(二)循環型接続、起動
◆ 二 八重士たち、術式図を見る
全員の署名確認が終わったあと、白鳥は八重結びの術式図を八重士たちへ共有した。
主接続。
枝流路。
隙間。
外側の観測円。
停止条件。
帰還確認。
それらが、地下道の地図と重ねられて表示される。
北辰院玲司が低く言った。
「なんてとんでもない並列術式だ」
白鳥はすぐに訂正する。
「分類上は、通常の並列術式ではありません」
「循環型接続です」
北辰院が眉を寄せる。
「そもそも、循環型という概念が存在しない」
「計画上は存在し、これから実際に存在する概念になります」
「……真面目に言っているのか」
「はい」
北辰院は、術式図をもう一度見る。
「なら余計に怖い」
雪代透子は、静かに術式図を見ていた。
「けれど、各柱の担当区分だけに絞ると、一人の手で届く範囲です」
少しだけ間を置く。
「当然、八接続前提ではありますが」
北辰院は雪代を見る。
「それを“一人の手で届く”と言うのは、八重士の悪い癖だ」
雪代は淡々と答える。
「否定はしません」
風祭令が、術式図の対角を指でなぞった。
「本来は、自分の内部で対立系統を利用して作る溜めや安定化を、対角同士で補っている」
「安全性特化に見えて、実に効率的です」
北辰院が返す。
「それは同期ができれば、だろ」
風祭は軽く頷いた。
「だからこその人選なのでは?」
「一通り挨拶しましたが、同期自体は問題ないと思いました」
雪代が、術式図の別の場所を見る。
「面白いのは、隙間と外側です」
白鳥が、少しだけ視線を上げた。
雪代は、術式図の空白部分を示す。
「隙間は、干渉を想定したもの」
「隙間があるから、揺らぎに堪えられる」
「離れすぎればつながらない。近すぎれば伝播する」
「絶妙です」
北辰院が聞く。
「褒めているのか、怖がっているのか」
雪代は答えた。
「両方です」
次に、雪代は外側の円を見る。
「極めつけは、外側からの観測円です」
「柱同士を結ぶだけではなく、私たちが柱であり続けていることを外から見ている」
「これは、私たちの縫い付けですね」
北辰院は、そこで少し黙った。
「……確かに、うちの地域でも土地柄、術士を広めに配置する」
「そのため、互いの観測を行う」
「その時の方が安定する、という実感はある」
風祭が言う。
「うまくすれば、八重士がいなくても実現可能な術式にもなり得たのかもしれません」
白鳥は答える。
「理論上は、否定しません」
「ただし、その場合は隙間と外側の負担がかなり増える」
風祭は術式図を見たまま続ける。
「つまり、現状がもっとも理想に近そうです」
北辰院は低く言った。
「理論上は、そうだろうな」
「だが、八重士を八人並べてなおこれだ」
「理想形で崖の縁なら、理想から外れた時に立つ場所はない」
雪代は、少しだけ視線を外側の観測円へ移した。
「崖の縁に、手すりと命綱と帰還確認担当を置いた形です」
美緒が即座に言う。
「帰還確認担当、です」
雪代は頭を下げる。
「失礼しました」
北辰院は、術式図の外側に置かれた透の配置を見る。
「この隙間を抜く役が、あの若いのか」
篠宮が答える。
「三枝さんです」
「八重士ではないな」
「違います」
風祭が透を見る。
「偏向系か」
透は背筋を伸ばした。
「はい」
風祭は、透の手元を見る。
「流し方は見た。悪くない」
「ありがとうございます」
「ただし、偏向系は調子に乗ると全部流したくなる」
風祭の声は軽いが、言っていることは重かった。
「今回は、それをやるな」
透は頷く。
「……はい」
風祭は続けた。
「お前の枝は一本だ」
「全部は流すな」
「詰まったところだけ抜け」
「それができるなら、同じ偏向系として信用する」
透は、少しだけ背筋を伸ばした。
「やります」
北辰院も言う。
「お前が全部持つな」
雪代が静かに続ける。
「持たないことが、今回の役目です」
透は、二人を見る。
「はい」
八重士たちは、それぞれの席に入る。
◆ 三 八重結び、起動
八人の八重士が、それぞれの柱に入る。
八重結びは、八人が八接続ずつ使えばいいという単純な術式ではない。
主接続を誰が持つか。
隙間を誰が抜くか。
柱を誰が縫い留めるか。
名痩せを誰が確認するか。
停止判断を誰が下すか。
責任を誰が記録するか。
それらを全部含めて、ようやく作戦になる。
白鳥は式守を起動した。
> 八重結び、初期同期開始。
> 署名安定率、維持。
> 隙間枝圧、低位。
> 地下道内残留歪み、上昇中。
> 禁呪由来構造、再活性化兆候あり。
篠宮は、八重結びの中には入らない。
柱でもない。
隙間でもない。
外縁観測でもない。
外縁のさらに外側で、術具安定、現場把握、循環接続に触れない範囲の護衛を担当する。
八重結びに直接触れれば、循環に余計な負荷が入る。
だから篠宮の役目は、入らないことだった。
入らずに見る。
見て、止める。
必要なら、循環の外側で守る。
宮守つづりは、術具の予備と交換順を確認する。
黒瀬は、現場線と退避判断を持つ。
鷹宮は、元請け責任者として、作戦続行と撤退の責任を持つ。
土御門は、禁忌に触れる線を見張る。
美緒は、署名と記録で、人の名前を残す。
透は八重士ではない。
八人の主術者の席には座らない。
彼の役目は、八つある隙間枝のうち一本だった。
対立系事前枝。
瀬良式説明群内識別名称、体重計ジャンプ枝。
名前はひどい。
だが、役目は明確だった。
固定の柱の前に、偏向を薄く通す。
強く流すのではない。
全部逃がすのでもない。
反発が詰まる前に、ほんの少しだけ抜く。
透は八人分を背負わない。
八本の枝を制御しない。
八重結び全体を支えるわけでもない。
一本。
その一本だけを、太くしない。
主接続にしない。
柱になろうとしない。
それが透の役目であり、この場で透が約束できることだった。
※第8話「八重結び」は全十二回です。
続きます。
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