(一)透の直感
◆ 一 透の直感
主接続、六十四。
枝、八。
合計、七十二。
式守が分解した安全化禁呪は、数字としては見えるようになった。
危険の位置も、以前よりは分かる。
だが、それはまだ、誰かが使える形ではなかった。
重すぎる。
細かすぎる。
人間の中に戻せば、また同じことが起きる。
部屋の中に沈んだ空気の中で、透がぽつりと言った。
「だったら、八人でやればいいじゃん」
場が止まった。
透は、言った直後に少しだけ肩をすくめた。
自分でも、いまの言葉が雑すぎるのは分かっていた。
六十四を八で割れば八になる。
そんな単純な話ではない。
それくらいは、さすがに分かる。
でも、完全に冗談でもなかった。
透の頭には、学校案件のことがよぎっていた。
旧視聴覚室。
噂の流れ。
黒瀬が引いた大枠。
日野原の見方。
美緒の聞き取りと避難整理。
篠宮の術具配置。
あの時、透は本来、五接続には届かないはずだった。
訓練で成功したのは一度だけ。
安定して使えるものではなかった。
それでも、現場では通った。
自分一人で五接続を作ったわけではない。
けれど、五接続は通った。
それを、足りないと呼ぶだけでいいのか。
足りないから足す、とだけ考えていいのか。
透には、まだうまく言えない。
ただ、一人で届かないなら、分けることも正解になり得る。
そんな雑な直感だった。
篠宮が、最初に口を開いた。
「並列術式……」
その声は、否定から入る声ではなかった。
だが、簡単に頷く声でもなかった。
「息の合った数人であれば、例外的にそのような術式の使い手もいるにはいます」
透は少しだけ顔を上げる。
篠宮は続けた。
「ですが、並列術式は同期の都合で接続数を落とすのが本来のコツです」
「可能な限り少人数に絞る」
「可能な限り小接続数に絞る」
「可能な限り使用系統を絞る」
「今の案は、すべてに対して真逆にあります」
透は即座にうなずいた。
「ですよね」
「はい」
少しだけ間が空いた。
篠宮は、式守の画面を見る。
「ですが、否定し切れるほど整理された反論もありません」
透は目を瞬かせた。
「え」
篠宮は眉間に薄く皺を寄せる。
「そこが一番厄介です」
黒瀬は腕を組んだまま、透を見ていた。
「雑なことを言ったな」
透は小さく頭を下げる。
「すみません」
「だが、雑だから見えることもある」
透は言葉に詰まった。
褒められているのか、怒られているのか、判断がつかない。
たぶん両方だった。
白鳥は、透の言葉を小さく反復していた。
「八人……」
「一人ではない……」
その声は、だんだん作業の声になっていく。
白鳥は式守へ向き直った。
「式守。安全化禁呪を、複数術者前提で再構成」
画面に、計算候補が走り始める。
「例外的な並列術式ではなく、通例化可能な運用手順として扱ってください」
篠宮が反応する。
「通例化?」
白鳥は端末を見たまま答えた。
「誰かの阿吽の呼吸に頼ると、再現できません」
「必要なのは、例外的な名人芸ではなく、手順化された分担です」
土御門が低く言う。
「一人で背負わせない、ということか」
透は少し遅れて頷いた。
「そう。それ」
黒瀬がすぐに言う。
「簡単に言うな」
「すみません」
「だが、簡単に言ったから見えたものもある」
白鳥の画面に、再計算の第一案が出る。
白鳥はそれを見て、少しだけ沈黙した。
「八人という数は、単純な割り算ではありません」
透が聞く。
「違うんですか」
「はい」
白鳥は、式守の候補を読み上げる。
「八接続を扱える八重士を八人」
「それが、現状の理想形に最も近い」
部屋の空気が、また少し重くなる。
美緒が静かに聞いた。
「八重士候補者では駄目ですか」
「理論上は差し替え可能です」
白鳥は答える。
「ただし、八重士以外で差し替えるほど、隙間と外縁負荷が増大します」
土御門が頷いた。
「八接続を持つ者が八人おるから、輪の外側が保つ」
「そこを崩せば、外へ漏れる」
黒瀬が低く言う。
「つまり、候補で埋めるほど現場が危なくなる」
白鳥は短く答えた。
「はい」
「現状では、八重士八人が作戦前提です」
透は黙った。
雑に言った八人が、ただの人数ではなくなっていく。
それはもう、思いつきではなくなり始めていた。
※第7話「空席の条件」は全十回です。
続きます。
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