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八重結び  作者: KEI
第5話 式守は禁忌を知らない

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(九)帰れるかどうか

◆ 十 帰れるかどうか


土御門が、静かに白鳥を見る。


静かだった。


だが、明らかに怒っていた。


「なぜ希薄で止めた」


白鳥は端末を見たまま答える。


「対象反応は基準値以下でした。物理破損もなく、主要術具反応も基準内です。三接続化により、術者負荷も低下しています」


「全部、筋は通っとる」


白鳥は顔を上げる。


「では」


土御門は言う。


「場が軽くなっとらん」


白鳥の返答は変わらない。


「場の空気は定量化されていません」


「だから怖いんじゃ」


「定量化されていないものを、判断基準にはできません」


土御門は頷く。


「できん」


そして、続けた。


「じゃが、捨てるな」


白鳥は黙る。


「どう扱えばいいのですか」


「知らん」


土御門は即答した。


「知らんから、昔の術式は待つ。札を置く。鈴を鳴らす。余計に見る。最後に何かを噛ませる」


白鳥は聞く。


「理由は」


「分からん」


土御門は、透の方をちらりと見る。


「じゃが、軽くなるまで帰らん」


白鳥はその言葉を繰り返した。


「軽くなるまで、帰らない」


土御門は頷く。


「お前さんの式守は、怨霊がいないことを見た。壊れていないことを見た。数値が下がったことを見た」


そして、静かに言う。


「だが、帰れるかどうかを見とらん」


白鳥の目がわずかに動く。


「……帰れるかどうか」


「そうじゃ」


土御門は廊下を見た。


「現場は、終わったかどうかだけでは足りん。帰れるかどうかを見る」


篠宮は唇を結ぶ。


その判断に、自分も同意した。


土御門が呼ぶ。


「篠宮」


「……はい」


「お前さんも、そう思ったか」


篠宮は逃げなかった。


「思いました」


「接続数を減らす方が、三枝さんには安定すると判断しました」


土御門は頷く。


「そうじゃろうな」


篠宮が顔を上げる。


「そう見える」


土御門は言った。


「だから怖い」


白鳥が聞く。


「では、何が誤りだったのですか」


「知らん」


「知らない?」


「知らん」


土御門の声は揺れない。


「四つなら防げた、とも言えん。凝縮を入れたせいで別の事故が起きたかもしれん」


それから、白鳥を見た。


「じゃが、希薄で止めるのは怖い」


白鳥は問う。


「根拠は」


「経験じゃ」


「式守には入力できません」


「今はな」


黒瀬が低く言う。


「俺も、四つなら防げたとは言わん」


白鳥は黒瀬を見る。


黒瀬は、まだ重い廊下を見ていた。


「だが、希薄で止めるのは嫌だった」


「嫌、ですか」


「そうだ」


黒瀬は言う。


「終わったように見える。でも、終わった感じがしない。そういう時がある」


白鳥は端末に視線を落とす。


「主観的です」


「主観だな」


土御門が言う。


「主観で拾ったものを、全部捨てた結果が今じゃ」


白鳥は黙る。


土御門は続けた。


「なぜ札を削った。なぜ観測をそこで止めた。なぜ希薄で止めた」


一つずつ、言葉を置く。


「全部、同じ話じゃ」


効いた証拠がない。

見えた異常がない。

接続数が少ない方が安定する。


どれも筋は通っている。


「筋が通っとるから、人が薄くなる」


その言葉に、白鳥の指が止まった。


「……評価項目が不足しています」


土御門は頷く。


「そうじゃ」


「ただし、項目名はわしにも分からん」


「分からんものを、分からんまま捨てるな」


篠宮は、静かに拳を握った。


「……報告します」


白鳥が聞く。


「何をですか」


「三接続化の判断に、私も同意したことを」


篠宮は、はっきりと言った。


「その結果、三枝さんに本人確認遅延が発生したことを」


白鳥は頷く。


「必要です」


「分かっています」


必要だが、書きたくない。


商業施設案件の「原因不明」に続き、篠宮にとって嫌な報告になる。


