(一)少し時間は巻き戻る
◆ 一 少し時間は巻き戻る
白鳥理央は、式守のログから目を上げた。
微弱偏向反応。
主術式寄与、不明。
外乱ノイズ候補。
第六話の地下道再評価において、式守はそれを枝として扱い直した。
ただし、扱い直しただけだった。
枝が何なのか。
どこから枝で、どこから主接続なのか。
崩れた枝は、どのように術式へ影響するのか。
式守は、まだ知らない。
白鳥は、瀬良義景へ向き直った。
「瀬良さんの接続一から八まで、すべての術式を観測します」
瀬良は、分かりやすく慌てた。
「ちょっと待て」
「八接続なんぞ、ここ三十年やってねぇぞ!」
白鳥は淡々と返す。
「大丈夫です」
「何回失敗してもらっても構いません」
瀬良が固まる。
白鳥は、さらに当然のように続けた。
「あ、むしろ一回以上は必ず失敗してください」
「失敗時の枝崩れが必要なので」
瀬良は顔をしかめた。
「鬼か、お前は」
「研究開発部です」
「否定になってねぇぞ」
ただし、実験は本番出力では行わない。
白鳥は、模擬出力用の術具を並べていた。
出力制限札。
観測札。
停止札。
術後確認用の筆記具。
そして、現場入りと各段階の署名確認用紙。
それを見た美緒が、すぐに確認する。
「実験前、実験後、各接続段階ごとに署名確認を入れます」
黒瀬は停止札を手に取った。
「異常が出たら止める」
「本人が続けると言っても止める」
瀬良は肩をすくめた。
「信用ねぇな」
黒瀬は短く答える。
「あるから止め役を置くんだよ」
白鳥は、観測端末の設定を確認する。
「安全確認が取れた範囲内で、成功例と失敗例を収集します」
瀬良が嫌そうに聞いた。
「失敗してほしいのか、してほしくねぇのか、どっちなんだ」
「制御された失敗が必要です」
「嫌な言葉だな」
土御門清胤は、準備された札と観測具をじっと見ていた。
「本番ではなく、模擬でここまで組むか」
白鳥は頷く。
「本番で崩れたものを観測しても、再現性がありません」
「再現性のある範囲で崩れてもらいます」
瀬良は白鳥を見る。
「やっぱり鬼じゃねぇか」
「研究開発部です」
「便利に使うな、それ」
黒瀬は、模擬場の外周を見てから言った。
「瀬良」
「あ?」
「危ないと思ったら、俺が止める」
「分かってるよ」
「分かってない顔してるから言ってる」
瀬良は少し笑った。
「若いのに説教されるのは、あんまり気分よくねぇな」
黒瀬は表情を変えない。
「若くない」
「お前じゃねぇよ」
視線の先に、透がいた。
透は瀬良から少し離れて、模擬場を見ている。
枝という言葉を聞いてから、自分の手を何度か見ていた。
瀬良はそれを見て、軽く鼻を鳴らした。
「まあ、見とけ」
透が顔を上げる。
「はい」
「できるってのと、帰ってこられるってのは、別だからな」
透は、すぐには返せなかった。
その言葉が、もう少し後で自分に刺さることを、この時点ではまだ知らない。
◆ 二 瀬良式説明群
最初に白鳥が求めたのは、実演ではなかった。
「枝を定義してください」
瀬良は即答した。
「無茶言うな」
「では、比喩で構いません」
「比喩ならいいのかよ」
「観測項目へ変換できれば十分です」
「その時点でだいぶ無茶言ってるんだよな」
瀬良は頭をかき、少し考えた。
「あー、あれだ」
「体重計の上でジャンプすると、一瞬体重増えて、そのあと減るだろ?」
「あんな感じだ」
「知らんけど」
白鳥はすぐに端末へ入力しかけた。
「主動作前後に、観測値の一時的な増減が発生する、ということですか」
瀬良は渋い顔をする。
「そういう言い方されると、急に違う気がしてくるな」
白鳥は少し沈黙した。
「瀬良さんの説明は、体系化されていません」
「悪かったな」
「ですが、現場感覚としての再現性があります」
瀬良は眉を上げた。
「褒めてんのか?」
「分類します」
「褒めてねぇな」
白鳥は端末へ向き直る。
「式守。仮分類を作成」
「瀬良式説明群」
瀬良が顔をしかめた。
「俺の名前を変なもんに使うな」
「変ではありません」
「未体系化だが、複数の術式現象を説明可能な比喩群です」
「変じゃねぇか」
土御門が低く言った。
「変ではあるが、役には立つ」
瀬良は土御門を見る。
「清胤、お前どっちの味方だよ」
「術式の味方じゃ」
白鳥はそのまま記録する。
> 瀬良式説明群。
> 未体系化の身体感覚、比喩、現場語彙を、観測項目へ変換するための仮分類。
瀬良は端末を指差した。
「後世に残すなよ」
「補足欄です」
「残す気じゃねぇか」
透は、横でそのやり取りを聞いていた。
瀬良の説明は雑だった。
白鳥の言葉は長かった。
土御門の補足は硬かった。
けれど、その三つを合わせると、なんとなく形が見える。
透は思わず言った。
「意外と、三人で一個の説明になってますね」
瀬良がすぐに反応する。
「誰が三分の一だ」
土御門が言う。
「分担比率の話ではなかろう」
白鳥が端末を見たまま補足する。
「説明構造としては妥当です」
瀬良は三人を順に見た。
「お前ら、すぐ変なところで乗るな」
美緒は、署名確認用紙を並べながら言う。
「乗っている間に、実験前署名をお願いします」
瀬良は筆を取った。
「こういう時だけ事務が強ぇ」
美緒は淡々と返す。
「こういう時以外も強いです」
署名欄には、瀬良義景の名が書かれる。
少し崩れた字だが、崩れ方は一定だった。
美緒はそれを確認する。
「読めます」
瀬良は軽く笑った。
「そりゃそうだ」
美緒は用紙を控えに移す。
「読めることを、読める状態で残します」
その言葉に、透は少しだけ手元を見る。
名前を書く。
読めるように残す。
初歩のはずの行為が、ここでは安全確認の一部になっていた。
※第6.5話「瀬良式説明群」は全六回です。
続きます。
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