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八重結び  作者: KEI
第5話 式守は禁忌を知らない

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(一)標準化できない安全

◆ 一 標準化できない安全


術式設計支援AI「式守」の試験運用担当として、白鳥理央が現場に来た。


十八歳。

年齢より少し幼く見える顔立ちで、背は低い。

着ている白衣は肩と袖が少し余っていて、研究室からそのまま抜け出してきた学生のようにも見える。


ただし、本人にそういう自覚はないらしい。


白鳥は管理用端末を片手に、現場詰所へ入ると、黒瀬たちへ丁寧に頭を下げた。


「研究開発部、白鳥理央です」


声は落ち着いている。

姿勢も丁寧だった。


そのぶん、言葉だけが少し刺さる。


「本日より、式守の試験運用を開始します」


透は、横に置かれた携行端末を見る。


「これが式守ですか」


画面には、簡素な待機表示が出ている。

人型でも、喋る人形でもない。

ただ、術式ログ、現場情報、過去記録を読み込むための端末だった。


白鳥は頷く。


「正確には、端末は式守の現場入出力装置です。解析本体は元請け側のサーバにあります」


「おお、急に分からない」


「理解の必要はありません」


透は一瞬黙った。


白鳥は悪気なく続ける。


「必要な操作はこちらで行います。三枝さんは、指示された範囲で通常通り観測と処置をしてください」


「なんか、もう少し言い方ありません?」


「では、理解可能な範囲で共有します」


「刺さり方が変わっただけですね」


篠宮伊織は、白鳥の端末に目を向けている。


「式守の主目的は、現場判断補助、報告書標準化、古い記録の再評価と聞いています」


「はい」


白鳥はすぐに答えた。


「現場ごとにばらつく判断を整理し、再現可能な形にします。属人的な安全を減らし、引き継げる安全に変換します」


篠宮の眉が、わずかに動く。


「属人的な安全、ですか」


「はい」


白鳥は端末を操作しながら言う。


「記録に残らない安全は、標準化できません」


篠宮の声が少し硬くなる。


「現場には、記録しきれない判断もあります」


「あります」


白鳥は否定しなかった。


だからこそ、次の言葉が強かった。


「ですが、記録しきれない判断は、他者へ引き継げません。引き継げない安全は、標準手順にはできません」


篠宮は言い返せない。


正しい。

正しすぎる。


その正しさに、現場の一部が入っていない気がするだけだった。


白鳥は、前回の商業施設案件のログを開いた。


「例として、三枝さんの固定を取り上げます」


透は嫌な予感を覚える。


「いきなり俺ですか」


「はい」


白鳥は画面を読む。


「術者適性に比して出力が過大。反発は想定より低位。周辺術具に過剰反応。接続四、希薄補助低下。原因不明。要再観測」


篠宮が少しだけ顔をしかめた。


それは、篠宮自身が書いた報告だった。


白鳥は続ける。


「成功例ではあります。人命救助にも寄与しています」


透は少しだけ安心しかける。


「ですが、本人に再現可能性がありません。したがって、標準手順にはできません」


「成功したのに?」


「はい」


白鳥は当然のように答えた。


「成功しただけでは、手順になりません」


透は何も言えなかった。


その言葉は、きつい。

だが、黒瀬にも似たようなことを言われている。


強く出たからいい、ではない。

通ったから安定、ではない。


白鳥は次に、宮守つづりの明細を開いた。


「宮守さんの術具消耗明細は、現場ログとして有用です」


つづりはすぐに顔を上げた。


「褒めた? 請求通る?」


「褒めていません」


白鳥は淡々と返す。


「利用可能な記録だと判断しました」


つづりは顔をしかめる。


「最悪寄りの褒め方だ」


「評価対象は、記録の利用可能性です」


「うん。やっぱり最悪寄り」


美緒は、式守の試験運用要領を確認していた。


白鳥は悪人ではない。

式守も、現場を削るためだけに来た仕組みではない。


むしろ、事故を減らすために来ている。


ただ、その安全は、記録できるものを中心に組まれていた。


美緒は、それをまだ良いとも悪いとも言えなかった。


分からないものを分かったことにはしない。


その姿勢だけは、自分にも必要なはずだった。


※第5話「式守は禁忌を知らない」は全十回です。

続きます。

作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yaemusubi_top/

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