(一)封鎖区画の再評価
◆ 一 封鎖区画の再評価
旧市営地下道の霊障は、突然発生したわけではなかった。
兆候は、以前から出ていた。
封鎖区画内の観測値の乱れ。
防火扉の向こうから聞こえる足音。
封印維持報告の欠落。
担当者名の不一致。
八十年前の事故記録に残る、強い術式暴発のような痕跡。
さらに、一部資料群には、現場入りの署名や担当者名に関する不自然な欠損が偏っていた。
術式図や処理記録にも、書き手不明の転記めいた記述が残っている。
どれも、単独なら事故ではない。
古い記録の劣化。
封印維持作業の誤差。
管理台帳の不備。
紙資料の破損。
説明はいくらでもつく。
だから、案件にはならなかった。
だが、式守に追加された「署名不備」の評価項目が、地下道関連資料の一部で偏りを示した。
ただし、重みは0.01。
単独なら、ほとんど無視に近い。
しかも、旧市営地下道そのものが、署名不備を多発させているわけではなかった。
封鎖区画に入った者の署名が、片端から欠けているわけではない。
維持管理に関わった全員の名前が、薄くなっているわけでもない。
偏っていたのは、八接続級以上の術式暴発が疑われる資料群だった。
現場入りの署名。
担当者名欠損。
観測ログの抜け。
書き手不明の術式記録。
意味を把握しないまま残されたような術式図。
それらは、旧市営地下道全体に均等に散っているのではなく、強い術式事故の痕跡が残る箇所に寄っていた。
だから式守は、旧市営地下道を「署名不備が多い案件」として拾ったのではない。
高負荷術式残滓に、名前や記録の欠損が随伴している可能性。
そういう相関候補として拾った。
式守の出力が、元請け側の端末に表示される。
> 件名。旧市営地下道封鎖区画・再評価依頼。
> 高負荷術式残滓を検出。
> 推定接続数、八接続級以上。
> 暴発痕跡あり。
> 観測ログ欠落。
> 現場入りの署名、担当者名欠損、書き手不明の術式記録が一部資料群に偏在。
> 旧市営地下道全体との直接相関は低。
> 高負荷術式残滓との相関候補として保留。
白鳥理央は、画面を見つめていた。
「現時点で確定できるのは、強い術式事故の残滓があるということです」
声は平坦だった。
だが、言葉の置き方は慎重だった。
「推定接続数は、八接続級、またはそれ以上」
篠宮伊織が、端末の表示を見る。
「八接続級以上……」
白鳥は頷く。
「ただし、記録上は八接続を超える術式の使用は確認されていません」
「では、八接続級術式の暴発ですか」
「現時点では、それが最も高い候補です」
白鳥は次の資料を開く。
「過去の事故で八接続級術式が暴発し、その影響が封印維持記録に残った可能性が高いです」
旧市営地下道は、ようやく案件になる。
発生したのではない。
案件化せざるを得なくなった。
※第6話「六十四接続」は全十四回です。
続きます。
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