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八重結び  作者: KEI
第6話 六十四接続

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(二)記録にならなかった違和感


◆ 二 記録にならなかった違和感


旧市営地下道封鎖区画の再評価依頼には、黒瀬退魔処理も呼ばれた。


単純な人手としてではない。


鷹宮亮介が、黒瀬玄一の過去調査知識を欲しがったためだった。


黒瀬は、大手退魔法人にいた頃、旧市営地下道そのものではなく、その後の封印維持作業や周辺記録に触れていた。


当時、それを異常として報告することはできなかった。

数値に出たわけではない。

誰かが明確に事故を起こしたわけでもない。


ただ、記録の抜け方、担当者の変わり方、現場が早く閉じられていく感じに、黒瀬は違和感を持っていた。


鷹宮はそれを知っている。


元請け側の会議室で、鷹宮は黒瀬へ資料を渡した。


「黒瀬には、記録になっていない部分を聞きたい」


黒瀬は資料を受け取りながら、少しだけ顔をしかめた。


「記録にないものを、今さら聞くのか」


「記録にないものを、今さら拾わないといけない案件になった」


黒瀬は少し黙る。


「嫌な言い方を覚えたな」


鷹宮は軽く息を吐いた。


「君ほどじゃない」


二人の会話は、いつも通りそこで止まった。


近いのに、踏み込まない。

踏み込まないことで、かろうじて仕事の形を保っている距離だった。


美緒も同行していた。


美緒は術者として前に出るわけではない。

ただ、契約、元請け、下請け、研究開発、古典監修、術具職人が同じ場にいる以上、調整役が必要になる。


鷹宮は、美緒の調整能力を知っていた。


契約外作業。

術具消耗。

保険。

報告書。

責任範囲。


それらを破綻させずに整理できる人間として見ている。


「片桐さんも来てほしい」


美緒は眉を動かした。


「私ですか」


「この手の案件は、術式だけでは進まない」


鷹宮は資料を閉じる。


「誰が何を言っていて、何が記録に残り、何が残らないか。そこを見てくれる人間がいる」


美緒は少しだけ目を細める。


「便利に言われている気がします」


「実際、便利だと思っている」


「否定しないんですね」


「嘘をつくと、あとで報告書が増えそうだからね」


美緒は否定しなかった。


透は、この段階ではおまけに近かった。


黒瀬退魔処理の若手だから連れてこられた。


ただし、鷹宮にはもう一つ理由がある。


透は、白鳥と現場で少ない接点を持った人間だった。

式守の短縮案に巻き込まれ、名前認識遅延を起こし、現場入りの署名の欠損も記録されている。


白鳥が式守の外側を学ぶなら、透は近くにいた方がいい。


鷹宮は透を見る。


「三枝くんも来ているのか」


透は手を上げる。


「おまけです」


「今のところはね」


「今のところ?」


「君は白鳥さんにとって、少ない現場接点の一人だ」


透は不安そうに白鳥を見る。


「それ、いいことですか」


白鳥は端末から顔を上げずに答えた。


「有用ではあります」


「白鳥さんの褒め方、ずっと怖いんですよ」


「褒めていません」


「余計怖い」


◆ 三 処理の層


日野原澪は、地下道関連資料を一通り確認したあと、静かに言った。


「これは、一体の怨霊ではありません」


元請け側の解析室には、地下道の図面、封印維持記録、事故記録、式守の出力、白鳥の補足ログが広げられていた。


澪のノートには、場所ごとに違う筆圧で書かれたメモが並んでいる。


八十年前の災害。

防火扉。

救助の失敗。

当時の封印。

処理報告の欠落。

維持管理の先送り。

誰が何をしたのか分からない責任の層。


それらが、同じ場所に積み重なっている。


澪はノートを閉じずに続けた。


「これは、怨霊というより処理の層です」


透は聞き返す。


「処理の層?」


「はい」


澪は地下道の図面を指す。


「災害そのもの。救助の記憶。封印維持の失敗。報告書の欠落。それらが同じ場所に積み重なっています」


透は図面を見る。


「つまり、何を倒せばいいんですか」


澪は透を見る。


「倒す対象として見ると、たぶん間違えます」


「倒す対象じゃない?」


「敵がいるというより、終わっていない処理が絡まっている状態です」


透は言葉を飲み込む。


敵がいるなら、分かりやすい。

残滓なら薄める。

封じられたものなら凝縮して回収する。

噂なら流路を見てほどく。


でも、処理そのものが絡まっていると言われると、どこから手をつけるのか分からない。


澪は続ける。


「誰かが悪い、で片づくならまだ楽です」


「楽なんですか」


「はい。対象が定まるので」


少し間を置く。


「でもたぶん、そうではありません」


既存術式の効果も薄い。


希薄で散らしても、別の層から戻る。

凝縮で集めても、どの層を集めたのか分からない。

固定で留めても、留めた対象の外側から滲む。

観測しても、観測対象が一定しない。


澪は、言葉を選びながら言う。


「対象が一つなら、処置は組めます」


白鳥が頷く。


「はい。対象の定義があれば、術式構成は可能です」


澪は首を横に振る。


「でもこれは、対象というより層です」


図面の上に、薄い紙を重ねる。


「一枚剥がすと、別の層が出ます」


透が呟く。


「じゃあ、全部見るしかない?」


澪は即答しなかった。


そして、ゆっくり首を振る。


「見るだけでは足りません」


「見るだけでは」


「見る。止める。曲げる。薄める。集める。聞く」


澪は、一つずつ言葉を置く。


「たぶん、全部を何度も使う必要があります」


透は手を見る。


見る。

止める。

曲げる。

薄める。

集める。

聞く。


六つ。


それだけでも、若手が簡単に持てる数ではない。


しかも、何度も。


旧市営地下道は、敵ではない。


絡まった未処理そのものだった。



※第6話「六十四接続」は全十四回です。

続きます。

作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yaemusubi_top/

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