(五)七接続、八接続
◆ 六 七接続、八接続
七接続から、実験の空気が変わった。
白鳥は出力上限をさらに下げる。
美緒は署名確認を増やす。
黒瀬は停止札を手に持ったまま、位置を少し変える。
瀬良はその全部を見て、肩をすくめた。
「信用ねぇな」
美緒が即座に返す。
「信用しています」
黒瀬も言う。
「信用してるから、止める準備をする」
瀬良は笑った。
「最近の若いのは怖ぇな」
土御門が低く言う。
「昔から、止める役は怖いものじゃ」
「そうだったか?」
「お前が止まらん側だっただけじゃ」
「ひどい言い方だな」
七接続。
成功。
ただし、枝崩れの兆候が出る。
観測の裏の同調が少し深い。
固定の前の偏向が、微細操作ではなく接続に近づきすぎる。
白鳥が読み上げる。
「枝が主接続側へ侵入しかけています」
瀬良は顔をしかめる。
「言い方が怖ぇんだよ」
「補助操作の範囲を越えかけています」
「そっちも怖ぇよ」
白鳥は表情を変えない。
「ですが、枝崩れとして有用なログです」
「褒めるな」
「褒めていません」
「知ってた」
八接続。
白鳥は実施前に止める。
「模擬出力をさらに下げます」
瀬良は眉を寄せた。
「これ以上下げたら、術式の形が変わるぞ」
「形が変わるところも観測対象です」
「鬼か、お前は」
「研究開発部です」
「便利だな、それ」
八接続は成功する。
だが、成功は静かなものではなかった。
ログには微細な揺れが残る。
枝が折れかけ、主接続が引き戻し、観測が変化を読み直す。
術式が進むたびに、前の術式が完全には消えない。
消えないまま次を呼ぶ。
次が来たことで、前の術式がまた形を変える。
白鳥の端末には、成功判定と警告候補が同時に並ぶ。
「模擬条件下、八接続成功率は約十パーセント」
瀬良が不満そうに言う。
「低く出すなよ」
「実測値です」
「昔は百二十パーだったんだけどな」
白鳥は即座に返す。
「成功率は百パーセントを超えません」
「超える時は超えるんだよ」
「超えません」
「今日は絶対いけるって日があるだろ」
「主観的成功期待値の話ですか」
「違う。気合いだ」
「記録しません」
「そこは残せよ」
土御門が短く言う。
「残す価値はない」
「清胤まで敵かよ」
「百二十という数字以外は、多少価値がある」
白鳥は端末を見ながら言う。
「では、補足欄に“本人申告では過去成功率百二十パーセント”と記録します」
瀬良が渋い顔をした。
「それはそれで嫌だな」
土御門が静かに言う。
「残されて困ることは言うな」
「お前も若い頃は言ってただろ」
「言っておらん」
「言ってた顔だぞ」
「顔で記録するな」
白鳥は補足する。
「顔情報は記録対象外です」
瀬良が白鳥を見る。
「そこは対象外なんだな」
「はい」
「現時点では」
土御門が低く言う。
「増やすな」
場に少しだけ笑いが戻る。
ただ、実験の空気は軽くなりきらなかった。
八接続は成功した。
けれど、帰ってきた足跡には、細い揺れが残っていた。
◆ 七 不安全確認
八接続の模擬試験後、瀬良の署名にわずかなかすれが出た。
美緒が最初に気づく。
「停止です」
白鳥もログを見る。
「名痩せ兆候候補」
「実験停止」
黒瀬が停止札を切る。
瀬良は軽く手を上げた。
「おいおい、まだいけるぞ」
黒瀬は低く言う。
「いけるかどうかじゃない」
美緒も言う。
「戻っていると確認できないので止めます」
白鳥は端末を見たまま続ける。
「現在、安全確認が取れません」
瀬良は、少しだけ笑った。
「そうか、次失敗するのか」
「まあ、失敗してほしいって言ってたよな」
白鳥は顔を上げる。
「そういう意味ではありません」
「安全確認が取れた失敗だけを指定しています」
瀬良はにやりと笑う。
「なら、不安全確認が取れた失敗も見てけ」
美緒が即座に言った。
「そんな日本語はありません」
白鳥も頷く。
「ありませんね」
瀬良は白鳥を見る。
「お前が言いそうな言葉だろうが」
「言いません」
「危険兆候確認済みの試行は、失敗ではなく事故条件です」
瀬良は少し黙った。
「事故になる前に止めるのか」
白鳥は頷く。
「はい」
「事故になってからでは、観測ではなく記録になります」
美緒が静かに言う。
「それも報告書には書きたくないです」
黒瀬は短くまとめる。
「要するに止める」
白鳥は答える。
「はい」
「止めます」
瀬良は、少しだけ目を細めた。
「急に全員まとまるな」
黒瀬は停止札を下ろさない。
「今回は白鳥が正しい」
瀬良は小さく息を吐いた。
「分かってるよ」
瀬良は手を引く。
ここで、白鳥の倫理ラインがはっきりする。
白鳥は失敗を欲しがる。
しかし、事故は欲しがらない。
瀬良はその境界を見て、少しだけ笑った。
「嫌な研究者だな」
白鳥は答える。
「褒め言葉として処理します」
「褒めてねぇよ」
土御門が横から言う。
「褒めておる」
瀬良は土御門を見る。
「お前の褒め方も信用ならん」
美緒は、かすれの出た署名を控えとして保存する。
「実験後署名、かすれあり」
「停止判断、妥当」
白鳥は同じ内容を式守へ入れる。
同じ事実が、複数の記録に残る。
それだけで、事故になる前の違和感は、少しだけ次へ渡せる形になった。
※第6.5話「瀬良式説明群」は全六回です。
続きます。
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