(十二)現実的な勝利
◆ 十三 式守の最終ログ
式守の最終ログが表示される。
> 八重結び、全段階完了。
> 重大事故、未検出。
> 残留歪み、低下中。
> 隙間枝圧、許容範囲内。
> 署名安定率、維持。
> 再発リスク、要経過観察。
完全勝利ではない。
だが、現実的な勝利だった。
怨霊を倒したのではない。
なかったことにしたのでもない。
責任を誰か一人に押しつけたのでもない。
見える形にして、分けて、結んで、記録した。
以前の白鳥なら、要経過観察という言葉を不完全だと思ったかもしれない。
今の白鳥は、その言葉の意味を知っている。
終わったあとも、見る。
終わったことにしない。
それが安全だった。
白鳥は、式守ログを保存する。
「経過観察予定を作成します」
美緒が頷く。
「報告書にも入れます」
黒瀬が地下道を見る。
「終わったわけじゃない」
土御門が答える。
「終わらせ方を間違えんだけで、だいぶましじゃ」
透は、その言葉を聞きながら、地下道の奥を見ていた。
消えたわけではない。
でも、広がらない形になった。
それは、たぶん現場で許される勝ち方だった。
◆ 十四 八重結び、完了
透は八接続を扱ったわけではない。
六十四接続を背負ったわけでもない。
八本の枝を完全に制御したわけでもない。
ただ、自分に任された一本の枝を通した。
太くしなかった。
柱にならなかった。
持てないものを持たなかった。
自分が約束できることだけを持った。
透は、地下道の入口を振り返る。
封鎖は続く。
経過観察も続く。
報告書も、たぶん山ほどある。
それでも、今日ここに来た人間は帰ってきた。
名前も、署名も、記録も残っている。
つづりは、術具箱を閉じながら八重士たちの方を見ていた。
「勝手に、八重士っていうと瀬良さんみたいなのを想像してたけどさ」
「そうでもないって分かったのが、今日いちばんの収穫だよー」
透が聞く。
「収穫なんですか」
「収穫だよ。すごい人たちだった」
つづりは、八重士たちの署名札をちらりと見る。
「お得意さんになってくれるといいんだけど、みんな別地域なんだよねー」
少し間が空く。
つづりは、何でもない顔で言った。
「まあ、連絡先は全部確保したけど」
美緒が即座に言う。
「現場で営業活動しない」
つづりは目を丸くした。
「え? 現場は非営利?!」
「そんな恐ろしいところ、二度と来ない!」
透が苦笑する。
「この現場で営業活動できる人は、地獄でも商売してそうですけどね」
つづりは少し考える。
「地獄に需要があるなら仕方なくない?」
美緒は即答した。
「仕方なくありません」
白鳥が端末を見ながら言う。
「地獄における術具需要は、理論上存在します」
美緒が白鳥を見る。
「検討しないでください」
つづりが少し楽しそうに言う。
「ほら、研究開発部も可能性を認めてる」
「認めていません」
風祭が美緒へ声をかける。
「片桐さん」
美緒は即座に言う。
「交流会の件は後日です」
風祭は真面目に頷いた。
「はい」
「若手にも、そう伝えます」
透が小さく言う。
「本当に真面目な話のやつなんですね」
風祭は当然のように答える。
「当然だ」
美緒は書類を閉じる。
「文面が最悪だっただけです」
風祭は頭を下げた。
「申し訳ない」
透は小さく息を吐いた。
「……じゃあ、報告書書きますか」
美緒は即座に返す。
「その前に休んでください」
透は驚く。
「珍しい」
「帰還確認が終わった人には、休憩も作業手順に含まれます」
白鳥が端末へ向き直った。
「式守に追加します」
美緒は頷く。
「それは追加していいです」
完全勝利ではない。
だが、現実的な勝利。
八重結びは、完了した。
第8話 八重結び 了
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