(十)記録し直す
◆ 十二 記録し直す
事故後、白鳥は土御門に聞いた。
「先ほどの現象について、記録はありますか」
土御門はすぐには答えなかった。
廊下の奥を見て、それから白鳥を見る。
「あるにはある」
白鳥は身を乗り出す。
「どこにありますか」
「ただし、別の名前で残っとる」
「別の名前?」
土御門は指を折る。
「署名不備」
次に。
「本人確認遅延」
さらに。
「記載ミス。疲労。現場混乱」
白鳥の表情が硬くなる。
土御門は続けた。
「人が消えかけた時ほど、人は事務ミスとして片づける」
白鳥は低く言う。
「それでは、式守には学習できません」
「そうじゃ」
土御門は当然のように頷く。
白鳥は少しだけ黙る。
そして言った。
「なら、記録し直します」
土御門は白鳥を見る。
「嫌なものまで記録しろ」
「はい」
「お前さんは、それができる嫌な女じゃ」
白鳥は一拍置く。
「褒め言葉として処理します」
ここで、白鳥と土御門がつながった。
土御門は白鳥を完全には信用していない。
白鳥も、土御門の言葉をすべて受け入れたわけではない。
ただ、「記録し直す」という一点でつながった。
このあと、現場班は一度切り分けられた。
黒瀬は、透の状態確認と帰社判断に回る。
篠宮は、三接続化に同意した経緯を元請け側の報告に残すため、別室で記録を整理する。
つづりは、黒ずんだ予備札と未使用扱いだった術具を回収し、明細に追記する。
美緒は、署名比較の控えを保存する。
現場詰所に残るのは、元請け立会いの鷹宮、式守運用の白鳥、古典監修として呼ばれた土御門。
白鳥は式守ログを見る。
> 微弱偏向反応。
> 主術式寄与不明。
> 外乱ノイズとして除外。
> 余剰札、反応なし。
> 削減妥当。
> 術後、未使用札に遅延反応。
> 希薄後凝縮、省略。
> 理由、対象反応低位。接続数低減による術者負荷軽減。
> 結果、本人呼称反応遅延。
> 因果関係、不明。
> 分類保留。
> 現場違和感。
> 複数術者申告あり。
> 客観指標、未特定。
> 評価項目候補。
> 初期重み0.01。
> 署名不備。
> 本人確認項目。
> 術式事故関連候補。
> 初期重み0.01。
白鳥は一つずつ、声に出した。
「除外してはいけなかった」
微弱偏向反応。
「未使用として扱ってはいけなかった」
遅れて黒ずんだ札。
「希薄で止めてよいと、断定してはいけなかった」
本人呼称反応遅延。
「接続数を減らせば安全だと、単純化してはいけなかった」
三接続化。
「場の違和感を、主観として捨ててはいけなかった」
複数術者の申告。
「署名不備を、本人確認だけに閉じてはいけなかった」
美緒の控え。
まだ、それは現象ですらなかった。
記録に残すには薄すぎる。見逃すには、少しだけ重い。
けれど、画面上の分類ではそれ以上の名前を持たない。
式守は、それらを評価項目候補として残した。白鳥は、その優先度を低に設定した。
ただ、ゼロではないものが増えた。
土御門が言う。
「ようやく、見たくないものを見る気になったか」
白鳥は画面から目を離さずに答えた。
「はい」
土御門は静かに言う。
「なら次は、もっと嫌なものを見る」
その言葉に、少し離れた場所にいた鷹宮亮介が顔を上げた。
◆ 十三 旧市営地下道
鷹宮亮介は、今回の試験運用に元請け側の立会いとして来ていた。
現場判断には口を挟みすぎず、しかし責任の所在だけは見ている。
鷹宮は土御門へ軽く頭を下げた。
「土御門さん」
「鷹宮か」
「急な監修依頼、助かりました」
土御門は鼻を鳴らす。
「助かったかどうかは、まだ分からん」
鷹宮は苦く笑う。
「そうですね。ただ、止まる理由にはなりました」
「止まる理由を作るのが、年寄りの仕事になるとはな」
「若い人間だけだと、進める理由の方が強くなりますから」
土御門は鷹宮を見る。
「お前さんも、もうそちら側じゃろう」
鷹宮は少しだけ苦く笑った。
「否定できません」
その直後、鷹宮の端末に非公開案件の通知が届いた。
件名。
> 旧市営地下道封鎖区画・再評価依頼
鷹宮の表情が、わずかに変わる。
添付された観測値は、軽微な残留霊障の再活性化を示している。
さらに、関連資料の一部に署名不備、担当者名欠損、観測ログ欠落が偏っていた。
白鳥の端末にも、式守の再評価候補として通知が出る。
> 旧市営地下道封鎖区画。
> 高負荷術式残滓疑い。
> 記録欠損あり。
> 署名不備項目との相関、低。
> ただしゼロではない。
白鳥は、その件名を読む。
「旧市営地下道……」
鷹宮は一度だけ目を通し、画面を閉じた。
「……まだ、現場に出す段階じゃない」
土御門が言う。
「嫌なものを見る、と言ったばかりじゃ」
鷹宮は答える。
「できれば、もう少し後にしてほしかったですね」
土御門は短く言った。
「そういうものほど、待たん」
鷹宮は端末を握る手に、少しだけ力を込める。
「まだ、現場に出す段階じゃない」
同じ言葉を、もう一度だけ繰り返す。
だが、その言葉が通用しないところまで、案件はもう進んでいる。
白鳥は式守の画面を見る。
署名不備。
現場違和感。
微弱偏向反応。
未使用札の遅延反応。
本人呼称反応遅延。
どれも、まだ軽い。
どれも、まだ名前がない。
それでも、ゼロではない。
式守の再評価候補に、旧市営地下道の名が残る。
画面の小さな表示が、消えずに点灯していた。
第5話 式守は禁忌を知らない 了
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