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八重結び  作者: KEI
第5話 式守は禁忌を知らない

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(四)怖いと言っとる

◆ 四 土御門清胤


土御門清胤は、遅れて現場に来た。


古典術式と禁忌に詳しい老退魔士。

肩に古い羽織をかけ、足元は草履ではなく、現場用の滑りにくい靴を履いている。


見た目は古い。

だが、歩き方は遅くない。


土御門は、現場詰所に入ると、白鳥の端末を見た。


「これが式守か」


白鳥が頭を下げる。


「はい。研究開発部の白鳥理央です」


土御門は白鳥をじっと見る。


「若いな」


「年齢は十八です」


「聞いたまま答えるところは、若いのか若くないのか分からんな」


白鳥は反応に困ったのか、少しだけ黙った。


土御門は式守案に目を通す。


札。

鈴。

吸い札。

待機時間。

術後観測。


削減対象を確認し、最初に聞いた。


「術後は二回見るのか」


白鳥が答える。


「はい。処理後の初回観測、二回目の術後観測。連続して異常値がない場合、以降を省略します」


土御門は頷く。


「一回で切るよりはましじゃな」


「安全側の短縮です」


土御門は白鳥を見る。


「ましと安全は違う」


白鳥はすぐに返す。


「二回の術後観測で異常値が確認されなければ、対象反応は安定低下していると判断できます」


「判断はできる」


土御門は式守の画面を指で示す。


「外すこともある」


「なぜですか」


土御門は少し黙る。


「分からん」


白鳥の表情が止まった。


「分からない?」


「分からん」


土御門は当然のように言う。


「ただ、二回見て何もなかったものが、後から出ることはある」


白鳥はすぐに言い換える。


「再活性化ですか」


「そう言えばそうかもしれん」


「観測間隔の問題ですか」


「それもある」


「他には」


土御門は、少し面倒そうに息を吐く。


「それだけではない気もする」


白鳥は真顔で聞く。


「では、何が問題ですか」


「だから、分からんと言っとる」


白鳥は黙った。


土御門は続ける。


「分からんから、昔の術式は待つ」


指を一本立てる。


「分からんから、鈴を鳴らす」


次に、札の束を見る。


「分からんから、余分な札を置く」


白鳥は言う。


「不明な危険への冗長性、ということですか」


土御門は少し笑う。


「そう言えば聞こえはいいな」


「では、どの程度の冗長性が必要ですか」


「知らん」


白鳥の眉がわずかに動いた。


「知らないことが多いですね」


「そうじゃ」


土御門はまったく恥じない。


「だから削るなと言っとる」


白鳥は一歩も引かない。


「しかし、不要な手順を残すことも、現場負担になります」


「それもそうじゃ」


「ならば、削減判断自体は誤りではありません」


土御門は頷いた。


「誤りとは言っとらん」


「では」


土御門は白鳥をまっすぐ見た。


「怖いと言っとる」


その言葉で、場が少し静かになる。


白鳥は、その「怖い」を入力できない。


土御門も、それを理論として説明できない。


篠宮は二人を見ていた。


白鳥を論破できる人間が来たわけではなかった。

土御門も、白鳥の問いに完全には答えられない。


だが、答えられないものを、答えられないまま残すために来ている。


それだけは分かった。


※第5話「式守は禁忌を知らない」は全十回です。

続きます。

作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yaemusubi_top/

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