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八重結び  作者: KEI
第6話 六十四接続

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(十三)得意と苦手の間

◆ 十四 得意と苦手の間


瀬良は、話を基礎修行へ戻した。


「で、ここで基礎の話に戻る」


透は思わず言った。


「戻るんですか」


「戻る」


瀬良は、透を指す。


「今の三枝のやつ、偏向が得意で固定が苦手だから起きた可能性がある」


篠宮が反応する。


「得意系統と苦手系統の境目ですか」


「そういうことだな」


瀬良は続ける。


「枝が入りやすいのは、得意だけじゃねぇ」


「苦手だけでもねぇ」


「得意と苦手、もっと言えば対立系統の間に、変な逃げ道ができることがある」


ここで、瀬良は少し別の方向へ話を振った。


「意識高い系ってやつ?」


透が戸惑う。


「意識高い系?」


「そういう本あるだろ?」


瀬良は指を折る。


「長所を伸ばしましょう」


「自分に合った環境へ」


「得意を活かしましょう」


「みたいなやつ」


透は頷く。


「ありますね」


「あれはすごく正しい」


瀬良は、あっさり言った。


「正しいんだが、退魔士はそうなってねぇ」


「基礎では全部やる」


白鳥が言う。


「六系統の基礎修行ですか」


「そうだ」


瀬良は、少し声を落とす。


「得意だけ伸ばした方が早い」


「苦手を捨てた方が楽だ」


「得意だけで真っすぐ伸びるやつは強いのかもしれない」


少し間を置く。


「ただし、それは一発芸の場合だ」


透が繰り返す。


「一発芸」


「一撃で終わるなら、得意だけでいい」


「曲げるのが得意なやつは、ひたすら曲げればいい」


「止めるのが得意なやつは、ひたすら止めればいい」


「それで勝てる現場なら、それが一番強い」


瀬良は、そこで全員を見る。


「でも退魔士の現場は、だいたい一発で終わらねぇ」


「見る」


「止める」


「曲げる」


「薄める」


「集める」


「聞く」


「何かをやったら、別の何かが返ってくる」


「得意だけ真っすぐ伸びたやつは、その返りに弱い」


白鳥が言う。


「単一系統特化は、条件が合えば高出力」


「ただし、複合処理への適応性が低い」


瀬良は顔をしかめる。


「長ぇ」


「まあ、そうだ」


瀬良は透を見る。


「皮肉なもんで、退魔士の場合は、枝を拾ったやつの方が一発芸より強くなることがある」


透は小さく言う。


「枝を拾ったやつ……」


「得意だけで勝つんじゃねぇ」


「苦手との間に逃げ道がある」


「反発を逃がせる」


「負荷を散らせる」


「本来なら崩れるところで、妙に踏ん張れる」


篠宮が静かに補足する。


「確かに、商業施設契約外怪異対応では」


「固定が苦手なはずの人間が、固定が得意な人間を超える出力を、安定したまま出していました」


透は篠宮を見る。


「それ、俺の話ですよね」


「はい」


「褒められてるんですか」


「現象を述べています」


瀬良が呆れたように言う。


「褒め方が下手なやつしかいねぇな」


篠宮は即答する。


「褒めていません」


「なお悪い」


瀬良は続ける。


「だから、得意だけ見ても駄目だ」


「苦手だけ見ても駄目だ」


「得意と苦手の間、対立系統の間に、枝が入ることがある」


「それを拾うために、基礎では全部やる」


白鳥が入力する。


「だから、得意系統と苦手系統を優先する慣例がある」


瀬良は肩をすくめる。


「たぶんな」


「たぶん、ですか」


「断言できるほど分かってりゃ、苦労してねぇ」


土御門が低く呟いた。


「……それは、ワシも知らなんだ」


一同が土御門を見る。


土御門は少し苦い顔をする。


「慣例でやっておった」


「得意を見て、苦手を見て、対立系統も少し触らせる」


「特に破る理由もなかったから、だいたいその通りにしておった」


瀬良は言う。


「そういう慣例ってのは、だいたい誰かが痛い目見て残したやつだ」


つづりが頷く。


「職人の家にもあるよ」


「理由より先に、手順だけ残ってるやつ」


白鳥は少し黙った。


初歩修行は、筆跡と名前の安定性を揃えるための基準線だった可能性がある。


基礎修行は、得意・苦手・対立系統の間に枝が入る余地を作る下地だった可能性がある。


どちらも、術式の出力だけを見ていれば無駄に見える。


白鳥は、式守へ項目を追加する。


「得意系統」


「苦手系統」


「対立系統」


「単一系統特化」


「複合処理適性」


「基礎修行歴」


「系統間バランス」


「枝発生候補」


瀬良が言う。


「どんどん長くなるな」


白鳥は画面を見つめる。


「長い方が、削るより安全な場合があります」


瀬良は、少しだけ笑った。


「ちょっとは分かってきたじゃねぇか」


白鳥は、式守のログを見つめていた。


商業施設契約外怪異対応。


微弱偏向反応。

主術式寄与、不明。

外乱ノイズ候補。


白鳥は小さく言った。


「だから式守は、枝を学べていない」


瀬良は当然のように返す。


「そりゃそうだ」


「誰も教えてねぇんだから」


白鳥は少し黙る。


「文献だけでは不足です」


「まあ、そうだな」


白鳥は瀬良を見る。


「瀬良さんの接続一から八まで、すべての術式を観測します」


瀬良が、初めて本気で慌てた。


「ちょっと待て」


「八接続なんぞ、ここ三十年やってねぇぞ!」


白鳥は淡々と返す。


「大丈夫です」


「何回失敗してもらっても構いません」


瀬良が固まる。


白鳥は、さらに当然のように続けた。


「あ、むしろ一回以上は必ず失敗してください」


「失敗時の枝崩れが必要なので」


瀬良は顔をしかめる。


「鬼か、お前は」


「研究開発部です」


「否定になってねぇぞ」


白鳥は端末を操作する。


「接続一からで構いません」


瀬良が言う。


「最後に八が待ってる時点で、こっちは構うんだよ」


白鳥は、瀬良の全術式の観測に入る。


白鳥は理屈で術を見る。

瀬良は感覚で術を使う。


普通なら、かみ合わない。

かみ合うはずがない。


だが、白鳥の理屈は瀬良の感覚を逃がさず、瀬良の感覚は白鳥の理屈の穴を正確に踏み抜いた。


この詳細は、別の記録に残る。


ここでは、式守が枝を学び始めたことだけが残る。



※第6話「六十四接続」は全十四回です。

続きます。

作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yaemusubi_top/

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