(二)記録にならなかった違和感
◆ 二 記録にならなかった違和感
旧市営地下道封鎖区画の再評価依頼には、黒瀬退魔処理も呼ばれた。
単純な人手としてではない。
鷹宮亮介が、黒瀬玄一の過去調査知識を欲しがったためだった。
黒瀬は、大手退魔法人にいた頃、旧市営地下道そのものではなく、その後の封印維持作業や周辺記録に触れていた。
当時、それを異常として報告することはできなかった。
数値に出たわけではない。
誰かが明確に事故を起こしたわけでもない。
ただ、記録の抜け方、担当者の変わり方、現場が早く閉じられていく感じに、黒瀬は違和感を持っていた。
鷹宮はそれを知っている。
元請け側の会議室で、鷹宮は黒瀬へ資料を渡した。
「黒瀬には、記録になっていない部分を聞きたい」
黒瀬は資料を受け取りながら、少しだけ顔をしかめた。
「記録にないものを、今さら聞くのか」
「記録にないものを、今さら拾わないといけない案件になった」
黒瀬は少し黙る。
「嫌な言い方を覚えたな」
鷹宮は軽く息を吐いた。
「君ほどじゃない」
二人の会話は、いつも通りそこで止まった。
近いのに、踏み込まない。
踏み込まないことで、かろうじて仕事の形を保っている距離だった。
美緒も同行していた。
美緒は術者として前に出るわけではない。
ただ、契約、元請け、下請け、研究開発、古典監修、術具職人が同じ場にいる以上、調整役が必要になる。
鷹宮は、美緒の調整能力を知っていた。
契約外作業。
術具消耗。
保険。
報告書。
責任範囲。
それらを破綻させずに整理できる人間として見ている。
「片桐さんも来てほしい」
美緒は眉を動かした。
「私ですか」
「この手の案件は、術式だけでは進まない」
鷹宮は資料を閉じる。
「誰が何を言っていて、何が記録に残り、何が残らないか。そこを見てくれる人間がいる」
美緒は少しだけ目を細める。
「便利に言われている気がします」
「実際、便利だと思っている」
「否定しないんですね」
「嘘をつくと、あとで報告書が増えそうだからね」
美緒は否定しなかった。
透は、この段階ではおまけに近かった。
黒瀬退魔処理の若手だから連れてこられた。
ただし、鷹宮にはもう一つ理由がある。
透は、白鳥と現場で少ない接点を持った人間だった。
式守の短縮案に巻き込まれ、名前認識遅延を起こし、現場入りの署名の欠損も記録されている。
白鳥が式守の外側を学ぶなら、透は近くにいた方がいい。
鷹宮は透を見る。
「三枝くんも来ているのか」
透は手を上げる。
「おまけです」
「今のところはね」
「今のところ?」
「君は白鳥さんにとって、少ない現場接点の一人だ」
透は不安そうに白鳥を見る。
「それ、いいことですか」
白鳥は端末から顔を上げずに答えた。
「有用ではあります」
「白鳥さんの褒め方、ずっと怖いんですよ」
「褒めていません」
「余計怖い」
◆ 三 処理の層
日野原澪は、地下道関連資料を一通り確認したあと、静かに言った。
「これは、一体の怨霊ではありません」
元請け側の解析室には、地下道の図面、封印維持記録、事故記録、式守の出力、白鳥の補足ログが広げられていた。
澪のノートには、場所ごとに違う筆圧で書かれたメモが並んでいる。
八十年前の災害。
防火扉。
救助の失敗。
当時の封印。
処理報告の欠落。
維持管理の先送り。
誰が何をしたのか分からない責任の層。
それらが、同じ場所に積み重なっている。
澪はノートを閉じずに続けた。
「これは、怨霊というより処理の層です」
透は聞き返す。
「処理の層?」
「はい」
澪は地下道の図面を指す。
「災害そのもの。救助の記憶。封印維持の失敗。報告書の欠落。それらが同じ場所に積み重なっています」
透は図面を見る。
「つまり、何を倒せばいいんですか」
澪は透を見る。
「倒す対象として見ると、たぶん間違えます」
「倒す対象じゃない?」
「敵がいるというより、終わっていない処理が絡まっている状態です」
透は言葉を飲み込む。
敵がいるなら、分かりやすい。
残滓なら薄める。
封じられたものなら凝縮して回収する。
噂なら流路を見てほどく。
でも、処理そのものが絡まっていると言われると、どこから手をつけるのか分からない。
澪は続ける。
「誰かが悪い、で片づくならまだ楽です」
「楽なんですか」
「はい。対象が定まるので」
少し間を置く。
「でもたぶん、そうではありません」
既存術式の効果も薄い。
希薄で散らしても、別の層から戻る。
凝縮で集めても、どの層を集めたのか分からない。
固定で留めても、留めた対象の外側から滲む。
観測しても、観測対象が一定しない。
澪は、言葉を選びながら言う。
「対象が一つなら、処置は組めます」
白鳥が頷く。
「はい。対象の定義があれば、術式構成は可能です」
澪は首を横に振る。
「でもこれは、対象というより層です」
図面の上に、薄い紙を重ねる。
「一枚剥がすと、別の層が出ます」
透が呟く。
「じゃあ、全部見るしかない?」
澪は即答しなかった。
そして、ゆっくり首を振る。
「見るだけでは足りません」
「見るだけでは」
「見る。止める。曲げる。薄める。集める。聞く」
澪は、一つずつ言葉を置く。
「たぶん、全部を何度も使う必要があります」
透は手を見る。
見る。
止める。
曲げる。
薄める。
集める。
聞く。
六つ。
それだけでも、若手が簡単に持てる数ではない。
しかも、何度も。
旧市営地下道は、敵ではない。
絡まった未処理そのものだった。
※第6話「六十四接続」は全十四回です。
続きます。
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