(五)短縮術式
◆ 五 短縮術式
式守の短縮術式は、一見成功した。
対象は、共用廊下の突き当たりに薄く残った人影型。
処理前観測で、対象位置と密度を確認する。
固定で廊下端に範囲を限定する。
希薄で対象反応を基準値以下へ下げる。
初回術後観測で、希薄直後の反応低下を確認する。
二回目の術後観測で、短時間後の再反応を確認する。
以降、異常値がなければ追加観測と待機を省略する。
本来の古い手順では、そこにいくつかの確認が入る。
鈴で周期を見る。
予備札を置く。
吸い札を増やす。
三回目以降の術後観測を入れる。
一定時間、待機する。
式守はそれを削った。
白鳥が式守に指示を出す。
「処理前観測」
透が観測に入る。
「対象、廊下突き当たり」
人影は薄い。
顔はない。
名前もない。
ただ、そこに誰かが立っているように見えるだけだ。
「密度、低いです。視線反応は弱い」
式守が数値を返す。
白鳥が続ける。
「固定」
篠宮が術具配置を確認する。
透は固定を補助し、廊下端から広がらないように範囲を取る。
強く止めすぎない。
廊下の端に留めるだけ。
商業施設の固定が頭をよぎる。
強く出たからいい、ではない。
透は一拍置いて、固定を浅く保った。
白鳥が言う。
「希薄」
透は対象反応を薄める。
消し飛ばすのではない。
人影として見えていた輪郭を、共用廊下に残らない程度まで下げる。
反応は落ちた。
式守の画面に、基準値以下の表示が出る。
白鳥の声がわずかに明るくなる。
「初回術後観測」
透が見る。
「反応、低位」
篠宮も確認する。
「廊下端、残留は基準内」
白鳥が続ける。
「二回目の術後観測」
短い待機。
それから再度見る。
透は廊下の突き当たりを確認した。
「出てません」
篠宮も端末を見た。
「再反応なし」
式守が成功判定を返す。
> 処理完了判定、可能。
> 追加観測、省略可能。
> 術具使用量、削減成功。
> 作業時間、短縮。
透は素直に感心した。
「普通にすげえ」
白鳥が顔を上げる。
「普通に終わる現場を増やすためのシステムです」
透は廊下の先を見た。
さっきまでいた人影は、もう見えない。
「早いし、終わってる」
白鳥は少しだけ誇らしげに言う。
「誰か一人の勘に頼らず、一定水準の処理を再現する。そのために式守があります」
篠宮は渋い顔をしていた。
土御門は黙っている。
つづりは、使われなかった札を見て納得していない。
黒瀬も、廊下の奥から目を離さなかった。
数字で見れば、終わっている。
それでも、場の空気はまだ、少し重かった。
◆ 六 現場違和感
式守ログに、一瞬だけ表示が出た。
> 共用廊下端から階段側へ、微弱な流路偏りを検出。
> 主対象反応との関連、不明。
> 環境ノイズとして除外。
篠宮だけが、それに引っかかった。
商業施設案件で、自分が「原因不明」と書かざるを得なかったものと、どこか似ている。
あれは三枝透の固定に絡んだ異常だった。
今回は、術者ではなく現場側に、わずかな流れの偏りが出ている。
篠宮は白鳥に聞いた。
「本当に、環境ノイズとして除外していいんですか」
白鳥はログを確認する。
「有意差は確認できません」
「確認できないことと、存在しないことは違います」
「その通りです」
白鳥はあっさり認める。
「ですが、確認できないものを手順には入れられません」
篠宮は言葉に詰まった。
「……それも正しいですね」
「はい」
正しい。
だから、嫌だった。
同時に、術具ログにも表示が出る。
> 余剰札、反応なし。
> 吸い札使用率、想定以下。
> 削減妥当。
つづりも引っかかった。
「反応なし、ねえ」
白鳥が言う。
「現時点では、です」
つづりは札を見たまま聞く。
「その“現時点”って、いつまで?」
「二回目の術後観測完了までです」
「その後は?」
「追加観測対象外です」
つづりはそれ以上言わない。
ただ、札をしまわずに見ている。
黒瀬も廊下の奥を見る。
反応は低い。
怨霊がはっきり残っている感じも薄い。
床も壁も壊れていない。
主要な術具も落ちていない。
数字で見れば、終わっている。
それでも、空気が軽くない。
黒瀬が低く言った。
「……場が重い」
白鳥が振り向く。
「場、ですか」
「そうだ」
「具体的には」
黒瀬は少し黙った。
「具体的には、ない」
白鳥は瞬きをする。
「ない?」
「怨霊が残っているわけじゃない。何かが壊れたわけでもない。観測値も、たぶんお前の言う通りだ」
黒瀬は廊下の奥を見たまま言う。
「でも、終わった感じがしない」
白鳥は端末へ視線を落とす。
「主観的評価です」
「そうだな」
「式守には入力できません」
「だろうな」
つづりも、札を持ったまま言った。
「うちも、ちょっと嫌」
白鳥はつづりを見る。
「宮守さんもですか」
「札が焦げてるわけじゃない。鈴が鳴ってるわけでもない。でも、箱に戻す気にならない」
「それも主観的評価です」
「そうだね」
つづりは、使われなかったはずの札を指で撫でる。
「でも、こういう時に戻すと、だいたいあとで出すことになる」
篠宮は黙る。
篠宮にも、少しだけ分かる。
ただ、黒瀬ほど強くはない。
「……違和感はあります」
白鳥が篠宮を見る。
「篠宮さんもですか」
「はい」
篠宮はログを見る。
「ただし、処理完了判定を覆すほどの根拠ではありません」
白鳥は式守へ記録を入れるか迷った。
そして、入力する。
> 現場違和感。
> 複数術者より申告あり。
> 客観指標、未特定。
> 判定影響、なし。
白鳥は画面を見つめる。
判定影響、なし。
今の式守には、そう書くしかなかった。
※第5話「式守は禁忌を知らない」は全十回です。
続きます。
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