやつに持たせろ」


黒瀬は透を見る。


「ただし、他人の手足を自分のものみたいに扱うな」


透は、台車残滓の処置を思い出す。


黒瀬が観測を持った。

透は処置に絞った。

黒瀬は途中で横から手を突っ込まず、透の処置が終わったあとで確認した。


「渡すなら渡せる形にする」


黒瀬は言う。


「受けるなら受け取れる形になってから受ける」


透は息を吐いた。


「難しいですね」


「簡単なら、事故は起きん」


少し離れたところで、篠宮が自分の札を片づけていた。


透は声をかける。


「篠宮さん」


篠宮が振り返る。


「何ですか」


「今日の台車、偏向先行でもあり得るって言いましたよね」


「条件付きで、です」


「その条件、今度ちゃんと聞きます」


篠宮は少し意外そうにした。


「固定先行が有効な条件も聞いてください」


透は一拍置いて答える。


「まあ、対象によっては」


篠宮は眉を上げる。


「その言い方、私の真似ですか」


「違います」


「似ていました」


「似てません」


黒瀬が言う。


「似てたな」


美緒も言う。


「似ていました」


透は空を仰ぐ。


「味方がいない」


篠宮は、少しだけ口元を緩めた。


「では、次回」


透は動きを止める。


「次回?」


「基礎確認は一回では終わりません」


「え」


美緒が端末を見る。


「来週もあります」


「聞いてない」


「言うと逃げるので」


透は指を立てる。


「それ二回目です」


黒瀬が短く言う。


「逃げるなよ」


透は揺れる糸を見る。


止める。曲げる。散らす。集める。見る。聞く。


自分はまだ、全部を持てない。


でも、今日は一つ分かった。


得意な入口だけでは、現場は終わらない。


透は糸の前に立つ。


「明日も固定からですか」


「そうだ」


「逃げ場ないですね」


「逃げるな」


「偏向には?」


「固定が終わってからだ」


透は少しだけ息を吐いた。


「一拍置きます」


黒瀬は頷く。


「置いたうえで、留めろ」


透は糸を見る。


揺れるものを、押さえつけるのではなく、次へ渡せる形で留める。


一拍。


それから、手を伸ばした。


第2話 初歩は門、基礎は道 了

作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yaemusubi_top/

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