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八重結び  作者: KEI
第6話 六十四接続

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(七)名痩せ

◆ 八 名痩せ


瀬良義景は、禁呪について語り始めた。


「禁呪ってのは、邪悪な術じゃねぇ」


透は少し意外そうにする。


「違うんですか」


「一人で持つにはでかすぎる術だ」


瀬良は、何かを握るように手を開閉する。


「だから、人の形の方が削れる」


「人の形?」


「身体だけじゃねぇ」


瀬良は指を折る。


「名前、記録、周りの記憶」


一つずつ、場の空気が重くなる。


「そいつが、そいつだったと分かるもの全部だ」


白鳥が言う。


「存在情報の欠損」


瀬良は顔をしかめる。


「硬ぇな」


「でもまあ、そうだ」


文献の記録には、明確には残っていない。


しかし、人数としては存在するはずの退魔士がいる。


周辺の情報から穴埋めすると、そこには間違いなく八重士級の退魔士がいなければならない。

そうでなければ、処理できなかった案件がある。


おそらく、その退魔士は禁呪を使った。

使ってもおかしくない状況だった。


しかし、どう解決したかは記録されていない。


瀬良は言う。


「記録しなかったんじゃねぇ」


「記録から抜けたんだ」


「そいつが存在しないことになったなら、確認するすべもねぇ」


その言葉に、美緒の表情が硬くなる。


署名不備。

名前への反応遅延。


まだ、そこへ話は向かわない。

だが、美緒はもう、それをただの事務項目として見られない。


瀬良は続けた。


「ただ、完全に消える前の症状ならある」


美緒が聞く。


「症状……?」


「名痩せだ」


白鳥が即座に言葉を拾う。


「名前が薄くなる現象」


「軽いやつなら、普通の術式事故でも起きる」


瀬良は、淡々と言った。


「署名がかすれる」


美緒の指が、わずかに止まる。


「画数が足りなくなる」


透が息を飲む。


「呼ばれても一拍遅れる」


前の現場の廊下。

名前が出なかった黒瀬。

「若いの」に返事をした自分。


「記録上の名前が少し揺れる」


美緒の頭に、透の現場入りの署名が浮かぶ。


三枝 透。

足りなかった「透」の一画。


瀬良は言う。


「禁呪クラスだと、それが濃く出る」


「署名が欠けるどころじゃない」


「名前が残らない」


「記録が残らない」


「周りが、そいつをそいつとして掴めなくなる」


「最後には、そいつが最初からいなかったみたいになる」


白鳥が入力する。


「名痩せが極端に進行したものが、記録、名前、存在の消失である可能性」


瀬良は頷く。


「可能性、でいい」


「断言すると足をすくわれる」


「でも、繋がってると見た方が生き残りやすい」


美緒は小さく言った。


「……でも」


全員が美緒を見る。


美緒は、透の方を見ないようにして続ける。


「透くんの現場入りの署名は、暴発の前に欠けていました」


透は苦い顔をする。


「順番が合わないやつですね」


白鳥が反応する。


「通常の因果であれば、術式暴発後に署名が乱れる方が自然です」


「しかし、透さんの場合、現場入りの署名は暴発前に欠損していました」


土御門は、少しだけ目を細める。


「後から前へ、染みたか」


白鳥が聞き返す。


「後から前へ?」


土御門は、嫌そうに言う。


「今起きた傷が、今だけに残るとは限らん」


「名を削る術は、順番まで薄くすることがある」


「後で欠けたものが、前から欠けていたように残る」


「そういう嫌な残り方じゃ」


白鳥は端末に入力する手を止めた。


「時間方向への干渉……」


「お前さんらの言葉なら、そうなるかもしれん」


瀬良が横から言う。


「ただし、禁呪だけの話じゃねぇ」


透が顔を上げる。


「禁呪だけじゃない?」


「術式ってのは、そもそも今だけ触ってるわけじゃない」


瀬良は少しだけ真面目な顔になる。


「名前も、記録も、因果も、多少は揺らす」


「普通の術式なら、揺れたところで戻る」


「軽く済めば、署名が少し欠ける」


「呼ばれて一拍遅れる」


「記録の名前が少し揺れる」


「それが名痩せだ」


瀬良は、そこで一度言葉を切る。


「でも濃く出れば、記録が抜ける」


「名前が残らない」


「周りが、そいつをそいつとして掴めなくなる」


「禁呪は、その揺れが戻らないところまで行く」


美緒は黙っていた。


暴発後に欠けたのではない。

暴発前から欠けていた。


それは予兆だったのか。

それとも、暴発の影響が過去側へ染みたのか。


まだ断定はできない。


ただ、署名不備を事務ミスだけで片づけることは、もうできなかった。



※第6話「六十四接続」は全十四回です。

続きます。

作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yaemusubi_top/

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