表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八重結び  作者: KEI
第2話 初歩は門、基礎は道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/86

(五) 封じられる形

◆ 10. 台車残滓の処置


黒瀬が廊下を見る。


「俺が見る」


空気が変わった。


透は一歩下がる。

篠宮も、余計な口を挟まない。


黒瀬の視線が、見えない台車の気配を追う。


「核は車輪音だ」


ぎい。


「台車本体じゃない」


ぎい。


「動線に残った反復だ」


透は息を整えた。


黒瀬が言う。


「三枝、横へ流すな」


「はい」


「速度だけ落とせ」


「はい」


篠宮が横から言った。


「処置としては、偏向先行でいいと思います」


透は少し驚く。


「いいんですか」


「この対象なら、黒瀬さんの観測があります。速度を落としてから仮固定の方が反発は少ないはずです」


透は口元を緩める。


「今、俺の案を採用しました?」


「条件付きです」


「条件付きでも勝ちは勝ち」


黒瀬が言う。


「勝ってない」


透はすぐに姿勢を戻す。


「はい」


「出口は外しただろ」


「はい」


透は息を整える。


偏向。


台車を横へ流さない。

往復の勢いだけを、斜めに逃がす。

動線を広げない。

速度を落とす。


ぎい、という音が鈍った。


次に固定。


止めきらない。

凝縮に渡すための仮留め。


篠宮が見ている。


「押さえすぎると跳ねます」


「分かってます」


透は糸の訓練を思い出す。


「……たぶん」


「たぶんを減らしてください」


「作戦中に刺さないでください」


黒瀬が低く言う。


「喋りすぎだ」


透と篠宮が同時に答える。


「はい」


透は凝縮へ入った。


ここが重い。


台車残滓を、吸い札に入る程度まで集める。

濃くしすぎると、台車の輪郭が強くなる。

薄すぎると、吸い札に入らない。


透の額に汗がにじむ。


偏向なら楽だ。

希薄なら散らせる。


でも今は、集める。


黒瀬の声が飛ぶ。


「全部集めるな」


「はい」


「封じられる分だけだ」


透は吸い札を構える。


見えない車輪の音が、紙の方へ寄る。


ぎい。


ぎ。


吸い札が黒くなる。

車輪の音が紙の中へ吸い込まれていく。


ぎ。


音が消えた。


透はゆっくり息を吐いた。


「終わり……ですか」


黒瀬はすぐに答えない。


「お前の処置はな」


黒瀬が術後観測を入れる。


廊下。

保管室の扉の隙間。

床の端。

台車が往復していた動線。


少し間があった。


「残留なし」


透の肩から力が抜ける。


「回収成立」


美緒が記録する。


「吸い札一枚、使用」


透は顔を上げた。


「今そこですか」


「今そこです」


篠宮が続ける。


「保管室結界の再点検も必要です」


「入れます」


美緒は端末に追記した。


透は廊下を見た。

さっきまで聞こえていた車輪音は、もうない。


「みんな落ち着いてるなあ」


黒瀬が言う。


「現場が終わったら、後処理だ」


それは第1話でも聞いたような言葉だった。


そして、たぶんこれから何度も聞く言葉でもある。


◆ 11. 同じ間違い


処理後、透は廊下の端に座り込んだ。


「希薄に行かなくてよかった……」


篠宮が少し離れたところで吸い札の記録を確認している。


「行っていたら、廊下に散っていましたね」


透は篠宮を見る。


「篠宮さんも行くつもりでしたよね」


「はい」


即答だった。


透は少しだけ笑った。


「今の、ちょっと安心しました」


篠宮は眉を動かす。


「私が間違えたことにですか」


「いや、同じところを間違えたことに」


篠宮は少し黙った。


「……不本意ですが、分からなくはありません」


「でしょ」


「ただし、入口についてはまだ同意していません」


「俺もです」


「固定先行の方が安全な対象もあります」


「偏向先行の方が安全な対象もあります」


「対象によります」


「そこは同意です」


黒瀬が二人を見る。


「仲良くなったところ悪いが」


透と篠宮が同時に言う。


「仲良くはなってません」


黒瀬は美緒を見る。


「声は合ってる」


美緒が端末を見たまま言う。


「二回目です」


透は項垂れる。


「カウントしなくていいです」


黒瀬は二人の前に立った。


「入口で揉めるのは悪くない」


透と篠宮は顔を上げる。


「だが、出口を決めてから揉めろ」


「はい」


「はい」


黒瀬はまず透を見る。


「三枝は流れから入る」


次に篠宮を見る。


「篠宮は範囲から入る」


二人とも黙って聞いている。


「どっちも武器だ」


少し間を置く。


「どっちも癖だ」


透はその言葉を、素直に受け取った。


「出口を見れば武器になる。出口を見なければ癖で事故る」


黒瀬は廊下の奥を見た。


「お前らは比較的、物理的に作用するタイプだ」


透が聞き返す。


「物理的?」


「動きを曲げる。範囲を止める。場所を縛る。見た目に近い」


篠宮が少しだけ顔を上げる。


「現場では強い」


黒瀬は続ける。


「だから過程は最初から強い」


透は、少しだけ背筋を伸ばした。


「三枝は流れを変えられる。篠宮は範囲を留められる。そこはいい」


透は思わず聞く。


「じゃあ、何が足りないんですか」


黒瀬は言った。


「終わり方だ」


廊下に、短い沈黙が落ちる。


「止めたあと、何にする」


「曲げたあと、どこへ渡す」


「薄めるのか」


「集めるのか」


「封じるのか」


「理由が残ってないか聞くのか」


「残ってないか見るのか」


黒瀬は二人を見る。


「終わり方が読めれば、お前らは強い」


そして、少しだけ声を軽くした。


「何しろ、過程は最初から強いからな」


透は少し照れたように目をそらした。


篠宮も、表情を崩さないまま黙っている。


美緒が言った。


「褒められていますよ」


透は答える。


「分かってます」


篠宮も答える。


「分かっています」


美緒が続ける。


「声は」


「合ってません」


「合っていません」


黒瀬が言う。


「合ってるな」


透は篠宮を見る。

篠宮も透を見た。


二人は同時に、顔を逸らした。


※第2話「初歩は門、基礎は道」は全六回です。

続きます。

作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yaemusubi_top/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