それでも、書くしかなかった。


書かない安全は、次に引き継げない。


そこだけは、白鳥の言う通りだった。


◆ 十一 署名の一画


事故後、美緒は書類を確認した。


透が自分の名前に反応しなかったことが、頭から離れない。


美緒は、今回の現場入り前に書かれた入構確認票を取り出す。


そこには、透の署名がある。


> 三枝 透


読める。


だが、「透」の一画が足りない。


美緒は息を止めた。


これは、事故後の署名ではない。

現場に入る前の署名だ。


手早く書けば、省略はあり得る。

現場入り前で慌ただしかったなら、説明はつく。


でも、美緒は透の字を見慣れている。


美緒は、商業施設案件で書かれた報告書を取り出す。

透が異様に安定した固定を出した、あの現場の署名。


そちらの「透」は、普通だった。


美緒は二つの署名を並べる。


前回は、普通。

今回は、一画足りない。


だが、今回の署名は暴発前に書かれている。


順番が合わない。


暴発したから署名がおかしくなったのではない。

署名がおかしい状態で、透は現場に入った。


そして、暴発した。


美緒は小さく呟く。


「……でも、透くんは」


こんな省略の仕方はしない。


そう言いかけて、言葉を飲み込む。


美緒はまだ、それに名前をつけられない。


ただ、事務ミスとして流す気にはなれない。


美緒は署名の比較を白鳥に見せた。


白鳥は、二つの署名を確認する。


「前回現場の署名は正常」


次に、今回の入構確認票を見る。


「今回現場入り前の署名は、一画欠損」


さらに、事故ログを確認する。


「その後、三枝さんは術式暴発時に名前認識の遅延を起こした」


美緒は静かに言う。


「関係あると思います」


白鳥はすぐには否定しなかった。


「可能性はあります」


美緒は少し眉を寄せる。


「可能性?」


「現時点では、それ以上にはできません」


美緒は少しむっとする。


白鳥は続けた。


「ですが、無視もしません」


白鳥は式守に向き直る。


「式守。評価項目を追加」


画面が切り替わる。


「署名不備」


白鳥は入力する。


「分類。本人確認項目、および術式事故関連候補」


一拍置いて、数値を入れる。


「初期重み、0.01」


美緒が即座に言う。


「低くないですか」


「高くする根拠がありません」


「でも、入れるんですね」


白鳥は美緒を見る。


「無視する根拠もありません」


土御門が少し笑う。


「ずいぶん軽いな」


白鳥は真面目に答えた。


「根拠が薄いためです」


「じゃが、ゼロではない」


「はい」


白鳥は頷く。


「ゼロではありません」


土御門は満足そうに言った。


「なら十分じゃ」


「十分ではありません」


白鳥はすぐに訂正する。


「暫定です」


土御門は笑う。


「お前さん、ほんに嫌な女じゃな」


白鳥は少しだけ考える。


「褒め言葉として処理します」


つづりが横から言う。


「今のはたぶん褒めてる」


白鳥はつづりを見る。


「褒め言葉として処理済みです」


「処理済みって言い方が嫌」


続いて、白鳥はもう一つ項目を追加した。


「式守。評価項目候補を追加」


画面に、新しい項目が表示される。


「現場違和感」


白鳥は、黒瀬、土御門、篠宮、つづりの申告を紐づける。


「複数術者申告。客観指標、未特定。反応値、物理破損、術具反応との相関不明」


そして、入力する。


「初期重み、0.01」


つづりが言う。


「また低い」


「高くする根拠がありません」


土御門が言う。


「じゃが、ゼロではない」


白鳥は頷く。


「はい。ゼロではありません」


黒瀬が低く言う。


「ゼロじゃないものが増えてきたな」


白鳥は画面を見る。


「はい」


少しだけ、声が重くなる。


「増えています」


※第5話「式守は禁忌を知らない」は全十回です。

続きます。


作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yaemusubi_top/

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